第27話{瀕死の共犯者 and 諦めない私}
「校庭で、図書館で、展示会で、ハイウェイで――かけてくれた言葉は本物でしょ? アポロが積み重ねてきた『がんばり』は、誰かが作った虚像なんかじゃない!」
私の想い、伝わってほしい!
「だから別に、いくら銃弾を外したっていい! 何度間違ったって、アポロががんばり続ける限り、きっと自由に辿り着ける! 諦めないで、アポロ!」
「 がんばりが虚像じゃない? 本当に言い切れるの?」
イェレーネは甘い声で呼びかける。
廊下の奥、歩いてくるのは――
水色の髪。お団子頭。吊り上がった目。
白のミリタリーワンピース。大きめのスカジャン。
イェレーネは、私と全く同じ見た目になっていた。
「アナタの人生なんて全部作り物。気付かなかったでしょ? AIの創作物は真に迫る。やっぱり、人間なんて要らないよね? 音楽も美術もシナリオも、人間なんか出る幕じゃないの」
「確かにな」
笑い出すアポロ。
もうお終いだ。
「私の言葉は、想いは、アポロに届かなかったんだ!」
「アーサーが作り物なら、よくできた虚像だよな。 でも、あの時動いたオレの気持ちは 『本物』 。間違ってもいい―――オレが昔救われたのは、そんな合理的でも何でもない言葉。そして――」
轟く銃声。
「今、オレの心を救ったのも、合理的でも何でもないシャノンの言葉・感情だ! だからオレは、シャノン――お前を信じたい!」
アポロの銃弾はイェレーネの正中線――眉間から腹に掛けてを、縦に撃ち抜いた!
勝った!
しかし、
ぐにゃり。現実が歪む感覚。
轟く銃声。
イェレーネの正中線を目掛け、銃弾が放たれる。
しかし、イェレーネは軽やかに回避した。
また、だ!
また、時が巻き戻った! せっかく攻撃が当たったのに!
「何度やったって無駄なのに。ホント低スペック。ホント愚かな市民」
再び指を鳴らすイェレーネ。ドローンが放つ銃弾。そして、
動かない私の体。ダメだ! 状況の変化に、私のCPUがついて行かない!
「危ない、シャノン!」
体を貫く弾幕!
でもそれは私の体じゃない。
私の頬を伝い落ちる真っ赤な液体――
アポロの血液。
銃弾が貫いたのはアポロの体だった。
アポロは、私を庇うため『盾』にしたんだ、自分の体を!
膝から崩れ落ちるアポロの体。
「そんな、アリエナイわッ!」
アームでアポロの体を抱き留める。口から血を流すアポロ。
「悪ィな、シャノン」
彼は目を細めながら私を見つめた。
「銃弾で弾けりゃ良かったんだがな。あの土壇場で、そんなことする自信が、沸いてこなかった。また外しちまうンじゃねェか――そう思うと、引き金を引けなかった」
私のせいだ。
あの時、アポロの銃弾がイェレーネに命中して、『安心』してしまった。
でも、違うんだ。
「イェレーネの能力の前で、『努力』や『成功』なんて意味ないんだ! どんな『結果』も全て、『無かったこと』にされちゃうんだ!」
「助けてあげようか? ぼくは『八秒』だけ『時を戻せる』 。そういう『拡張デバイス』」
ニヤニヤ笑みを浮かべ、ゆっくりと近づくイェレーネ。
信じられない。本当に、そんな人知を超えた機械なんてあるの?
でも、もし、本当にそうなら――アポロを助けられるなら――
「お前の記憶と引き換えに助けてあげるよ。もちろん、統治AIとしての権限も渡してもらう」
たったそれだけで、アポロを助けられるんだ。そんなの、答えは決まってるよね。
元々、私のせいなんだ。私が油断していたから。
だから、私が犠牲になるのは当然。私の記憶と引き換えに、アポロを助けられるんだよね?
「お願い、アポロを――」
「オレを見捨てろ――これは命令だ」
吐血しながら立ち上がるアポロ。
「オレになんて構うな。どうせお前なんて道具。復讐のために利用していただけさ。だからオレになんて構わず、さっさとCPU壊しに行け。もう一度言うぜ?」
アポロは私に拳銃を向ける。
「これは『命令』だ、シャノミァー」
全身から血を流しながら、アポロは私を睨みつけた。
なんて悲しいの?
