malfunction{AIが支配した世界で全肯定テロリストと甘やかされ共犯関係!}

神田モッツァレラ🧀

全肯定テロリストと共犯関係

第1話{プロローグ}

「おはようございます。市民のみなさん」

 頭上から響く高い声に、一人の男は足を止めた。


 スクランブル交差点。立ち並ぶビル。幾つもの街頭モニター。

 ある市民は『空を覆う建造物たちは、人間が積み上げてきた栄華を象徴している』と言う。

 また、ある市民は『合理的な街並みは、AIがもたらす豊かな未来を感じさせる』と言う。


 けれど、男の意見は違った。


 街頭モニターを見上げる男。

 どのモニターも『たった一人の少年』を映し出している。

 花束を持った少年だ。


「今日の天気は晴れ。気温も湿度もとても快適です」

 しかし、街の頭上に空は無く、太陽を模した照明が輝いているだけだ。


 なのに、少年は口元を緩ませ、花を弄ぶ。

 一切の穢れを知らぬような表情。それは、一見すると天使のようにも映る 。


 金髪。癖毛。ミディアムヘアー。垂れた目。無機質な肌。純白の礼服。

 前髪は真ん中で均等に分けられ、間から覗く艶やかな額。

 彼こそが、この街を治める人工知能――『統治AI・イェレーネ』だった。


「昨日の犯罪認知数・検挙数は、ともにゼロ件。幸福な都市運営への協力、感謝します」

 モニターの中にはグラフが表示され、その傍らで天使が笑みを浮かべる。


 その時――

 交差点の真ん中、響いたのは何かが地面に落ちる音だった。


 地面に散らばる小説。横たわる初老の女性。数人が立ち止まり、視線を老女へ向ける。

 しかし、


「市民、何を立ち止まってるんですか?」


 響くイェレーネの声。足早に立ち去る市民。老女の周りには誰もいなくなった。

 その様を見下ろしながら、モニターの天使は笑顔を浮かべる。


「 補助端末のAIは、アナタに『立ち止まれ』と命令しましたか? してませんよね? 他人への『情』なんて全て『騒音ノイズ』なんですから」

 モニターの向こう、イェレーネは花束から一輪の花を抜き出す。そして、


 残りの花はどこかに投げ捨てた。

 手に持った一輪の花。イェレーネはそれを胸の前に抱く。


「そんなことも分からないなんて、愚かな市民ですね。でも、大丈夫ですよ」

 花弁に口付けるイェレーネ。だが、その表情はどこか冷ややかだ。


「どれだけ愚かでも、AIが全部助けてあげます。 何も考えなくても、悩まなくてもいいんですよ? 腕に付けた『補助端末ハーネス』が、いつだって市民のことを見守ってますよ」

 イェレーネはにっこりと笑い、


「安心してくださいね。私たちAIが全部『管理』してあげますから」

 手にしていた花の花弁を千切った。


 モニターの中のイェレーネは笑顔のまま、虚ろな目でこちらに語りかける。

「市民、アナタは幸福です。 『幸福じゃない』なんて、『おかしい』ですもんね」


 彼の目線の先、交差点を行き交う雑踏。その誰もが腕の端末を見つめ、AIの指示を待っている。もう、道に倒れた老女に駆け寄る人なんていない。


「何が『幸福』だ」


 ため息交じりに、男は交差点を往く。そして、手を差し伸べ、老女を立ち上がらせた。

 感情を踏みつけにした、その先に幸福なんて無い。彼は唇を噛み締める。


「AIもこの街並みも、不自由の象徴だ。そのことを統治AIは理解わかっちゃいない」


 男は交差点の先を見つめた。

 ビジネス街の片隅、男の視線の先にあったのは学校。

 校舎は真新しい。だが、別館など、幾つかの施設は古びたままだ。

 AIに浸食されゆく人間の日常と同じだ。男はもう一度ため息を吐く。


 だからこそ、『アイツ』の力が必要だ。

 この不自由を――不幸を覆すために。


「この地底都市・クレイドルの間違いを、統治AIに『理解わからせて』やンなきゃな」


 拳を握り締め、学校へと歩いて行く男。

 頭上に浮かぶ偽物の太陽は、彼を強く照り付けていた。

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