第12話{自己犠牲の私 and 轟く銃声}
「二人とも、早く!」
倉庫の扉を開き、背後の五月雨たちに呼びかけた。
茶髪男のヘッドギアを外す五月雨。
そして二人は、こちら――倉庫の出入り口を目指し、駆け出した。
良かった!
ここから逃げさえすれば、すぐそこは展示ホール。
きっとアポロに合流できる!
そしたら、五月雨たちも助けてもらうんだ!
瞬間――
扉の直前、茶髪男は体勢を崩す。
足元にはパイプ椅子。
さっき、イェレーネが蹴っ飛ばした椅子だ。
「危ないッ!」
私は叫んだ、
茶髪男の背後に迫るリノを目にして。
何やってるんだ、私は。
叫んでる場合じゃあないだろッ!
踵を返し、再びリノに体当たりを――
「恐れ入りますが――」
リノは私の体をいなし、そのまま足を引っかける。そして、
「既にッ、『学習』しています! アナタの行動はッ!」
私は床に押し倒された。すごい力だ。きっと私じゃ抜け出せない。でも、
これでいい。
「早く逃げてッ!」
しかし、迷いの表情を浮かべる二人。
せっかくのチャンス。ここを逃せば、また振り出しに戻っちゃう!
視線で訴えかけると、五月雨たちは申し訳そうに倉庫から出て行った。
私にできることは、これくらいだ。何の能力も持たない、スペック不足の私だから。
まあ、囮になれただけマシだよね。
諦め癖のある私にしては、がんばった方だと思う。
私が憧れる小説の主人公――その十分の一くらいは、誰かのためになれたかな?
思うところはそれくらいかな? 今わの際なのに、少し淡泊かな?
何て言うか、『私』という小説があったら、そのあとがきはえらく短いようだ――
なんて、自嘲する。
私は体から力を抜き、目を瞑った。
そう、結んだつもりだったのに。
溢れ出す感情は処理し切れなかった。
うるさく回転する
五月雨たちともう少しお話してみたかったな……。
イェレーネとは分かり合えないのかな……?
おばあちゃんの図書館は壊されちゃうのかな……?
読みかけの小説の続きはどんなだろ……。
もう誰も人間の小説を読まないのかな……?
もし小説を書いてたらどうなってたのかな……?
恩返しできなかった私を、アポロはどう思うかな……?
でも、
そんなことを考えても答えは出ない。
私の頭の中は、エラーでいっぱいだった。
なんだよ、私。こんなに壊れたくなかったんだ。
私は俯いたまま、独り、作り笑顔を浮かべる。
あんなに、色んなことを諦めて暮らしてたクセに――
虐げられても我慢して、生き様を妥協して、全部どうでもいいって言い聞かせたクセに――
私、全然納得してなかったんだ。
アポロと出会って、少しだけ欲張りになれたのかな?
「無様だね、お姉ちゃん。でも大丈夫。これからも、大好きな本とずっと一緒だよ」
イェレーネは再び、私の首を踏みつけた。
「ボディは分解して、焚書用の焼却炉にしてあげるから♡」
首には少しずつ力が加わっていく。
強張る体。
もはや、
それくらい、私の心は色んな感情でいっぱいだった。
私にもう少し、力があったらな――
そしたら、もうちょっとだけ、
アポロが変えていく世界を見ていられたのに。
私は胸の内の本を抱きしめた。
「じゃあね。お姉ちゃんって、ホント、スペック不足の旧型だったよ」
「いいや、違うね」
刹那――
轟く銃声。
「充分さ、これだけお前を足止めできれば」
低い声だった。
覚えのある低い声が、倉庫の出入り口の方から聞こえてきた。
「お前は――」
一歩退くイェレーネ。
私は顔を上げた。
灰色の髪。吊り上がった目。藍色のライダースーツ。
「助けに来てくれたんだね、アポロ!」
やっぱり、そうだよね! 別に私は、見捨てられたワケじゃなかったんだ!
さっきまでピンチだったけど、アポロが来てくれたら負ける気がしない!
「ああ、待たせちまったな、シャノン!」
アポロは私に笑いかけたかと思うと――
銃声と金属音が轟いた。カラカラと音を立て、小銃が床をスライドする。
アポロの左手には拳銃。銃口からは硝煙が上がっていた。
これはリノの小銃。
きっと、昨日みたいに、彼女の銃を弾き飛ばしたんだ!
それだけじゃない。気付けばリノも、既に、私の上で機能停止している。
会話しながらカウンターするなんて、やっぱりアポロはスゴイ!
私は小銃を拾い、アポロの傍らに駆け寄った。その時、
「何が足止め? こっちのセリフよッ、反逆者!」
自分のくるくるした髪を弄るイェレーネ。
その時、足音が響いた。
扉の向こう、大勢が走って来る音だ。
「既にッ、増援は呼んであるわッ!」
イェレーネは得意げに笑う。
アポロは、 電撃を加えた機械に命令できる。 でも、 敵が複数いる場合、隙が生まれちゃうわ!
私のせいだ。私が勝手な行動取ったから、アポロが捕まっちゃう!
「どうしよう、アポロ!」
「慌てるなよ、シャノン。『落ち着け』『安心しろ』――これは命令だ」
アポロは床から何かを拾い上げると、倉庫から跳び出した。
えっ? 扉の向こうには大勢のリノがいるハズ! いくらアポロでも無茶だ!
けど――
「malfunction{飛べ。そして攪乱しろ} 」
アポロは余裕たっぷりに笑い、扉の陰から何かをブン投げた。
黒い光沢。トゲトゲしい装飾。そして、石膏像のような顔。
ヘッドギア型ドローン!
アポロがさっき拾ったのは、床に放置されてたドローンだったんだ!
この攪乱で、場の主導権は握れるかも! 流石アポロだ!
私は扉の陰から向こうの様子を伺う。
激しいモーター音。
投擲されたドローンは空中で体勢を整え、廊下を直進する。
進行方向には八体のリノ。
いくらアポロの狙撃がスゴイからって、八体同時に相手取るのは無理だ!
フルオートの銃だから弾数は足りる。でも、
照準と狙撃のコストを考えると不可能だわ!
瞬間、リノたちは小銃を取り出し、ドローンに向けて発砲した。
だが、その弾幕はドローンを捉えきれない。
彼女たちの狙撃は、四つあるプロペラの一つを壊すだけに終わった。
そして、
再び轟く無数の銃声。
「行くぞ、シャノン」
拳銃をホルスターに仕舞うアポロ。
扉の向こう、動きを止めるリノ。
あるリノは直立したまま。また、あるリノは床に倒れていた。
アポロは私の手を引き、廊下を掛けていく。
あの一瞬で、この数を?
この数を余裕で蹴散らすなんて、もう敵無しだ!
やっぱりすごいな、アポロは。
こんな絶望的な状況でも、全部ひっくり返しちゃうんだ!
本当に、彼は私の憧れたおとぎ話のヒーローみたいで、私の心は高揚しっぱなしだった。
私もアポロみたいになりたいな。
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