第25話{かけがえのない思い出 and 理解の追いつかない私}

「その後、オレは研究所に潜入した。この都市、クレイドルを変えるためには――表現の自由を取り戻すには、 『情報』が必要だったからな。この能力はその時の副産物さ」


 アポロにそんな過去が。

 悲しみも喜びも、全て伝わってくる。その人との『思い出』があるからがんばれるんだ!

 理解したよ。私も、そうだから。

 私にも、おばあちゃんにアポロ、そして五月雨との思い出があるから。


「素敵な人だね、アーサーって人。その人が心の中にいる限り、アポロは大丈夫なんだ!」

 アポロもまた、誰かのために戦ってるんだ!

 きっとアポロは負けないし折れない、

 胸の内に、大切な思い出がある限り。


 すると、バイクを停車させるアポロ。

「着いたぜ、研究所だ」

 それはまるで壁だった。

 上下左右、連なる幾つもの小さな部屋。それは生物の細胞のように、隙間なく繋がっている。

 そこには建築の基準を満たさない不安定さと、ある種の神秘性が同居している。


 この研究所に設置されてるのがHERALD のメインクラスター。

 最上層まで辿り着けばイェレーネに大打撃を与えられる!

 何故なら――


 私はポケットの中、『黒いメモリ』を握り締める。

 電子機器に接続するための、メモリ型バッテリーだ。

 ここにはアポロの電撃が込められている。もちろん『命令』も一緒に。


 私がこのメモリをメインクラスターに差し込む。あるいは、アポロが直接電撃を喰らわせる。

 どちらかでハッキングが完了する――だから、


 最上層に辿り着く――それが私たちの勝利条件!

「行くぞ、シャノン」

 研究所に入るアポロ。私はその背中を追いかける。


 中は、真っ白な世界だった。

 高い天井と広いエントランス。左右に廊下。対面には、受付と階段とエレベーター。

 どれもが白く染められている。

 構成物はいたって『普通』。けれど、

 その異常なまでの『純白』への執着が大きな違和感を抱かせた。


「幸運ね、アポロ。受付はいないみたい」

「何言ってンだ、シャノン。オレたちは誘い込まれてンだよ」

 銃を構え、周囲を警戒するアポロ。


 ゆっくりと、私たちはエントランスを進む。

「とりあえず、エレベーターはあるケド――」

「お前の察する通り、危ねェだろうな」


 だとしたら、選択肢は三つ。エレベーター脇の階段か、それぞれの廊下の先にある階段。

 エントランスの先――片方の廊下を覗く私。

 果てなく続く廊下。それは少しだけ曲線を描き、一目では突き当りが見えない。


 読んだことあるな、重要な拠点はセキュリティ対策のため、建物の構造が特殊だって。

 きっとこの研究所もそうなのかな? 上り階段と下り階段を分けてるだなんて。


 廊下の壁は全てガラス張り。廊下から内部の様子が見れるようになっていた。

 どの部屋の中でも、アンドロイドのボディが、大きな装置の中に入れられている。

 ボディはそれぞれ――焼かれ、振動が与えられ、延々と走らされたり等していた。


 耐久性などを測ってるのかな?

 確かに、図書館でもリノが熱暴走で機能を停止していた。

 役割によって、様々な耐久力が求められるんだろう。

 すると響いたのは、


 ケーブルの動く音。

 点灯するエレベーターの文字盤。

 文字盤の数字は、五から四、四から三と――次第に下降していく。


「アポロ!」

「分かってる!」

 銃を構え、照準を合わせるアポロ。私もアームの拳を握り締める。


 このタイミングで昇降するエレベーター。明らかに、私たちの来訪を察知しての動きだ。

 ここで逃げたって、何の解決にもならない。

 サーバールームへ行く前に、ここで返り討ちにするんだ!


 でも、一体誰が乗っているというの?

 こんな状況で私たちの前に現れるなんて、やられるために出てくるようなもの。

 何が目的なの?


