第17話 交渉
連れて行かれたのは、学園の一室。
なんの部屋だろうか。王子用の部屋?
日当たりの良い部屋の中央には広めのティーテーブル。窓辺には作業のはかどりそうな重厚な机。
部屋のそこここに植物などが置かれていて、談話用のソファーまである。
奥にはお茶を用意できるようにだろう。小さなキッチンと思われる小部屋が見えた。
明らかな特別室だ。
シアとノアが部屋に入ると『水の宰相令息』マリウスがしっかりと部屋に鍵を掛けて、防音シールドを張った。勝手知ったるその様子から、きっとアラン王子の専用なのだろう。
使用人はいないようで、シア達より身分が上の、侯爵令息のマリウスがテーブルまで案内してくれた。
「来たな。改めて自己紹介しよう。・・・ノアには必要ないだろうが。」
先に席についていたのは、先ほど壇上でバッチリと目が合ってしまった人。
「アラン・リヒラート。一応この国の第三王子だ。まさか同年代の伯爵令嬢に顔を知られていないとは思わなかった。以後よろしく頼む。」
「シア・イーストランドでございます。よろしくお願いいたします。」
本人が言うように一応王子様相手だ。
ゆったりと優雅に渾身の淑女の礼を披露する。
アラン王子が意外そうに息をのんだ気配がした。
―――私に淑女の礼が出来ないとでも思ったのかしら?
淑女の礼は見た目は優雅だけど、その優雅に見せるためにはとても筋力を使う。
そしてシアの身体能力は、そのへんの令嬢と比べたらゴリラのようなもの。
―――誰よりも筋力ある令嬢が、誰よりも優雅な淑女の礼ができるなんて、ちょっと面白いわよね。
「・・・座りたまえ。」
「失礼いたします。」
アラン王子が声を掛けると、すかさずマリウスがシアの椅子をひいてくれた。
ありがたく座らせてもらうと、マリウスはアラン王子の側へと移動していった。
シアの隣にはノアが自分で座る。
「まさかあの時に会った冒険者がこの学園の生徒だとはな。ノア、もしかしてあの時お前の従者のルーカスもいたか?」
「はい。ルーカスと、もう一人は我が家の従僕のセオという者です。」
「・・・・そうか。」
何を話したいのかが良く分からなくてソワソワする。
ただ、あの日会った冒険者と再会したから呼んでみただけ?
あまり王子様達とは係わらない予定なので、こちらから余計な事を話して藪をつつきたくない。
「あの日はすまなかったな。助けてもらったというのに、失礼な態度だったと思う。」
「いえ。お立場上仕方のない事だったと思います。」
意外にも王子が謝ってきた。
確かにあの態度は失礼だったと思う。
でもノアの言っていた通り、名乗らなかった理由は分かった。
王子様がその辺の平民に自分から名乗る訳にはいかない。
・・・適当な偽名でも名乗ってれば良いのに、それが出来ない素直な性格なんだろう。
「あの日は明らかに魔獣が、引き寄せられて集まってきていたので。何かの罠を警戒していた。・・・・城に戻ってから持ち物を全て調べたら、服に魔獣寄せの呪いが縫い付けてあったよ。」
苦しそうに眉を寄せ、唇を歪める王子。
本人は笑ってみせたつもりかもしれないが、それは失敗していた。
魔獣寄せの呪い・・・・しかも服に。
それはどう考えても、城に入り込めるほどの身内の犯行だろう。
第三王子でありながら、唯一の正妃の子であるアラン王子は、幼いころから壮絶な王位争いに晒されているという。
乙女ゲームの育成パートにしか興味がなかったシアにも、それ位のゲームの知識はあった。
けれど設定を文章で読むのと、こうして目の前で苦悩している様子を見るのとでは、実感が違う。
―――この人、これまでも苦労してきたんだろうな―――――。
「あれはよほど王宮内に精通している者にしか出来ないことだ。君たちは無関係だろう。ただの親切心で助けてくれたというのに、満足に礼も出来なかった事を気にしていたんだ。・・・今日会えて良かった。」
「お礼にはペンダントをいただきましたから。それで充分です。」
どうやら本当に謝罪とお礼の為に呼ばれたらしい。シアはちょっと安心して、ほんの少し警戒を緩めた。
「ところで魔獣寄せの呪いの効果すら遮断するシールドとは、一体どうやって身に付けたのですか?」
安心して油断していたところだった。
マリウスがぶっこんできたのは。
―――くっ、タイミング見計らっていたわね。本題はこれか。
王位継承争いで命を狙われる王子の前に現れた超強力シールドを張れる冒険者。
そりゃ呼び出されるというものだ。
しかし強すぎるシールドに、疑問を持たれた時の答えは既に皆で相談して、決めてあった。
「私の精霊獣が、シールドが得意なようなんです。」
そう。やはりシア自身が出来ると言うより、何か良く分からないフェネックの精霊がシールド得意みたい・・・・という方がいくらかましでしょうという事で、結論が出ている。
契約精霊は途中で変えられないことになっている(実は課金の泉でできるけどね!)ので盗られる心配もないし、伯爵令嬢自身はか弱いという事にしていたら、危険な事にそうそう引っ張り込まれないだろう。
「精霊獣・・・・見せていただけますか?」
マリウスが前のめりで食いついてくる。
「いいですよ。モモちゃーん。」
そう呼ぶと、何もなかった空中に光の球が発生する。
少しずつ大きくなってバスケットボールくらいの大きさになったところで、モモちゃんがツルンッとすり抜けてきた。
さすがに学園にまでは、付いて来てはいなかったみたい。
ホッとする。
キュッ!キュッ!キュッ!
