第18話{不安定な感情 and 期待に応えたい私}
私は尻尾を使い、トラックの梯子から手錠を引きちぎる。
そして、バイクの後ろに飛び乗った。もう絶対に降りない。自分の役割を全うするんだ!
でも――
「ごめん、アポロ。私のせいで」
今、私たちが走っているのは、別の道。
トラックが曲がったことで、摩天楼へ続くルートからは既に外れてしまっていた。
どうしよう! 指名手配されてる現状、一刻の猶予も残されてない。
やっぱり私、アポロの足を引っ張ってばかりだな……。
ジャンクションを過ぎて既に数分。
一旦ハイウェイを降りる?
いや、それもリスクが大きいよね。
ちらり。眼下――ハイウェイの出入り口を見下ろす。でも、
そこには何台ものバイクと車。未来執行局の物だ。 傍らには、何体ものリノが直立している。
出入り口は既に封鎖されてる。だとしたら、他の場所から出るのも危うい。
私には尻尾、アポロには能力がある。本来なら、リノに封鎖されていても何とかなる。
でも、
アポロは脇腹に怪我を負ってる。これ以上、彼に無理させたくない!
かといって――
振り向けば、視界を埋め尽くす大量のドローン。
このハイウェイを逆走? アリエナイ。
なら、私に何ができる?
私は俯き、肩を落とす。
アポロのお陰で、がんばる心を思い出せた。
でも、どうがんばればいいの?
これじゃ、摩天楼に着けない。秘密を暴かなきゃ、イェレーネには勝てないのに。
それどころか――
迫り来るハイウェイの出口。
この状況でリノと交戦して、勝てるのかな?
私がいれば、きっとまた足を引っ張る。このままだと、執行局に捕まっちゃうよ!
頭を過ぎる五月雨の顔。
もし捕まれば、私たち、記憶消されちゃうのかな?
アポロから『私の記憶』が消えたら――
私から『アポロの記憶』が消えたら――
想像するだけで体が強張った、オイルが切れたみたいに。
「どうしよう、アポロ。どうがんばればいい? 私にできることなんて何も無いのかな?」
「できること? 無いンじゃねェか?」
能天気そうに返すアポロ。
「そうだよね」
私はため息をついた、自嘲するように。
何落ち込んでるんだろ、私。自分が無力なのは、分かってたことでしょ?
アポロなら、自分を肯定してくれるとか思ってたのかな?
私って、なんて浅ましいんだろ。
「だってそうだろ? 別に今、できることが無くったって関係無い」
余裕たっぷりのアポロ。彼はハンドルを切ると、並走する大型ドローンに幅寄せした。
「オレにはお前がいて、お前にはオレがいる」
アポロは意味深に笑い、ドローンの持つコンテナに触れた。
「できないことを補い合って、色んな困難を乗り越えていこうぜ!」
刹那――
青い閃光が走る。
「malfunction{扉を開けろ。そして飛べ、『隣のハイウェイ』まで}」
アポロが命令を下すと、コンテナはゆっくりと扉を開いた。
「今回はオレが助ける番だった――それだけだ。逆に、オレが困った時には、たっぷり頼ってやるからよ。だから――」
アポロは親指を立て、
「 『気にすんなよ』 、シャノン――これは命令だ」
明るく応えた。
そっか。
アポロの足を引っ張りたくなくて、アポロの役に立ちたくて――
私、ちょっと無理してたのかな?
彼みたいに、一人で何でもできたら――そう思ってた。けど、アポロは違うんだね。
アポロは、自分が何でもできるなんて思っていない。むしろ、
自分のできないことを俯瞰して、私に頼ろうとしてくれてる。
私は、私自身の傲慢さに恥ずかしくなった。
こんな私が、彼の言葉に何て応えられる? 私は黙ったままで、アポロの肩に顔を埋めた。
「ちょっと捕まってろよ」
減速し、コンテナから距離を取るアポロ。
かと思えば、全開になるアクセル。
私たちの乗っていたバイクは飛び上がり、コンテナに転がり込んだ!
「じゃあ、ブレーキは頼んだぜ、シャノン」
「任せて、アポロ!」
今度は、私の番だ!
私は尻尾を伸ばし、コンテナのフレームを掴む。
そして両手でバイクのハンドルを握った!
瞬間、私の腕を襲う衝撃。
全身のネジが緩んで、バラバラになっちゃいそうだ。
でも――
関係無い! 今、私、アポロの期待に応えられてるんだ!