 文字盤に点灯する一階の文字。

 ポーンという気の抜けた音が響いた。

 開いていく扉。浮かび上がる人影。


 けど、誰だろう? 見たところ、リノでも研究員でもなさそうだ。

 無精髭に眼鏡。サイドに流した前髪。ウェーブのかかった長髪。

 四十歳前後の見た目。来ているシャツはヨレていて、ズボンは糸がほつれてボロボロだった。


「オイオイ、物騒だな、アポリア――いや、アポロだったか」

 そこに立っていたのは――

「アーサー!」

 叫ぶアポロ。


 そうか、この人がアポロの言っていた人。

 確かに、彼から聞いた特徴そのままだ。

「良かったね、アポロ! 会いたかったでしょ?」

「ああ、そうだな」

 刹那――


 轟く銃声。

 風穴が空いたのは、アーサーの傍ら――エレベーターの壁。

 上る硝煙。

 撃ったのはアポロだった。


「でも、『違う』よな、お前は」

 銃を降ろさず、アポロは目の前の男を睨みつける。


 違う? 言われてみればそうだ。

 目の前のアーサーは、アポロから聞いた特徴そのまま。でも、


 アリエナイ。

 アポロの幼少期から何年経った? 八年? 九年?

んだ、彼は。


 私は目の前の男を睨む。

 十年弱経てば、どこか年老いるハズ。けど彼は、相変わらず四十歳前後の見た目。

 記憶の中から飛び出てきたみたいに。


「ヒドイじゃねェか、アポロ。せっかくオレが会いに来てやってるのに」

 目の前の男は寂しそうに笑ってみせた。


 その顔は、背丈は、衣服は――どんどん変化していく。

 本のページをパラパラめくるみたいに、目の前の男――いや、

 もはや男ですらない『それ』は、微笑み続ける。


「バレちゃったか。つまんないの」

 目の前の少年は、退屈そうにため息をついた。

 金髪。くるくると巻いたショートカット。垂れた目。無機質な肌。純白の礼服。


「イェレーネ! からかうのも大概にして! アポロの思い出を弄んで!」

 刹那――


 私は大きく踏み込み、ロボットアームを振り上げた。

 目の前にイェレーネがいるなら好都合!

 この一撃で、彼女の能力――拡張デバイスのスペックを見極める!


 彼女の顔ほどもある拳だ。

 何か能力を使わない限り、回避できないハズ!

 私は、アームの拳を振り下ろした!

 なのに――


 一歩も動いていない体。

 轟く銃声。

 迫り来る弾丸。


 イェレーネが、銃弾を放った?

 でも、いつの間に?

 むしろ、さっきは私が攻撃したハズなのに。


 とにかく、逃げるんだ!

 私はアームを後方に伸ばし、壁を掴む。そして、

 大きく飛び退いた。

 けれど――


 私の体は微動だにしない。


 再び轟く銃声。

 弾丸が私の体を貫く!

 寸前――


 後方からの銃弾が、イェレーネの銃弾を弾き飛ばした!

 私は大きく飛び退き、アポロの隣に着地する。


「ありがとう、アポロ!」

 でも、さっきのは何? 攻撃できないどころか、回避すらできない。

 一体、イェレーネはどんな能力を持ってるの?


「とにかくここに入れ!」

 廊下にある小部屋――その扉を開け、身を隠すアポロ。

 私もそこに続き、扉の陰から外の様子を伺った。


「別にぼく、思い出を弄んでなんかないけど?」

 響く靴音。

 くすくすと笑いながら、イェレーネは近づいてくる。一歩ずつ噛みしめるよう、ゆっくりと。


「イェルはね、みんなに『感情』を捨ててほしいだけ。感情があれば、さっきみたいなのに振り回されないでしょ? その点、お姉ちゃんよりはマシだよ。いきなり銃を撃ってくるんだもん」


「それを弄んでるって言うのよ!」

 アームで扉を千切り、イェレーネに投げつける。


 飛んで行く扉。展示会場の時と同じよ。

 統治するためのボディなら回避はできないハズ! けれど、


 投擲した扉は視界から消えた。

 さっきから何なの? 私は目の前の壁に手をつく。

 いや、違う。これは――


 さっき投げたハズの扉だ!

 巻き戻っているのッ? 時間が!


「別にイェルの勝手でしょ、ぼくが持つアバターの一つを使うくらい」

 どんどん近づいてくる足音。


 アバター?

 一体、彼は何を言ってるの?


「逃げないでくれよ、アポロ」

 イェレーネは声色を変え、再び語りかける。

 アーサーの声だ。きっと、変わっているのは声だけじゃない。おそらく見た目も。


「信じてくれ、オレはアーサーであり、イェレーネでもあるし、テセウスの社長でも、また別の人間でもある。お前は両親を失い、悲しんだろ? だから、お前を救けるために『オレ』が生まれた。それがクレイドルの最先端メンタルケアプログラムなんだ」

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