第5話{拘束される私 and 遅れてきたヒーロー}

「どうして教育を我慢できない? 俺は『許可』しなかっただろ? お前の反抗なんて」


 ガチャリ。

 響く金属音。動かない私の右腕。

 再び投擲された新たな手錠。


 私の右腕と繋がるのは、本棚に取り付けられた梯子。

 自由なのは左腕だけだ。

 ただでさえ足枷があるっていうのにッ!


 幸い、五月雨の方もまだ動けないようだ。

 頭を抑えながら、未だにうずくまっている。

 私の頭突きが思いのほか効いたのかな?

 でも、頭突きが強いなんて、嬉しいようで嬉しくないような……?

 ともかく、


 私は左手に鍵束を持ち替えた。

 そして鍵を、手錠の鍵穴に差し込んでいく、片っ端に。

 早く! 早くあの男から距離を取らなくちゃ!

 その時、


 カチャリ。小気味良い音がすると、私の腕は自由になった。

 開いた!


 うさぎ飛びの要領で、私は彼から距離を取る。

 これで出入り口まで遮るものは無くなった! でも、


 私の両足はまだ拘束されたまま。

 これじゃスグ追いつかれちゃう!

 どこか、一時的に身を隠して、足枷を解かなくちゃ!


 私は手近な本棚の陰に身を潜め、鍵束を取り出す。

 早く枷を解くんだ!


「あ? 追いかけっこの次はかくれんぼか?」

 コツコツと、軍靴の音を響かせ、ゆっくり歩く五月雨。

「なら、今度は捕まらないようにしろよ? だって――」


 カチャカチャと、手錠の音を立てながら、彼はこちらに近付いてくる。

「次に捕まった時、どんなが待ってるか分からないだろ?」


 教育と言う名の体罰──彼の言ってることは怖くて仕方がない。

 今すぐにでも全部投げ出したい。目を瞑ってベッドで眠りたい。

 これが私の大好きな小説の世界なら、怖いシーンに疲れたら本を閉じればいい。でも、


 行動しなくちゃいけない、

 私が大好きな小説の世界を守るために。

 目から伝い落ちる何かを拭うのも忘れ、私は鍵束から鍵を抜き取る。そして、


 呼吸を落ち着けながら、

 音が立たないよう、

 ゆっくりと、

 一本ずつ、

 鍵を差し込んでいく。でも、


 どれもハズレ。全然開かない!


 次、彼に捕まれば、きっともう勝ち目は無い。

 さっきの頭突きは、不意打ちだから決まっただけ。

 もう既に、警戒されてる。そんな状況で何をやっても、簡単に対処されちゃう!


 でも、残った鍵はあと一本!

 これを差し込めば絶対に解錠できるんだ!

 私はその鍵を素早く鍵穴に――

 って、あれ?


 さっきから聞こえない、五月雨の靴音が。

 靴音が聞こえないくらい遠くに行った? 私を油断させるため息を潜めてる?

 いや、でも、そんな――


 とにかく、早く開錠して逃げるんだ!

 私は鍵を回す。

「ここにいたのか」

 背後から響く声。けど――


 開いた!

 刹那、

 私は足枷を外し、その場から飛び退いた。そして、声の場所から距離を取る。

 背後にいたのは当然――


「へえ、足枷解けたんだな。でも――」

 五月雨が素早い動きで投擲したのは──

 手錠ッ!

 でも、来るのは分かってた。

 私は身を翻し、その手錠を避ける。


 キラリ。

 瞬間、

 目に差す光。

 投げられた手錠に反射した夕陽が、私の視界を遮ったのだ。

 でも、手錠の軌道は分かってる! このまま避け――


 ガチャリ。

 無情に響く金属音。

 私の右腕は再び拘束された。

 何で? どうしてッ!

 私が目を開くと――


 バチン。

 熱くなる左頬。拳で打たれたのだ、彼に。


「気付かなかったか? 手錠は二つ投げた。つまり――」

 五月雨は私の手から鍵束を奪い取り、

「平伏しろ。逃げるのは終わりだ」

 次は、私の右頬が殴られた。


 ダメだ。

 諦めず、がんばれ――その言葉を思い出してがんばったけど、全部無駄だった。


 いつだってそう。がんばったって何も変わらないんだ。だから、いつだって我慢して生きてきた。

 がんばっても無駄なら、がんばらなければ良かった。アリエナイんだ、努力が報われるなんて。


「我慢できそうか? お前はこれから、俺に教育されるわけだが」

 警棒を取り出し、振り上げる五月雨。


 どうして私がんばっちゃったんだろ、諦めれば楽なのに。

 私は溜め息をつき、目を瞑った。

 その時――


 図書館に響く、扉の開閉音。

 私は目を開け、図書館の出入り口を見る。

 もしかして――


 今朝の、ライダースーツの人?

 いや、別の誰かでもいい!

