第2話{AI小説 and 虐げられる私}
前回までのあらすじ!
私、夢ヶ丘ステラ、中学一年生!
結婚相手はAIが決める? そんなのイヤ!
運命の人は自分で見つけるんだから!
そう思ってデートした人が実はヤバイ人で!?
「もうダメ!」
そう思った時、助けてくれたのは……?
迫り来るナイフ。
でも、私の脚は動かなかった。
理由は、その刃の恐ろしさじゃない。
運命の人──そう思った相手に、裏切られた悲しみからでもない。
私の脚に力が入らないのは、
『自分のした間違った選択』と『くだらない意地』への後悔からだ。
ああ、私、何バカやってたんだろ。
AIの決めた結婚相手なんかじゃない。運命の人は自分で見つけるんだ。
――そう息巻いたくせして、全然ダメダメだ。
お母さんや友だちにもヒドイこと言っちゃったな。
二人とも、
「AIの決めたこと信じてみよう。きっとアナタにとって幸せな選択のハズだよ」
そう言ってくれたのに。どうして無下にしちゃったんだろ。
結婚相手の人にもヒドイこと言っちゃったし、私、AIがいなきゃ間違ってばかりだ。
ああ、こんな私、死んだって当然だよね。
ごめんね。
お母さんも、友だちも、そしてAIが決めた結婚相手の人も――迷惑かけてごめんね。
迫り来る凶刃が私の胸に突き立てられる。
瞬間――
「何やってんだよ、お前」
視界の外から現れた腕が私を守った。
この声、もしかして――
「ステラは俺の結婚相手だ」
現れた男は、ナイフ男の腕を掴み、そして――
「お前みたいなクソ野郎が、好き勝手すンじゃねェ!」
歩道に投げ飛ばした。
「あ、アナタは!」
私の目の前に立っていたのは――
「
金髪。着崩したブレザーの制服。怖そうな目つき。
こんな乱暴そうな人、全然『運命の人』じゃない――そう思った人が、
私の結婚相手・
「ウソ。私、あんなにヒドイこと言ったのに……!」
力が抜け、座り込む私。
後悔と安心の気持ちが、涙となって目から零れ落ちた。
「そんな私をどうして助けてくれるの?」
「お前、真面目ちゃんの癖に、そんなことも分かンねェのかよ」
運命くんはへたり込む私の腕を引き、
「信じたくなったンだよ、AIが決めた結婚相手――そんな巡り合わせ」
その胸に抱き寄せた。
「『運命』ってヤツをさ」
私は
何で私、こんな乱暴なヤツに……。
いや、きっと気のせいだ。客観的に見たら、たぶん、そう。
この心臓の鼓動だって、あまりの出来事に驚いてるから。だから、
きっと私は、
私は信じてみたい、
この気のせいを――AIがくれた運命を。
彼が私の運命の人なんだってことを。けど――
「私、AIに反逆したんだよ? きっと、『特別教育プログラム』に参加させられて、記憶も書き換えられちゃう。でも、そんなの怖い」
私は彼の胸の内で震える。
「だから、私と一緒に逃げてくれないかな、運命くん……!」
彼に抱かれたまま、私は
「ステラ、オレはお前が大事だ。AIが決めた結婚相手だからじゃねェ。お前の真面目さが、オレは好きなんだ。だから──」
私の真面目さ、か……。
彼と過ごした時間は少しだけ。なのに、
やっぱり私、運命くんのことが好きだ!
この気持ちを忘れたくない!
私は彼を強く抱き締めた。
「だからこそステラを『
運命くんは、私の手を振りほどいた。
確かに、彼の言う通りだ。
やっぱり、そうだよね。感情なんて
私は自分の意志を優先して、AIが決めた結婚相手を無視したんだ……!
