第6話{燃え盛る炎 and 励まされる私}

 ライダーは私を腕から降ろし、

 ニヤリと、意味深に笑った。


 でも、どうしてまた助けてくれたんだろ?

「あなたは?」

 いや、それよりも――


 火の回りは? それと、リノや五月雨はどうなったんだろう。

 私は口をつぐみ、周囲を見回す。

 すると、


「市民、アナタは今、何をしましたか?」

 リノは左腕を抑えながら、こちらを睨みつける。


「返答によっては、 反逆罪に問われる場合があります。その際は、『市民ランクの降格』あるいは『特別教育プログラム』への参加を――」

 リノは小銃を取り出し、ライダーと私に突きつけた。それなのに、


 ライダーは彼女の問いかけを無視し、私に笑いかけた。

「オレの名はアポロ。ヨロシクな」

 瞬間、


 響く発砲音。

 宙を舞う黒い影。それは――

 小銃。リノの持っていた小銃だ。


「目的は『この都市の革命』と、その『再構築』」

 アポロ――そう名乗った男は、炎の向こう――リノに視線を向ける。

 彼の手には拳銃が握られていた。


 先に銃を構えたのは相手の方だった。なのに、

 あの一瞬で、相手よりも早く撃ち返した?


「アポロ――検索結果と合致しました」

 リノはピンクの髪を揺らし、大きく飛び退いた。そして、燃え盛る本棚の陰に隠れる。


「 『研究施設の破壊』 『政府管理施設への不法侵入』及び『政府が管理するデータベースへの不正アクセス』等と、罪状は多岐に及びます。市民ランクは最下層の『F』――」


「あの大罪人、アポロだと? でも、捕まったハズだろ?」

 本棚の向こう、五月雨は困惑した声を上げる。

「しかし少なくとも、アポロを騙る男が目の前にいるのは事実。故に――」


 バキリ。

 何かの破壊音。

 そして次の瞬間、迫り来る大きな影。


 あれは本棚ッ! しかも、炎に包まれているッ!

 それを投げるなんて、未来執行局は本気でこの図書館を消す気なんだ……!


「五月雨、貴方はお帰り下さい。この一級反逆者と戦うには、今の兵装じゃ不足です」

 出入り口に目配せするリノ。


 今の兵装じゃ不足?

 逆説的に、兵装さえ整えば問題無い相手ってこと?

 もし、あの茨男が兵装整え、他の警邏ロボットを引き連れてきたら終わりだ。きっと、おばあちゃんの遺した物も全部奪われちゃう。


 茨男を止めた方がいいのかな?

 でも、とにかく今は、投げつけられた本棚をどうにか回避しなきゃ……!

「心配すんなよ、おだんご頭」


 再びの浮遊感。

 アポロは私を抱え、そのまま大きく飛び退く。そして、

 投げられた本棚は床に激突した、私たちと入れ替わるように。

 助かった! でも、


 既に五月雨は図書館から消えていた。一瞬目を離しただけなのにッ……。その時――


 背後から振り下ろされる警棒。

 リノが距離を詰めてきたのだ。


「後ろよッ、アポロ!」

 私は声を上げたが、それは既に遅過ぎた。受け止めようにも届かない角度。

 その上、アポロは着地したばかり。このままじゃ彼の頭に振り下ろされちゃうッ!


