第26話{外れた銃弾 and 助ける私}

「信じてくれ、オレはアーサーであり、イェレーネでもあるし、テセウスの社長でも、また別の人間でもある。お前は両親を失い、悲しんだろ?だから、お前を救けるために『オレ』が生まれた。それがクレイドルの最先端メンタルケアプログラムなんだ」


 乱暴な足音が近づいてくる。

 そんな……!

 これまでアポロの心を支えていた存在が幻想?

 一体、イェレーネは『どういう存在』なの?


 時を巻き戻したり、姿かたちを変えたり――

「まさか、二つも能力が使えるって言うの?」

「いや、そんなハズは無い」

 深呼吸するアポロ。そのこめかみには汗が伝っていた。


「アンドロイドが持つ拡張デバイスは、基本的に一つだけ。電力消費的に、二つ以上の物を扱うのは難しい。使うにしろ、あんな華奢な図体じゃ一つでも息切れだろうな」


「信じてくれよ、アポロ」

 の足音はすぐ近くで止まった。

「アーサーなんて『存在しない』 。不思議に思わなかったか? そんな反逆者が逮捕されず、のうのうと生きてられるなんて。親の死後、その知人が都合よく現れるとでも?」

 こちらに銃を突きつける


 どうしよう!

 逃げても攻撃しても、全て巻き戻されるッ!

 このまま何もできず、終わっちゃうの?


「さよならだ、反逆者ども」

 瞬間――


「malfunction{塞げ}」

 上から現れる何か。

 視界を覆ったのは灰色の壁だった。これは――


 防火シャッター!

「さよならはテメェだ。行くぞ、シャノン」

 銃を構え、立ち上がるアポロ。


 そうか! 電撃を壁から伝わせて、天井の防火シャッターを降ろしたんだ!

 やっぱりアポロは頼りになるな!

 イェレーネが『あんな嘘』をついたって、揺さぶられないんだ!

 私も立ち上がり、彼の後を追う。

 その時――


 響く金属音。シャッターを叩く音だ。

「開けてくれよ、アポロ。オレとお前の仲だろ?」

 ドンドンと、激しい音を立てて『それ』はシャッターを叩く。

 ボコボコと変形するシャッター。でもその輪郭は、人間の拳なんかじゃない。

 ボウリング球のような大きさの窪みが、シャッターを歪ませていく。


 この場にいるのは危険だ!

「とにかく逃げなきゃ! でも、真ん中の階段へ行く道が塞がれちゃった!」

「大丈夫だ、シャノン。この廊下の先にも階段はある。少し遠回りになるが――」

 刹那――


 響くガラスの破砕音。

 廊下の両サイド――割れるガラス張りの壁。

 研究室から飛び出したのは、七・八体のリノ。

 しかし、そのどれもが半壊している。それぞれ体が焦げ、腕が取れ、頭がもげていた。


 耐久実験に使われていたリノ! けれど、その手にはしっかりと小銃が握られている。

 でも、この程度なら!


 私は飛び上がり、アームを天井に伸ばす。振り子のように空中を移動する私。

 そして、天井から水道管を引き千切り、リノに殴りかかった。

 銃を構えるリノ。轟く銃声。でも、


 遅い。

 棍のようにパイプを振るい、飛んでくる銃弾を私は弾き飛ばした。

 そのままの勢いでリノを薙ぎ払う。パイプの切っ先に光る鋭い刃。

 次の瞬間には、全てのリノがバラバラになり、地に伏していた。


「それが五月雨の言っていた、その拡張デバイスの機構か」

「ええ、拡張機構:調律マジェスティック・チューン――なかなかやるでしょ?」


 この尻尾にとって、ロボットアームとしての機能はあくまでサブ。

 五月雨によると、本来は冷却装置として設計されたものらしい。

 この長い尻尾の中で冷媒が蒸発・凝固することで、熱エネルギーを操作することが可能。

 故に、水道の水を凍らせれば、それだけで武器になるそうだ。

 私はアポロを振り返り、尻尾に持ったパイプ――簡易的な薙刀を見せた。けど――


「後ろだ、シャノン!」

 正面を向けば、そこには五・六体のドローン!


 しまった!

 まだ伏兵がいたんだ!

 瞬間――


 轟く銃声。

 でも、それはアポロが放ったものだ。


 展示会でも、複数体の敵を一気に倒してたもんね!