そんな不良品の私なんて、記憶を書き換えられて当然だよね。
膝から崩れ落ちる私。スカートに落ちる雫。
左腕の
「けど、大丈夫だ、ステラ」
傍らにしゃがみ込み、もう一度私を抱きしめる
「だってその感情も、じきに初期化されて無くなるんだから」
その時、私の頭は何かに包み込まれた。
次第に遠のいていく意識。
けど、私にはそれが少し気持ち良く感じられた。
「これが『AI製の恋愛小説』 、か……」
私はため息を吐きながら本を閉じた。
女の子の前にヒーローが現れたシーンが好みかな。そう思う。けど、
本を読み終えた途端に気が滅入る。
この都市のルールに従うこと──小説がそれを肯定しているみたいだから。
でも、私はそれを肯定できない。
私のおばあちゃんは、未来執行局に連行されたんだ。
統治AIの作った馬鹿げたルール──人間の創作物を禁じ、人間が読めないよう保護するという法律のせいで。
けど、
私の行動だって馬鹿げてた。
だっておばあちゃんは、私のための犠牲になったんだから。
かつて、クレイドルの統治AIは人間の創作物を禁じた。代わりにAIが創作物を生成するという交換条件。
けれど、AIが生成するのは現実に基づいた夢の無い創作物ばかり。
小説に関して言えば、ファンタジーもSFもホラーもミステリーも──あらゆるジャンルが奪われた。
恋愛モノだって、さっきみたいなルールに縛られた、鳥籠の中の恋愛だけ。
統治AIが、人間の創造性を奪おうとしていることは明白だった。
だから私は、あの日、反政府活動に参加した。
人間の創作を取り戻したくて、必死だった。
そうすることで、本が好きなおばあちゃんだって喜んでくれる──私は信じてた。
でも、違ったんだ。
統治AIに逆らったせいで、おばあちゃんは私の代わりに保護された、執行局に。
私はそれ以来、何か新しいことをする時、体が強ばってしまう。
何もがんばれない人間になってしまった。
でも、
どうだっていい。
おばあちゃんを喪った私に、これ以上大切なものなんて何も無いから。
ただ、欺瞞だらけの世界の片隅で、死ぬまで閉じ篭もる。それでいいんだ、もう。
校庭の片隅、
私はもう一度ため息を吐き、読んでいた本を鞄に突っ込んだ。
厚手の布で縫製された、何てことのない肩掛け鞄だ。
この鞄も、目の前の噴水も、校舎も、空を遮るビルたちも、校庭に生える木々ですら、全て人間のためにAIが作ったもの。どれも十全に機能は果たしてくれる。けど、
心に寄り添うような物は、何も無かった。ただ、何となく優れているだけ。
AIの創作物がつまらないワケじゃない。私も、お気に入りの小説だってある。
でも、だからといって人間の創作物が禁止される謂れなんて無い。
『AIの創作物があれば人間の創作物は必要ない』?
そんなの偏った見方だ。
だから、私はAIが――そしてこの街が嫌いだった。
地下都市クレイドル。空が閉ざされ、偽物の太陽が輝く街。
きっと、私たちはこのまま、『不自由な世界』の中で 『不自由な娯楽』に囲まれて死んでいくんだ。
どこまで行ってもルールに縛られるなら、がんばるだけ無駄。なのに、
さっきの小説の女の子は、AIに逆らったりなんてしてスゴいな。
AIに従うのがこの世界の摂理。なら、がんばるなんてアリエナイ。私ならそう思う。
失敗するくらいなら、がんばったって無駄。だって、私は知ってるから。
私はスカートの埃をはらい、鞄からもう一冊の本を取り出した。
とある冒険小説だ。おばあちゃんから貰った、大切な小説。
それは私の心の支えでもあり、戒めでもあった。
がんばったりしなければ、今も隣にいてくれたのかな?
「ごめんね、おばあちゃん」
私は呟く、そよ風にかき消されるくらい小さな声で。
その時――
持っていた本は、一瞬にして奪い取られた。
「へー、面白そうじゃん。初めて見る小説」
立っていたのは男だ。
ベンチで座る私を、学生服を着た男がニヤニヤと見下ろしている。
左手には奪い取られた小説。ちょっと乱暴だけど、小説が好きな人に悪い人はいないよね?
「あっ、ありがとう……!」
思わず立ち上がり、私はスカートの裾を握る。
「小説に興味を持ってくれたのかな? ハードカバーで、見た目も鮮やかだもんね。とにかく、話しかけてくれてうれしいな。私、おばあちゃんがいなくなってから話し相手いなくて。や、それは友だちがいないって意味じゃなくて! 小説を語れる相手がいないって意味だけど」
すると、男は愉快そうに笑い返した。
不良っぽい見た目の男子学生。 けれど、立ち振る舞いには、どこか気品というか──育ちの良さも感じられた。
劇団にでも入っているのかな? そう感じさせるほど、キレイで意志の強そうな顔つきだ。けど、
笑顔の陰には、何か鋭い感情が隠れているように感じる。
茨のような男だ。
深緑色、ツンツンしたミディアムヘア。伸びた襟足。手や首には無数のシルバーアクセサリー。
黒いミリタリーテイストの制服に身を包んだ男だ。その胸には、金色の装飾がされている。
私より少し年上な見た目。きっと、高校二年生くらい。
そんな彼が、一体私に何の用だろう?