今日はお留守番だと思っていたのに呼ばれたのが嬉しいのか。
シアの足元に走り寄り嬉しそうにスリスリと体をこすり付けてくる。
「かっ、可愛い・・・・。」
感動しているマリウス。
―――うんうん、分かる。うちの子可愛いよねー。
「オホンッ。確かにあの時、この精霊獣がいましたね。シールドを張っているような様子でした。シア嬢の契約精霊だったんですか。」
「はい!」
「・・・・・そうですか。」
何やら気まずげに顔を見合わすアラン王子とマリウス。
「あー、そのシア嬢。良ければ今度、お茶会にご招待してもいいだろうか。」
「申し訳ありません。まだデビューもしていない若輩者ですので。」
あんまり楽しくなさそうにお茶会に誘ってくるアラン王子。
高性能防御シールド張れる令嬢を味方に引き込みたいのね。分かります。でもそんなあからさまに、嬉しくなさそうに誘われても困る。
それに婚約者でもない女性をお茶会に誘うには、れなりの手順を踏む必要がある。
対外的な理由を用意したり、親を通したりね。
それと一人だけ呼ぶのは問題になるので、他の令嬢も呼ぶなり、順番に呼ぶなり。
そういう手順を踏まずにただ一人の令嬢を招いては、婚約者候補だと世間に認知されてしまうだろう。
それはアラン王子も困るようで、何やら苦悩している様子だ。
「・・・・ノアも一緒に。」
「ありがたいお誘いではありますが、私共兄妹揃って招いていただいては、イーストランドにアラン王子が肩入れしていると思われかねません。逆効果かと。」
すかさずノアが答える。
確かにイーストランドは正妃と第三王子派・・・・?というかそれが主流で特に反対をしていないという立場なのだが、逆にイーストランドだけをアラン王子が優遇しては、今アラン王子に付いてくれている家から不満の声があがるかもしれない。
―――マリウスはゴリゴリのアラン王子派筆頭の家であり、学友で側近候補なので一緒にいるけれど、それ以外は常に平等、横並びでないとね。
大事にされないなら他の王子に付く!!なんて家も出かねない。
「・・・・では!先日のようにお忍びで、一緒に魔獣狩りへいかないか?マリウスとたまに二人でお忍びで行っているんだ。」
「そうですね。機会がありましたら。」
ノアがあっさりと了承する。
―――これ絶対機会が来ないヤツ!!
お忍びで周囲に秘密で抜け出して魔獣狩りなんて、こっちにやる気がなかったら絶対に機会なんて巡ってこないでしょ!
すごいノア。
了承しているのに断っている!
「・・・・学園の中での交友は自由だ。今後同じ学園で学ぶ仲間として、仲良くやっていけたら嬉しい。」
「ありがたいお言葉です。こちらこそよろしくお願いいたします。」
学園の中では派閥など関係なく、どんな身分の者が誰と仲良くしていても、文句は言えないルールだ。
ここら辺でこちらも折れておかないと、もうアラン王子に喧嘩売りたいのかって話である。
学園の中では仲良くしましょうね。
と、いう事になりました。
―――なんだか面倒くさいことになったわ。
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