第7話{轟く銃弾 and 共犯者になる私}

 燃え盛る図書館の中、アポロはどこか遠くに拳銃を向ける。


「何をするか知らないケド、噴水まで百メートル以上あるわよ?」

「理解しかねますね、市民。ハンドガンの有効射程はせいぜい五十メートル。つまりそれは、彼女の言う『できない』『無駄』なことです。あの大罪人がここまで無様に足掻くとは――」


 しかし、アポロは私たちの言葉なんて耳に入っちゃいなかった。

「おい、おだんご頭」


 彼は再び、口元に笑いを浮かべる。

「お前、共犯者になれよ。オレはこの世界を変えたい。人間の創作物は不当に弾圧され、人間の行動全てにAIが口を出す――そんな世界、窮屈だろ?」


「アリエナイわッ!」

 立ち上がり、私は彼の傍らで反論する。

「私は何もできない。そもそも私たちは、ここから逃げられないのよ? 全部無駄なの」


 でも彼は、そんな私のネガティブな感情を全部覆してくれる――そんな気がした。

 アポロ、お願い。全部救ってほしい。こんな世界覆してほしい。

 いつの間にか、私は祈っていた。


「オレは今から二発撃つ。それで解決したら聞けよ、オレの命令を」

「バカじゃないの!? でも――」


 こんな状況で何かができるとは思わない。だからこそ、彼の言葉が魅力的に感じた。

「いいわ。勝手にしなさい。どうせ、がんばったって無駄。諦めるのが賢いのよ」

 私は彼を否定した、アポロにそれを覆してもらいたかったから。

 刹那――


 轟く一つの銃声。

 だが、放たれたのは二つの銃弾だった。

 砕けるガラス窓。そして――


 バチバチ。

 と、遠くで爆ぜる電撃の音。

「malfunction{作動しろ} 」

 瞬間――


 バラバラ。

 と、辺りに何かが降り注いだ。これは、

 大量の水滴ッ。

 それが雨のように、スプリンクラーから降り注いだのだ。


「そんなッ、この図書館は電気も水もッ! アリエナイわッ!」

「市民、書き換えましたね? 『水道管の命令』を」

 リノは立ち上がり、小銃を構える。


 そうかッ!

 アポロの能力は『機械への命令』。つまり、校庭の噴水から電流を伝わせ、学校の水道を管理するシステムに侵入させたんだわッ! それに――


 天井を見上げると、そこには一発の弾痕。

 天井からスプリンクラーに電流を伝わせたことで、必要な電力を補ったッ!


 でも、あんな瞬間的に照準とトリガーを?

 ハンドガンの有効射程の倍も弾を飛ばすなんて、人間のスペックを遥かに超越してる。

 確かさっき、『検体名』だとか言ってた。

 アポロ、一体彼は何者なんだろう。


 その時だった。

「焚書も妨害するなんて――全て反逆罪です」

 銃口を天井へ向けるリノ。


 しまった!

 スプリンクラーそのものを破壊するつもり?

 でも、私の位置からじゃ間に合わない。きっと、どうせ私には何もできないから。でも──


 次の瞬間、

 激しいファンの稼働音とともに、リノはピクリとも動かなくなった。

 一体何が起きたの? 首を傾げると、その疑問にはアポロが答えた。


「お前なんだよ、災害対応ロボットでもねェのによ」


 そうか! 辺りは炎に包まれ、気温は尋常じゃない高さだった!

 なのに、リノはおかまいなしに、燃えた本棚を投げたり――オーバーヒートの条件を満たしてしまったんだッ!


 すると、歩いてきたアポロが、リノの頭を掴んだ。

 バチバチ。

 と、爆ぜる電流の音。次の瞬間、リノはぴくりとも動かなくなっていた。


「彼をどうしたの?」

「別に壊したワケじゃねェ。ちょっとだけさ」

 銃を腰のホルスターに収めるアポロ。


「とにかくこれで、お前もだ。よろしくな」

 手を差し出し、握手を求めるアポロ。


 共犯者?

 いや、そうか。

 私、約束したんだもんね、命令を聞くって。

 まあ、了承したのは私だ。それに、彼に協力するのもやぶさかじゃない。

 私は右手を挙げ、彼の握手に応じ――

ようとした。けれど、


 瞬間――

 視界の隅で何かが揺れ、

 そして落下した。


 天井のシャンデリアが、落ちてきたんだ!

 火災のせいで、接合部が脆くなっていた?

 とにかく、このままじゃ、アポロが怪我しちゃう!

 私は彼の腕を引き、アポロを落下地点から遠ざけた。しかし、


 その反動でバランスを崩す私。

 前のめりに転んだ先は、シャンデリアの落下地点だった。

 刹那――


 響く、ガラスの破砕音。

 私はシャンデリアの下敷きになった――


 自分の姿を、遠くから見ていた。

 って、アレ?

 私はゆっくり瞬きし、もう一度状況を整理した。


 目の前には落下したシャンデリア。そして、その下には私の体が見える。

 じゃあ、今、それを観測している私は何?


 すると、近付いてきた誰かが、私を

 頭の中がハテナでいっぱいになる私。しかし、その答えは至極単純だった。


「オレは絵が好きでな。この世界に『表現の自由』を取り戻したい。そのために協力してくれねェか? 『元』統治AI・シャノミァー」


 私の頭部パーツを抱えたアポロは、シャンデリアの下から私のボディを引っ張り出す。

 白のミリタリーワンピース。大きめのスカジャン。その背部には花弁の模様が入っている。

 確かにそれは、私のだった。


 あとは頭のパーツ――

 水色の髪。お団子頭。吊り上がった目――があれば完璧かな?


 ああ、そうだった。

 私は――

 その席から追放されたから、私はこの図書館に辿り着いたのだ。

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