「何かと思えば、人間が書いた小説?」
男は忌々しそうに鼻で笑う。
すると、彼の背後にいた二人の取り巻き男も、同じように笑った。
みんな、値踏みをするように、私の顔を見ている。
分かってたよ。
この街──クレイドルで他人に近づくなんて、害意以外の何物でもないって。
わたしはゆっくりとため息をついた。
「常識も知らないのかよ、根暗オンナ。この都市・クレイドルじゃ、人間の創作活動は全て禁止されてる。そして現存する創作物は全て『保護』されるんだぜ? つまり、お前がこんなものを持ってるのは異常なんだよ」
茨のような男は、笑いながら小説を乱雑に捲る。
「ほ、保護って言ったって、それは体の良い処分でしょ! 知ってるわ、全ての創作物は統治AI管理下の保管庫に蒐集される。けど──」
私は男の持つ小説を見上げる。
「保管された物は、誰も手にすることはできない。事実上のゴミ箱でしょ……?」
奪われた小説は、誰も手にすることはできない──正に、今の私と同じ状況。
この都市で許される創作物は、全てAI製の物だけ。このルールが定まった時、統治AIはほとんどの創作物を市民から奪い去ったんだ。
私は、彼の持つ小説に手を伸ばす、
おそるおそる。
けど、
「『誰も手にすることができない』? それでいいんだよ」
男は私を突き飛ばした。
瞬間、冷たい感触。
靴や服に染み込む水。
よろけた私は、噴水の中に落ちてしまった。
そんな情けない私を、水面の中の私が不憫そうに見つめている。
水色の髪のお団子頭──せっかくキレイに整えてきたのに、何もかも台無しだ。
いつもなら吊り上がっている目も、今はどうしても困ったように垂れ下がってる。
白のミリタリーワンピースと、大きめのスカジャン──お気に入りの服も、噴水の水でぐちゃぐちゃだ。
幸い、スカジャンの背中には花びらの刺繍がしてあるし、『お花に水をあげられた』とでも思えばいいのかな──なんて、自嘲する私。
「人が手にすればAI学習され、それが歪みに繋がる。AIにとっちゃ、有象無象の創作物なんて『
茨男は私を見下ろす、人間じゃないモノでも見るように。
「不必要なAI学習は、AIの思考に
確かに、ルールを破ったのは私だ。
人間の創作物が禁じられたこの都市で、人間の書いた小説を持っていた。
でもそれは、亡くなったおばあちゃんと私の、出会いの小説。
少なくとも、人間の創作物を携帯していただけで、こんな仕打ちを受けるのは不公平だよ。
不安な気持ちいっぱいで、辺りを見回す。
けれども、私のことを助けてくれる人はいなかった。
噴水の周りはおろか、校庭にいる生徒は、誰も私に視線を向けない。
「それがこの世界の規則。それを破るなんて間違ってんだよ。みんな我慢して生きてるのに、どうしてお前はルールを守らないんだ?」
彼は苛立った様子で私を睨みつける。
でも、その視線は、何て言うか私ではない何かを睨んでいるようでもあった。
「今の時代、全ての行動はAI──
彼は、私から奪った小説を掲げ、
「『夢』や『感傷』なんてッ、持っても無意味だ! 俺が処分してやるよ」
噴水に向けて投げ捨てようとする。
おばあちゃんが遺した本なのに。取り返さなくちゃいけないのに。
でも、怖い。がんばって失敗したらどうしよう。私が勝つなんて、アリエナイんだから。
そもそも、おばあちゃんだって、私ががんばったせいで――
統治AIに逆らったせいで排除された。だから、がんばらない方がいいんだ。
世界は変わらない。だから、自分を変えるしかない。諦めるしかないんだ。
蔑ろにされても、どうでも良い――そう感じる自分にならなきゃ。
でも――
男が本から手を離す寸前、
「あー、もったいねェ!」
誰かの声が聞こえた。
声の方向――正門の前には、一人の男の人がいる。
灰色の髪。吊り上がった真っ赤な瞳。藍色のライダースーツ。
十七とか十八歳くらいの見た目。でも、この学校の男子たちとは違う。独特の雰囲気を纏った男の人だ。住む世界が違うって言うか、他人を寄せ付けないような何かを感じる。
