AIディストピアと潜入捜査
第8話{未来技術博覧会 and 迂闊な私}
「すごい賑わいね!」
私は人混みをかき分けながら、アポロについていく。
未来技術博覧会――Neoteck Expo。
次世代の科学やAI製の創作物が展示される、大規模の博覧会だ。
内容が内容だから、客層に偏りがあると思ってたけど――
辺りには、男女問わず、様々な年代の来場者。私は行き交う人を眺める。
「案外、人気なのね!」
「ま、半分正解ってとこだな」
アポロは、私を試すような表情で振り向いた。
半分正解? 私は首を傾げる。
この建物は、学校の数倍もある。それが人でいっぱいなんだから、人気のハズだけど。
どういう意味だろう?
「クレイドルの市民は、全て仮想アシスタントの『預言』に従う。市民それぞれの人生をシミュレートした最良の結果が、アドバイスに反映されるんだ。つまり――」
アポロは小さな声で私に耳打ちした。
「こいつらの何割かは、興味無いケド仕方なく来てる──そんな連中だ」
朝の占いに従って、不要なアイテムを持ち歩く──の延長みたいな感じか。
だからアポロは、半分だけ正解だと言ったのね。
AIの言葉に絶対服従の世界――例え結果が最良でも、ちょっとだけイヤだな。
私はロボットだから
だから、行きたくないのに『博覧会に行け』なんて、言われた人たちの気持ちは分かる。
そもそも、
AIのせいで人間の自由が奪われる──そんな世界を変えるために来たんだもんね、ここに。
私は隣を歩くアポロを見上げる。
あの後、私は元・統治AIとして機密情報にアクセスした。
そして、見つけ出したのだ、このクレイドルの支配者――
統治AI・イェレーネが、この博覧会に来賓として出席することを。
私もアポロも、表現の自由を取り戻すために戦っている。
けど別に、今日はイェレーネと争いに来たワケじゃない。
あくまで交渉しにきたんだ、人間の権利のために。
いくらAIとはいえ、話は通じるハズだもんね。
「ぼーっとしてンなよ、シャノン」
アポロは扉を開け、展示ホールの中へ入る。
この先が未来技術の博覧会場! さ一体どんなものが展示されてるんだろう?
私はアポロの後を追い、ホールの扉を開けた。
そこには――
VR関連の機材、アンドロイド用の拡張デバイス、新型の重機に兵装、絵画、オブジェ、マンガ、映画のデモ版等々。
変わったところでは、『ナノテクノロジーを応用したエネルギー効率の良い自動運転車』や『ロボットによる演劇の見世物』だってある。
スタッフは学生から大人まで。 それら――幾つもの展示ブースが、等間隔で配置されていた。
未知の物が整列している光景――初めて本棚を眺めた時の感覚に近いかも。
そう考えてみれば――
未来技術博覧会!
なんて興味深い場所なんだろう!
初めての知識を学ぶ部分は、読書で知的好奇心を満たす部分と似ているし。
ずっと図書館に引きこもってきたけど、こんなに賑やかな場所もあったんだなあ。
目線の先、ブースの周囲にはそれぞれ人が集まり、楽しそうに展示を眺めている。
この人たちも、ここに来たキッカケはAIの命令かもしれない。けど、
この人たちも私と同じ、『わくわく』を感じてたらいいな。じゃないと悲しいもんね、せっかく来たのに楽しくないなんて。
見たところ、展示ホールAの客層は、主に十代から三十代の若い世代。でも――
みんな、一人で来てる。それに、どこか退屈そう。
複数人で来ているのはごく少数。でも、彼らは各々、腕に付けた
せっかく誰かと一緒なのに、AIの助言に耳を傾けなきゃなんて……。
「こんな世界、窮屈だって思わねェか? オレはそれを変えたいんだ」
横に立ち、人々を見つめるアポロ。その顔はどこか切なげだった。
かつて、AIに人生を狂わされる人を見送ってきたのかな? 自分も、何かツラい経験があるのかな?
私は少し、彼の過去が気になった。
「どうしてアポロは、この街を変えたいって思ったの?」
「ああ、ガキの頃世話になった芸術家のオッサンがいてな……。ま、恩返しみたいなモンだ」
アポロは、とても平坦な声色で返した。さっきの切なげな表情は、どこかに引っ込めたみたい。
けど、私にはそれが逆に何かを取り繕っているように見えた。
あまり深く訊かない方が良かったかな?