でもそれは、『投げかけられた言葉』が『悲しい』んじゃない。
こんな私のために、嘘をついてまで私を気遣う彼を、助けられないことが悲しい。
「残り五秒」
「信じるな! 早く逃げろ!」
きっとアポロは、私のために嘘をついてる。
私のせいで傷を負ったのに、こんな私のために。
でも、イェレーネのカウントが終われば、もうアポロを救けられない!
「四」
相手には複数体のリノとドローン。きっと私ひとりじゃ勝ち目は無い。
アポロを助けたい。なら、私が犠牲になるしか――
「三」
でも、アポロの言う通り、イェレーネを信じていいの?
記憶と権限を渡した後、本当にアポロを助けてくれるの?
「二」
分からない。
早く、『選択』しなきゃいけないのに――
「一」
瞬間――
私は飛び上がり、イェレーネに殴りかかった。
取引なんて関係無い!
イェレーネをブッ壊せば、彼女も『時を巻き戻さざるを得ない』!
それだけが『真実』だ!
「拡張機構:
私はイェレーネに向かって、拳を振り下ろした!
刹那――
吹き飛ばされる体。トドメを刺したかと思えば、私がカウンターを喰らっている?
時は、巻き戻らなかった!
「ゼロ。ゼロゼロゼロ。アポロ死亡確定。もうお終いだね」
ゲラゲラと笑うイェレーネ。
どうして?
あの状況でカウンター喰らうなんてアリエナイ。いや、そんなことよりも――
私はアポロを見つめた。血塗れで、私のために立ち上がってくれた彼。
でも、そんな彼を――私は救えなかった。救うチャンスを無駄にした。
「いいね。お姉ちゃん最高だよ。ホント面白い顔」
満足そうな笑顔のイェレーネ。
「じゃあ、今度はお姉ちゃんの番。物言わぬスクラップにしてあげるね」
すると、独りでに動き出す、床に転がっていたリノの破片。
バラバラのリノは、ゆっくりと動き、イェレーネの周りに集まる。
そして、それらは一つの輪郭を組み上げていった。
イェレーネの下半身に纏わりつく、ジャンクパーツ。
リノの四肢は、節足動物の手足のように組み合わさっていく。
まるで蜘蛛だ。
イェレーネの上半身は、蜘蛛のような胴体にくっついている。
高さ三メートルを超える、機械の化け物だ。
どうしよう。八秒を『過ぎて』しまった!
こうなったら、拡張デバイスを奪っても意味ないのかな?
分からない。でも、とにかく逃げなきゃ!
私はアームでアポロを抱き上げ、階段へと駆ける。
さっきと変わらず、アポロの血は止まらない。どうしよう。臓器が損傷してるのかな?
この状況、私に何ができる?
医療機関に働きかけようにも、反逆者の命を保証してくれるのかな?
いや、試せることは試すんだ!
私は補助端末を操作し、病院へ連絡を取る。けれど、応答は無い。
なら、五月雨は? メッセージを送るも、反応は無い。
刹那――
ガシャガシャと響く喧しい音。
イェレーネは大きな蜘蛛の図体で、こちらに這い寄って来る。
「ダメだよ、お姉ちゃん。ここはぼく管轄の研究所だよ? 不法侵入はルール違反。駆
除されちゃうよ?」
床を破壊しながら、迫るイェレーネ。私は一心不乱で階段を駆け上がる。
「アポロ、絶対に助けるからね」
「逃げろ……って、命令、したのによ」
血を吐きながら不敵に笑うアポロ。
「喋らないで! 悪化したら大変だから!」
「焼け、傷口を。それで、マシになる」
私のアームを指すアポロ。確かに、今は一つでも、意味のある行動をしなきゃ!
「ごめんね」
私は自分の体を冷却し、その分の熱をアームから伝わせる。
苦悶の表情を浮かべるアポロ。でも、苦しみの声は一言も上げない。
やっぱりアポロは強いな。こんなことになっても、弱音を吐かないんだもん。
ごめんね、私のせいで。そしてありがとう、私を信じてくれて。
私は、視線を真っ直ぐ上に向けた。
絶対に、諦めてたまるか、アポロの命を! とにかく、イェレーネを退けるんだ!
イェレーネを統治AIから引きずりおろせば、クレイドルの権限が手に入るハズ!
そうすればきっと、全ての医療機関に働きかけられる!
だから早く、サーバールームに行くんだ!
アポロから預かった『メモリ』を差し込めば、それで全て終わる!
メモリをクラスターに差し込めば、アポロを助けられるんだ!
私は階段を駆け上がった。
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