それは、恐怖から来る感覚じゃない。歴史上の人物が教科書から飛び出てきたような、次元の違う『畏怖』から来る物だった。
何て言うか、
宝石みたいな人だ。
ただの石ころじゃない、特別な何か。そして、簡単には砕けない力強さを感じる。そんな人。
「あ? よく聞こえなかったな」
振り下ろす手を止め、腕を組む茨男。
すると真っ赤な瞳の男──ライダーは、笑顔で返す、彼のプレッシャーなんて気にしない様子で。
「だってそうだろ? その本、何度も読み返したみたいに、年季が入ってる。『そんな小説、どんな話なんだろう』って、お前は思わねェのか?」
そう。そうだよ。
あれは私が、初めて読んだ小説。おばあちゃんと私を繋ぐ、出会いの小説なんだ。
他の人が面白いと感じるかどうかは分からない。でも、
あの小説と出会えたからこそ、私は小説を好きになれた。だから、
誰にも、その本を蔑ろにされたくない。なのに、
何もできなかった。
それを守るべきだったのに、私は失敗することを恐れたまま。
私は噴水の中、びしょびしょになったスカートの裾を握り締める。
「あ? 何だお前。面倒な不審者は、統治AIに『保護』してもらわなきゃな!」
茨男は、左腕に装着した
「いいぜ、通報しても。だが、通報したからって、お前の行いが正当化されるワケじゃない。オレに文句があるなら、『お前自身の言葉』で返してみろよ」
「この世界はAIが全てなんだよ。だから、人間の言葉や意見なんて、必要無い!」
彼はゆっくりとライダーへと距離を詰め、
「取り締まってやるよッ! 俺がッ! ここで!」
瞬間、
相手に向かって何かを投擲した。
投げたのは、手にしていた私の小説!
しかも、投げられたことで本が開かれ、ライダーの視界を覆う!
茨男はスタンガンを片手に、ライダーの懐へ――
ダメだ!
いくら体格差があっても、スタンガンを使われれば終わり。
私のためにまた誰かが犠牲になるのはイヤだ!
でも、何ができる? 私は弱い人間だ。そんな人間にできることなんて何も無い。
スタンガンが彼の体に触れる。
寸前――
「お、応援してます!」
つい、口から飛び出す言葉。
何言ってんだろ、私。自分は何もがんばってないクセに。無責任だよね。
私は俯いた。でも――
「応援ありがとうな」
笑い返す彼。
その刹那――
鳴り響く銃声。
男の手には拳銃が握られていた。
しかし、
「残念。ハズレだな、キザ男」
茨男はスタンガンを、ライダーの胸に押し当てる。
私は思わず目を閉じた。
バチバチと響く、電流の激しい音。
「中々ガッツあるな、お前」
ライダーの声が聞こえた。私は目を開く。
すると彼は、平然とポケットに手を突っ込んでいた。
スタンガンの電撃を受けているハズなのに。
「ありえねえッ! これを喰らって失神しないだと……?」
「そんな事よりお前、逃げなくていいのか?」
意地悪そうに笑い、ライダーは呟いた。
「malfunction」
刹那――
何処からか飛んできた数台のドローン。それらが不良男どもに激突した。
そして、うるさく鳴り響くセキュリティの警報。
「クソが! 何しやがった!」
茨男は頭を押さえ、後ずさりした。
いつの間にか、私たちの周りには何人もの学生。この騒ぎを聞き付けたのかな?
対して頭を押さえる茨男。他の子は不良たちを見つめ、クスクスと笑っていた。
「うっせー外野だ! そもそも、人間の小説なんて持ってる方が悪いのによ!」
茨男はライダーと私を交互に睨みつけ、顔を真っ赤にして走り去っていった。
その取り巻きも、慌てて彼を追いかける。
私はというと、噴水の中で座り込んだままだった。
一連の出来事への理解が、全く追いつかなかったからだ。
床に落ちたドローン。そこには一つの銃創。
そして、彼の射線には、学校の玄関――
玄関に置かれたセキュリティの警報装置には『風穴』が空いている。
距離は五十メートル以上離れているハズ。まさか、この距離から撃ち抜いた?
それにドローンだって、飛んでいるものを撃墜したってこと……?
この男、一体何者なの?
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