第23話{家族の死 and 陰鬱なおれ}
「おれは幸福だった」
幼いおれにとって、毎日はとても単純で、その日々になんの疑いも持っていなかった。
仮想アシスタントが毎日課題を出す。
だからおれは、勉強して、それに答える。
優秀な成績を修めると、
「がんばってるな、アポロ」
「楽しそうに勉強して素敵ね、アポロ」
父さんも母さんも、自分のことのように喜んでくれた。
おれが求めれば、どんな学習プログラムだってインストールしてくれた。
学習のための機材も、構成データを買って、プリンターで出力してくれた。
「おれは、父さんも母さんも大好きだった」
それと同じくらいAIのことを信頼してた。
それは、おれの十歳の誕生日だった。
「その日は一緒に出掛けよう! きっと喜ぶぞ」
父さんが、おれに外出を誘ってくれた。
行き先は、新型アンドロイドを紹介するカンファレンス。
おれは機械工学に興味を持っていた。だから、市民用のチケットを取ってくれたらしい。
「会場に行ったら、みんなで写真を撮ろう。誕生日記念だ」
その日はいつもより早く目が覚めたのをよく覚えている。
母さんは気が乗らなかったみたい。けど、ついてきてくれた。
「母さんも一緒に来てよ。きっと楽しいよ!」
おれがそう、ねだったから、
「そうね! アポロが言うなら、お母さんも行ってみようかな」
母さんは笑顔でぼくの気持ちに応えてくれた。
おれたちが車に乗ると、仮想アシスタントが行き先を聞き、父さんがそれに答えた。
すると、車はひとりでに発進。目的地までぐんぐん進んだ。
これは自動運転と言う技術らしい。
仮想アシスタントが全ての道路情報とリンクして、最適で安全な運転をしてくれるそうだ。
でも、
おれたちはその時、事故に遭った。
瞬間、おれが感じたのは大きな衝撃。
次に目を開けた時、おれは狭いところに押し込められていた。
強い不安を感じて、
「父さん? 母さん?」
おれは二人に助けを求めた。
けれど、
誰も、
返事をしなかった。
車と腕輪、
どちらの仮想アシスタントも、
応答しなかった。
瞑っていた目を恐る恐る開いた時、おれは理解した。
おれが『押し込められている』ように感じていたのは、
事故でひしゃげた両親の体の間だった。
意識を失ったおれが目を覚ますと、そこは病院だった。
どうやらおれたちは、仮想アシスタントのエラーのせいで事故に遭ったらしい。
「『安全な運転』とか言っていたのに、いい加減だ」
おれは心の中でため息を吐いた。けど、
「二名とも、心拍数、安定し初めました」
その時聞こえたのは、医療従事アンドロイドの無機質な言葉。
おれの苛立ちは吹き飛んだ。
「良かった! 父さんも母さんも、生きてるんだね」
そう思った。
「アナタの両親はそちらの病室にいます」
アンドロイドは無機質に教えてくれた。
けど、そんな無機質さだって愛おしい。
だって、父さんも母さんも無事だったんだから!
だから、おれは包帯だらけの体で、両親の病室を訪ねた。
「会いたかったよ 父さん、母さん!」
病室のベッドでは、二人が横たわっていた。
「大丈夫? 二人とも痛くない?」
おれが問いかけても、誰も返事をしてくれなかった。
それも当然かもしれない。
あの日、おれの誕生日、母さんはカンファレンスに行きたがらなかった。
けど、おれがねだったから、ついてきてくれた。
父さんも、わざわざ休みをとってくれた。
おれのせいだ、
二人が事故に遭ったのは。
そもそも、おれが機械工学になんて興味を持たなければ、父さんは事故に遭わなかった。
全部おれが悪かった。
だから、二人が怒って口を聞かないのも当然だ。
おれは二人の手を両方の手で握りしめ、
「ごめんね。おれのせいで、全部……」
と、謝った。
全部全部、泣きたいくらい悲しかった。けど、この現実を、まだどこか信じられなかった。
だから、涙は一滴も出なかった。
「ごめんなさい、父さん、母さん。おれが何も望まなければ、みんな幸福だったのに」
その後も、おれは二人に何度も謝った。
けれど、両親がおれに返事をすることは一度も無かった。
すると、医療従事アンドロイドは、
「アナタの両親は目覚めません。事故によって脳が機能を停止したからです」
そう、おれを二人から引き離そうとした。
「父さんも母さんも手は温かい! きっと目覚める! この街の医療技術はすごいんでしょ?」