 きっとアポロなら百発百中! 頼りになるな!


 しかし、その銃弾はどれも虚空に消えた。


 え? アポロが銃弾を外した? そんなの、今まで一度も無かったのに。

 いや、さっきのは私を助けるため、咄嗟に放った銃弾。

 たまにはそういう時もあるよね!

 私はアームを伸ばし、ドローンたちを切り裂いた。


「すまねェ、シャノン」

 銃を降ろし、隣まで駆けてくるアポロ。

「いいのいいの! 結果的に、アポロが注意を引いてくれたから、ドローンに隙が生まれたし!」

 私は廊下の奥――もう一つの階段を見上げた。

 刹那――


 金属のひしゃげる轟音。

 廊下の果て――防火シャッターが破壊される音だ。

 こじ開けられるシャッター。

 その先には、イェレーネが立っている、

 さっきと変わらない、意地悪な笑みで。


「シャノン、お前は先に上へ行けッ!」

 轟く銃声。

 アポロはイェレーネに銃弾を放った!


 けど、一発も命中しない。全ては虚空に消えて行く。

 どうして?

 アポロなら、こんな距離、簡単に狙撃できるのに!

 まるで惑っているような射線。

 何て言うか、目の前のことに集中できてないみたいな。


「大丈夫? アポロ」

「すまねェな、シャノン。心配かけちまって」

 指を震わせながら、アポロは引き金を引く。

 でも――


 何発撃ったってイェレーネに掠りはしない。

「オレは『自由』を取り戻したかった」

 青ざめた表情のアポロ。

「この街では、『何を食べるのか』すら、AIが決める。『誰が生きるべきか』すらも」


 私は、アポロの言っていた過去を思い出した。

 そうだよね。事故の後、アポロの両親は少なくとも生きていた。

 けど、イェレーネが『命令』した、『命の選択をしろ』『延命を止めろ』って。


「それでもオレががんばってこれたのは、アーサーとの思い出があったから。アーサーが執行局に捕まっても、『この国に自由が戻れば――』そう思って生きてきた。オレの心の支えは『復讐』だ。国が変われば、『借り』が返せる――思って生きてきた」


 アポロの目は光を失っている。

「けど、 『あの思い出』さえ偽りなら、何が本当なんだ? オレは何のために生きてきた? オレは、何のために戦えばいい?」


 そうだよね。

 イェレーネは『アーサーとの思い出全てが偽り』だと言った。

 アポロが走り続けられた理由は、一瞬で覆ったんだ。精密な射撃が失われるのも理解できる。


 なら、私に何かできないかな?

 おこがましいことだけど、私がアーサーの代わりに――

 アポロの戦う理由にはなれないのかな?


「いや、 何でもねェよ、 シャノン。 オレには電撃がある。近距離戦に持ち込めば負けやしねェ。時間稼ぎくらいできるさ。だからお前は、先にサーバールームへ行け。どちらか一人が辿り着けば、オレたちの勝ちなんだからよ」


 確かに、彼の言う通りだ。私たちのどちらかが最上層へ行けば終わり。

 それに、アポロの能力なら、銃が無くたって戦えるかもしれない。でも――


 指を鳴らすイェレーネ。廊下の奥、飛来してくるドローン。

 けど、アポロは動かない。

 心の支えを失って、外すことが分かり切ってるから?


 でも、今までのアポロなら、挑戦する前に諦めるだなんてしなかった。

 アポロなら、あの数のドローン、すぐ打ち落とせるのに。

 なら――


 今度は私が助けるんだ!

 アポロが私を助けてくれたように!

 ここでアポロを捨て駒にするなんてアリエナイ!


「アポロは私を助けてくれた! だから、アポロの今までの『がんばり』に意味はある! 例え、イェレーネがどんな『嘘』を言ったって、 アポロが私を助けてくれたのは 『真実』 だから!」

 アポロへ放たれる銃弾。

 私はパイプを振るい、それらをはたき落とす。


「校庭で、図書館で、展示会で、ハイウェイで――かけてくれた言葉は本物でしょ? アポロが積み重ねてきた『がんばり』は、誰かが作った虚像なんかじゃない!」


 私の想い、伝わってほしい!

「だから別に、いくら銃弾を外したっていい! 何度間違ったって、アポロががんばり続ける限り、きっと自由に辿り着ける! 諦めないで、アポロ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る