 完全に私のせいだ。彼は私を守ってくれたのに、そのせいで……。

 ごめんね、アポロ。私は彼を見上げる。けれど、


 絶体絶命のピンチ、アポロは不敵に笑っていた。

「malfunction{お前は、市民に、攻撃できない}」

 呟くアポロ。


 ピタリ。

 寸前で止まる警棒とリノ。

「既にッ、そう『命令』したハズだぜ?」

 アポロはリノから距離を取り、抱えていた私を降ろした。


 対してリノは再び小銃を構え、アポロを注視する。

「 命令? 何のことでしょう。とにかく、貴方には逮捕状が出ています。投降してください」


「いいや、命令するのは、いつだってオレの方さ」

 燃え盛る炎の中、アポロは笑う。


「申し訳ありません」

 リノは無表情のまま、アポロに小銃を向け、

「我々は統治AI管轄下の人工知能・リノです。そのため、貴方の命令に従うことは――」

 引き金を引いた――


 かのように見えた。しかし、リノの指はぴくりとも動かない。

「ようやく、該当するデータを見つけました。 『電撃を流し、プログラムに絶対の命令式を書き込む能力』――検体名インペリアル霹靂オーダー、貴方がそうだったのですね」


 検体名インペリアル霹靂オーダー

 そもそも、『特殊な能力』を持った人間なんて、他に聞いたことない。


「でも、お言葉ですが市民、貴方は既にいます」

 リノは小銃を降ろし、目線を横に向ける。

 図書館は既に火の海。出入り口は倒れた棚で塞がっている。


「そして、この古びた建物には。我々は市民に推奨します、投降して全てを諦めることを」

 リノは淡々と言い渡した、死刑宣告でもするような声色で。でも──


 彼の言う通りだ。

 私は天井のスプリンクラーに目をやる。

 この図書館は政府から放棄された空間。電気も水道も通っていない。

 あのスプリンクラーも、この条件だと単なる飾りだ。

 つまり、 詰みってヤツ。


 やっぱり私には、何もできないのかな……。


「この状況で、貴方たちに提案できるは二つです」

 リノはピンと指を二本立てる。

「『我々に捕まって死亡する』か『ここで死亡する』か――どちらか貴方が好む方をお選びください」


 そうだよね。彼女の言う通りだ。

 私は膝から崩れ落ちた。


「市民、残念ですね。全て無駄に終わってしまいましたね」

 にこやかに笑うリノ。

「でも、そもそもが、統治AIへの反逆は『大罪』。我々――市民全員の損失なのです。故に、我々は提案します、諦めることを」


 リノは燃え盛る本棚から一冊の本を取り出す。

「人間の書いた本、ですか。全然理解できません。客観的に見ても、AI製の方が、『設定』『キャラクター』『物語』『構成』『文章力』――どれをとっても優れていますね。今更こんな半端物を学習しても、AIの処理に騒音ノイズが入るだけです」


 全然違うのにッ……。

 人間の書いた小説は、その人の好み・価値観、そして筆者としての成長が読み取れる。

 AIの書いた小説は、一般常識を度外視したアイデアと、基本に忠実な根幹の力強さ。

 それぞれの良さがあるのにッ!


 顔を上げ、私はリノの顔を睨む。けれど、私の視線なんて――私の感情なんて気付かず、リノは手に取った本を眺める、冷ややかに。

「命を懸ける価値、ゼロですね。貴方はそう思いませんか? 検体名インペリアル霹靂オーダー

 手に持った小説を床に放り、足蹴にするリノ。


 するとアポロは、

「ああ、確かにそうかもな」

 抑揚無く言って拳銃を取り出す。


 そう、よね……。

 再び床に視線を落とす。

 私を助けてくれた――国家に反逆しているアポロだってそう思ってるんだ。

 じゃあ、私のこの感情は間違ってたのかな?


「でも、だからこそ――」

 アポロは言葉を続ける。

「他人に理解できない熱量――エゴやこだわりは、人を熱狂させられる」


「error occurred.申し訳ありません。理解できませんでした。お手数ですが、お試しいただけませんでしょうか、その『エゴ』でこの炎が消えるか」


 リノの言ってることは、半分間違っているが、もう半分は正しい。

 結局、この炎をどうにかしない限り、無駄なんだ。

 この図書館を救えない限り、何を言っても、その言葉は力を持たない。


「アポロ、あなたはスゴイわ。狙撃技術も機械の操作も、私には真似できない。でも――」


 私は顔を上げる。

「この一面の炎、消せるワケが無いわッ!」

 炎は既に図書館全体に燃え広がり、煙に包まれていた。

「現実は本の世界と違う。だから、『できること』と『できないこと』があって、今の状況は後者よッ! 『できないこと』をがんばったって無意味なの。だから――」


 私は再び俯いた。

「もう、諦めて逃げてッ! 私はここで、図書館の最期を見届けるわッ!」


 私を助けてくれた彼に、こんなことを言うのは無礼だって――最悪だって分かってる。でも、


「やっぱり、何をがんばったって無駄なのよ!」

 彼に話しかける、燃え盛る轟音よりも大きな声で。けど、


「何言ってンだ、お前は既にだろ?」

 アポロは不敵に笑う。


「この図書館、普段から掃除してンだろ? 市民に放棄されや図書館だってのに、ゴミも埃も落ちてねェ。それはお前のなんじゃねェのか? お前がゴミや埃を放っておいたら、もっと燃えてたかもしンねェだろ?」

 澄ました顔で、彼はこちらを見つめた。


 そんなの詭弁だ。アリエナイ。別に、ゴミや埃の有無なんて些細なこと。

 確かに私は、図書館の掃除を日課にしてたよ? でも、そんなの詭弁だよ。

 きっと、私のそんな積み重ねなんて、何の影響も無い。分かってる。

 けど、


 例え詭弁でも、彼は私のがんばりを肯定しようとしてくれた!

 その言葉は、私の心を救った!


 がんばるなんて無駄。がんばるなんてアリエナイ。

 私がまたその選択肢を選んだら、良くないことが起こるんだって思ってた。

 おばあちゃんがいなくなってから、がんばるのが怖かった。

 けど、私、がんばれてたんだね、おばあちゃんの遺した――この図書館のために!


「お前のお陰で図書館は救える──そう信じろ、これはだ! だから教えろッ! 朝オレたちが会った場所、噴水はどの方角だ?」


「それは――」

 方角を知ったところで、この状況が変わるとは思えないわ。でも、

「あっちよ。あっちの方角」

 私は出入り口の方向を指差す。


 するとアポロは銃を構え、出入り口の方を向けた。

 一体、アポロは何をしてくれるんだろう。

 私に何を見せてくれるんだろう。

 彼の言動は新しい何かを見せてくれるようで、私は気持ちが高揚した。


 小説のページを繰る時みたい。

 きっとアポロなら、この状況を覆してくれるかもしれない!

 私は息もせず、アポロを真っ直ぐ見つめた。

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