「とにかくさ! 色々何とかして、その恩人にも喜んでもらえるといいね!」
するとアポロは、少し考え込んだ後、
「ああ、そうだな!」
と笑い返した。でも、その表情はどこか寂しげにも感じられる。
もしかして、芸術家さんの身に何かあったのかな?
だとしたら、私サイアクだ。
「えっと、なんかゴメンね。もし、私が不用意なこと言っちゃってたら……」
私は口を開いた。けれど――
「ん? 何がだ?」
アポロの表情は戻っていた、いつもの穏やかな顔つきに。
「ところで、シャノン。申し訳ないが、ここで少し別行動を取らせてもらってもいいか? イェレーネと接触する前に準備したいことがある」
「え、あ、うん。そういう段取りだったもんね」
しどろもどろ答える私。けれど、その内に、アポロは雑踏に紛れ消えていった。
どうしよう、アポロを怒らせちゃってたら。何やってんだろ私、上手く応えれなかったし……。
まあ、とりあえずは展示会を見回ってみよう。
得た知識が何かに役立つかもしれないし、それ以上に――
クレイドル市民のことを、私自身が詳しく知りたいから。
おばあちゃんを喪って以来、私は今まで図書館に籠ってきた(もちろん、それが無駄なことだなんて思わないケド)。だからこそ、
もっと知りたい、今まで遠ざけてきたこの都市のことを。市民の声を聞いて、その上で革命をしたい。ちゃんと、みんなの心に寄り添った国になってほしいから。
私は、斜めがけバッグの紐を強く握り締めた。
とりあえず、近場のブースを順に見よう。私は人混みを縫い、アンドロイド関連のブースに近付いた。すると、
「こちらの拡張デバイスは、アンドロイドの情報処理能力を――」
合成音声が、展示物の解説をしているようだ。
従来よりもデータを保存できるメモリーか。
こういうオプションパーツがあれば、私もパワーアップして、アポロに貢献できるかな?
さっきだって、アポロを嫌な気持ちにさせずに済んだのかな?
いや、やめよう。何か希望を抱くなんてアリエナイよね。
少し俯く。
希望を抱いたから、下手にがんばったから──おばあちゃんは犠牲になったんだ、私の代わりに。
私なんて、例えメモリーが増えても、アポロの戦闘に割って入るスペックじゃないよ。
だから、何もしないでいよう。
アポロは頼り甲斐がある、スゴい人だ。だから私は、彼の後ろをついていけば良い。
きっと、そうだよね?
その時、
隣のブースから聞き覚えのある声が響いてきた。
「ブースを撤去? どういうことだ?」
ドスの効いた低い声。深緑色。襟足の長いツンツン頭。無数の銀アクセ。黒いミリタリー風の制服。
未来執行局の五月雨――私に嫌がらせをしてきたあの男だ。
ウッ……でも、どうしてこんなところに?
見つかったら終わりだ!
とにかく、こっそり様子を伺おう。
私はベレー帽を再び目深に被り、適当なブースの客に紛れた。
「俺たちは──」
一人、五月雨の取り巻きが声を上げる。
「俺たちは学業の合間にコイツを作った。みんなで一年以上考え、作ってきたんだ」
彼の言葉には悔しさが滲む。
その取り巻き──茶髪男はオールバックの頭を掻き、傍らの何かに手を置いた。
それは大型のアーム。小さな重機のような機械の腕だった。
「なのに、博覧会当日に撤去通告なんてよ……!」
茶髪男の背後――何人もの学生は、彼の言葉に頷いた。
この辺りは、『アンドロイド用の兵装』に関するブース。
きっとそれが、暴力男の研究なのかな?
すると茶髪男の対面――リノは、
「申し訳ありません、市民。今、『みんなで考えた』と言いましたね? ですが──」
無表情のまま、簡易液晶を展開する。
「それは不適切です」
彼は空中に展開されたモニターを指差した。そこには何やら細かい文字が書かれている。
私は目を凝らして――あるいは、レンズを凝らして、モニターを注視した。
えーっと、『創作物に関する法律』かな?
そして、法律についての記述の下には、違反項目のチェックリストが並んでいた。
けど、『ロボット用追加パーツの作成』なんて、創作と言うよりも工学的な方向性だ。
一体、統治AIは人間の生活にどこまで介入するつもり?