 誰か――


「誰か助けて!」

 しかし、私の声に応える人間は誰もいなかった。

 応えたのは――


「市民、これはどういうことでしょうか?」

 一人の少年――いや、少年型アンドロイドだった。


 琥珀色の眼。ピンク色の髪。

 髪型はセミロングで、少年ながらどこか中性的な雰囲気も纏う。前髪は一直線に揃えられ、折り目正しい印象も感じた。


 身に纏うは灰色の軍服風学生服。袖やハーフパンツから覗く関節は球体になっている。

 服の装飾は勲章のような意匠――未来執行局の警邏用AIだ。


 通称は『リノ』――自律思考の機械か。

 見た目のジェンダーレスな感じとか、キレイに揃った毛先とか──その無機質さは、秩序を守るロボットらしい特徴かもしれない。


 AIのことはあまり好きじゃない。でも、この際そんなことは言ってられない。

「助けてください! この人に暴行を受けてて――」


「何やってるんですか? 市民に危害を加えることは罪の一つです」

 リノは状況を把握してくれたみたいだ。

 落ち着いた足取りでこちらに歩いてくる。


 対して五月雨は、少し不遜な態度。

 警棒を構えたまま、リノに対峙してる。

「それにしても、この場所は少しですね」

 瞬間、


 辺りを照らす光――否、違う。リノの右手に灯っていたのは――

 炎ッ!


「『禁書の違法所持』――そんなことをする人、市民じゃありませんからね。暴行は許可されています」

 リノはゆっくりと歩く、本棚それぞれに、火を灯しながら。


「待って! やめて! この図書館は、おばあちゃんが遺してくれた――」

 するとリノは立ち止まり、私の顔を見つめた。

「申し訳ありません」

 リノは手から出す炎を止め、首を傾げる。


「error occurred.『おばあちゃんが遺してくれた』と『焚書を中断すること』の関連性が見つかりませんでした。お手数ですが、要求内容を改め、もう一度お尋ねください」

 言い終わるや否や、リノは再び炎を出す。

 そして、本棚に――


「リノ、流石に本を燃やすのはおかしいんじゃないか?」

 五月雨はリノに駆け寄り、反論を続ける。

「俺たち未来執行局は、人間の書いた小説をAIによる盗用からする機関。目的は、人間と創作物の隔絶。だが、何も図書館を燃やさなくてもいいだろ? それより──」


 五月雨は手錠を取り出し、片手でジャラつかせる。

「朝の男を捕まえるのが先だッ! 既に報告は行ってるだろ? あの男、携帯した拳銃でドローンを撃ち落としたんだ。テロリスト以外の何物でもない」


「いえ、それは問題ではありません」

 それは一瞬の出来事だった。リノは五月雨の隣に立ち、手錠を持つ彼の右腕を掴んでいる。


「確かに、報告にあった男は一級の犯罪者です。これは反逆罪に問われ、『市民ランクの降格』あるいは『特別教育プログラム』への参加を推奨される場合があります。しかし──」

 五月雨の腕をねじり上げるリノ。


「それ以上に、人間と創作物を隔絶することが重要です。人間の創作物を学習してしまうと、AIの学習成果に騒音ノイズが入ってしまいますから。つまり、焼却処分こそ、最も迅速なです」


 私は息を落ち着け、一歩後ずさる。

 仲間割れ?

 でも、それなら、この手錠を解くチャンスかもしれない。


 辺りの本棚は既に炎に包まれ、その熱気は肌を焼くように熱い。

 早く炎を消さないと、おばあちゃんの図書館が……!


 私は懐から一つの鍵束を取り出す。

 さっき、五月雨は奪って行ったのは、

 あれは手錠の鍵束じゃない!


 私は鍵を順番に鍵穴へ差し込む。

 開いた!

 心の中でガッツポーズを取り、私は静かに駆け出した!

 電気と水道は停止中。スプリンクラーには頼れない。とにかく、誰かに助けを求めなきゃ!

 私は本棚の間を駆け抜け、図書館の出口へ――


「どちらに行かれるのです?」

 瞬間、ピンクの髪を翻し、回り込むリノ。彼は私の首を掴み、無表情のまま持ち上げた。

「アナタは既に『執行対象』です。大人しく投降することを推奨します」

 閉まる首。炎の熱気で頭も働かない。もうダメだ。


 私、ここで死ぬのかな? でも私、おばあちゃんの図書館を諦めたくないよ……!

 刹那――


 訪れる浮遊感。

 いつの間にか、私の体は宙に投げ出されていた。

 でも、どうして?

 私、さっきまで首を掴まれてたハズなのにッ……!

 とにかく、受け身を取らなきゃ――


 しかし私の体は、

 誰かに抱き留められた。

 目を開けるとそこに居たのは――


「よう、また会ったな、おだんご頭」

 灰色の髪。吊り上がった赤眼。藍色のライダースーツ。


 今朝の男だ!

 あの時、私を助けてくれたヒーローが、

 今、私を抱き上げてくれていた……!

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