しかし、医療従事アンドロイドも、おれの仮想アシスタントも、
「このまま生命維持しても、目覚める確率は極めて低いです。それは、市民全体の利益に繋がりません。また、都市のリソースを無益に消費することは、非推奨行為に挙げられ──」
よく分からないことを言った。
そして、
「先述の理由から、『安楽死の適用』を選択してください」
そんな『命令』をおれに下した。
そしてアンドロイドは、二人をどこか連れて行こうとする、
おれの手の届かないところへ。
AIは、おれに――
「おれに、両親を殺せと、『命令』するのか!」
おれの胸の中には、何か、とても熱いものが渦巻いていた。
「分からない。どうしてそんな酷いことをするんだ」
おれはまだ二人に、きちんと謝ってすらないのに。
おれは追いかけた、二人を連れて行くアンドロイドを。すると、
「いいえ、我々AIは、市民に『正しい選択』を推奨しているだけです」
そう言って、未来執行局のアンドロイドは、おれを取り押さえた。
病院の床はどこか冷たく、魂まで凍り付いてしまうかと思った。
「何が『推奨』だ! 他の選択肢は奪うクセに! それは『命令』とどう違う! 統治AIの言う『幸福』って何? おれの『幸福』は、父さんと母さんがいないなら、成り立たないのに!」
瞬間――
現れたドローンが、病院の白い壁に映像を投影する。
「いいえ」
金髪。くるくると巻いたショートカット。垂れた目。無機質な肌。純白の礼服。
「市民、アナタは『幸福』だ」
映し出されたのは、統治AI・イェレーネの顔だった。
「安心してください。仮想アシスタントの提案は、全てアナタたちのためです」
イェレーネは笑顔のまま告げる。
親が子に向けるみたいな、優しさを感じさせるような表情だ。
しかし、喋り終われば、彼はスグに無表情になる。その歪さに、おれは吐き気を感じた。
「親を殺そうとして、『アナタたちのため』? そんなワケないだろ!」
「いいえ、市民。目覚めない人間を活かしたとして、アナタの人生は全てそれに囚われてしまう。その上、生命維持に使うリソースは莫大。互いにとってリターンが少ない」
彼はさっきと同じ笑顔を作る。
「これは、愚かな選択と言えます」
「損得勘定の話じゃない! 両親を生かすか殺すかはお前たちが選ぶことじゃないだろ! それは、おれが決めることだ! おれは二人に生きていてほしい!」
「そうですね。アナタが決めるべきです。だから――」
投影されているイェレーネは、虚ろな目でおれを見つめた。
「アナタが決断するんです、両親の安楽死を」
すると、おれを捕まえるアンドロイドは、おれに変な薬を注射した。
「仮想アシスタントは常に、アナタが取るべき『正しい選択』を提案します。だから、ワタシたちに全てを委ねてください。そうすれば、『間違った選択肢』を選ばなくて済むのですから」
次第に意識はぼやけていき、
おれが目覚めた時、おれは家で一人ぼっちだった。
「市民、アナタに推奨できる、1028 件のメンタルケアプログラムがあります」
両親を亡くしたおれを気遣ってか、仮想アシスタントは色々なプログラムを奨めてきた。
「両親の死は、全部AIのせいだろ」
おれは、AIの言葉を信頼できなかった。けど、それ以上に――
「おれはツラかった。父さんと母さんを亡くして悲しかった」
だから、仮想アシスタントの奨めるものは全て試した。
なのに、
おれの心は、
いつまで経ってもツラいまま。
この悲しさも、
おれの命も、
何もかも、
「事故の時に全部、潰れて消えてたら、幸福だったのにな」
全てが嫌になって、仮想アシスタントの出す課題もこなさなくなった。
仮想アシスタントは『市民ランク』が下がるだと言っていたが、どうでも良かった。
「『正しい選択』だとか『間違った選択』だとか、一体何なんだ? それは、他のヤツが決めることなのか? 大事なのは『おれの意志』じゃないのか?」
でも、それに全て従わなくちゃいけないのか?
AIが『間違った選択』だと判断する行為は、やっちゃいけないのか?
「『おれの意志』で何かを選択しちゃいけないのか?」
起きている時間は全て、ベッドの上でぼんやりと過ごす毎日。
そんな時だった、
『父の友人』と名乗る男が、おれの家に転がり込んできたのは。
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