「よろしいですか?」
リノは桃色の髪を揺らし、五月雨たちを見つめる。
「何かを考えるのは、市民たちではありません。全てはAIが考え、その助言の通り生産されるべきです。そして──」
リノは傍らのアームを一瞥した。
「このアームは、AIが推奨した設計に、手が加えられてますね? それは充分な規律違反です。直ちに撤去してください、他の市民に悪影響を及ぼす前に」
「そんな! 別にそこまで変えてねーのに」
憤る茶髪男。でも、彼の憤慨はもっともだ。
そんな、ヒドいよ。
別に、人間の考えを最初から否定しなくたっていい。AIと人間、それぞれのアイデアを比較・検討すればいいだけなのに。
どうしてリノたちは、人間の積み重ねを否定するようなことを言うんだろう?
すると、さっきとは別の取り巻きが声を上げた。
「ブースの撤去、どうにかなりませんか? 俺たち、みんな一生懸命作ったんです!」
けれどリノは、
「error occurred.『一生懸命作ったこと』と『ルール違反の黙認』に関連性が見つかりませんでした。お手数ですが、『要求内容』を改め、もう一度お尋ねください」
男の嘆願を棄却する。
「でもッ――」
「ルールはルールですので」
彼の申し出を頑なに拒むリノ。
すると五月雨は、取り巻きたちを制し、リノの前に一歩踏み出した。
まさか、仲間を庇うために?
でも、そうだよね。五月雨はイヤなやつだ。とは言え、あの人たちにはあの人たちなりの絆があるのかな。
しかし、
「撤去するぞ、お前ら」
五月雨は淡白に呟いた。
「このクレイドルで成功するためには、ルールが絶対。逆らってどうする?」
「でもよ、五月雨!」
五月雨の肩を掴む茶髪男。その形相は、悲しみや怒り──色んなものを混ぜこぜにしたみたいだった。
「博覧会の成果が市民ランクに反映されるんだぞ? それはお前だって同じだ」
けれど、五月雨は無表情のまま。
「ああ、そうだ。市民ランクが上がれば、配給の量や質も良くなる。低級市民よりも高い優先権だって手に入る。だが──」
彼は茶髪男の腕を振り払った。
「ここで反抗的な態度を見せれば終わりだ。市民ランクは下がり、場合によっては居住区画も下層に移される。俺は、仲間を執行対象にしたくはない」
五月雨は肩の腕章を示した。
未来執行局であることを表す、真っ赤な腕章だ。
他の取り巻きたちは、彼の言葉に何も答えず、黙り込んだまま。
騒がしい展覧会の中、その一角には確かな静寂が流れていた。
「お分かりいただけたようですね?」
リノは冷笑を浮かべ、簡易液晶を仕舞う。
やっぱりヒドイよ……。
私は茨男を良いやつとは思わない。けど、どうしても心が痛む。
どんな人だろうと、努力を蔑ろにされて良い道理は無いよね。
何か私も、あの人たちを助けられないかな? 私を助けてくれたアポロみたいに。
私は、彼等の元へ一歩踏み出した。
その時――
キラリ。
目の前の展示物――自動車のミラーが私自身を反射した。
一人のアンドロイドと目が合う。険しい顔。目深に被ったベレー帽。斜め掛けのカバン。
私は立ち止まる。
そうだった。一応、私は追われる身。
今は隠密行動優先。目立つ行動をすれば、アポロの足を引っ張ってしまう。
この世界に自由を取り戻すには、我慢も必要――そうだよね?
すると、さっきの茶髪男がまた大きな声を張り上げた。
「でも、予め指摘できたハズだ! AIの言うことを聞かなかったのが原因なら、前もって忠告してくれれば良かったんだ! だから展示の許可を――」
「かしこまりました。では、アナタに許可しましょう」
刹那──
響くモーターの駆動音。
奥のブース前、浮遊するドローン。取り囲まれていたのは、五月雨の取り巻き──茶髪男だ。
「 『特別教育プログラム』への参加を」
リノは弄ぶ、片手に持つリモコンを。
「安心してください、市民。少し『
そしてリノは、その親指でスイッチを――
瞬間――
脳裏を過ぎる、私とおばちゃんとの記憶。
思い出は心を支えてくれる。それは私だけじゃない。彼だって同じだ。
『記憶』を消すなんて――
「アリエナイからッ! そんなの!」
それは、私の口から出た言葉だった。
ふと、手のひらを見ると、そこにはリモコンが握られている。
アレ?
顔を上げれば、目の前にはリノと五月雨たち。
私はいつの間にか駆け出して、リノからリモコンを奪っていた!
何やってんだ私! アポロから騒ぎ起こすなって言われたのに!
とにかく、正体がバレる前に逃げ――
刹那──
体を包む唐突な浮遊感。
私の体は宙を舞っていた。
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