「私もアポロと一緒に、色んな困難を乗り越えたい!」
全身全霊でブレーキをかけた。
コンテナ内、段ボールを掠めるタイヤ。
ピタリ。車体は停止した。着地成功だ!
「やるな、シャノン! お前がいて良かったぜ」
バイクを降り、アポロは私の肩を叩いた。
私も良かったな、アポロがいてくれて。
アポロの言葉が無かったら、きっと私は、自分の選択を後悔してた。でも、まだだよね!
私たちの目的は、五月雨を含め――
クレイドルの市民に、自由を取り戻すことなんだから!
「ところで――」
私は、アポロと五月雨の持つ能力を思い返した。
機械に『命令』を下す電撃。そして、銃弾のように飛んでくる物体。
どれも、現実の物理法則を無視した力だ。少なくとも、私の知る常識を超えている。
「アポロたちの使う『不思議な力』って何なの?」
「不思議な力? いいや、これは不思議でも何でもない」
アポロは鼻で笑う、右の掌に電流を纏わせながら。
不思議でも何でもない? 私は首を傾げる。
「電撃出すだけならまだしもさ! 機械に命令もできるんでしょ? 明らかに普通じゃないわ」
「オレたちにとっては普通なんだ。あの実験を受けた人間にとっては、な」
手をポケットに突っ込むアポロ。その表情から笑顔は消えていた。
どこか切なげ。こんなアポロ、初めて見る。一体彼は、どんな実験を受けたんだろう。
それに、アポロの言うことが本当なら、五月雨も?
私の知らないところで、この都市では何が起きてるの?
「それは、脳を『とある次元』とリンクさせるための実験。オレたち被検体は、通常の人間が認識できない次元とリンクしている。だから普通なんだ、オレたちにとってはな」
そう言えば、図書館でリノが言ってたな――検体名:
きっとそれが、研究所におけるアポロの名前だったんだ。
でも、他に被験者がいる――それって、アポロみたいな人が何人もいるってことだよね?
一緒に困難を乗り越えようって、アポロは言ってくれた。
けどもし、アポロや五月雨みたいな能力者がいるんなら――
私以上に、もっと相応しい人がいるんじゃないのかな?
さっき、諦めずがんばるって誓ったけど、一緒に困難を乗り越えるって言ったけど、
私ってアポロに必要なのかな?
熱を帯びる私のボディ。次第に大きくなる送風機の音。
私は、積まれた段ボールにもたれかかった。
アポロや五月雨は、不思議な力を持ってる。
それは特別なことに思えたけど、アポロたちにとっては普通なこと。
認識がこんなに違うんだ。
きっと、アポロの相棒も、同じ能力者の方がいいよね。
「見ろ、シャノン。そろそろ追い着くぜ」
バイクに跨り、エンジンをかけるアポロ。 彼は振り返り、私に笑いかけた。
眼下にはハイウェイ。摩天楼に続く道だ。
イェレーネの秘密を暴くため、この道の先に進まなきゃいけない。
でも、怖い。
もし、アポロの期待に応えられなかったら?
さっき、私はうれしかった。
コンテナに着地する時、アポロが頼ってくれた――そう思ったから。
けど、本当にそうだったのかな?
あの時に活躍したのは、五月雨のロボットアーム。私の実力じゃない。
アポロは展示会場で、私の可能性を信じてくれた。
でも、私の可能性って何?
きっとたかが知れてる。
アポロや五月雨以外にも、すごい能力を持った人がいるんだよね?
なら、私じゃない、アポロが背中を預けるのは。
私が至らないのが原因だ、
アポロが怪我をしたのも、五月雨の記憶を守れなかったのも。
もっと別の、すごい人が相棒なら、みんな幸せだった。
私は、アポロを見つめる。
バイクに乗り、摩天楼を見上げるアポロ。彼はいつだって前を向いていた。私とは違う。
「アポロの傍に立つべきなのは、本当に私? きっと、強い人は他にもいるよね」
「確かに、シャノンより強いヤツは、いっぱいいるかもな」
こちらを向くアポロ。けれど、そこに表情は無い。
ああ、やっぱりそうだんだ。
アポロも、私より、もっと他の人がいいって思ってる。でも、仕方ないよね。
力の抜ける体。コンテナの隅、私はしゃがみ込んだ。
「でも――」
バイクから降りるアポロ。
彼は私の手を取り、引っ張り上げた。
「お前の言葉は五月雨の心を動かした。他人の気持ちを考え、寄り添える――お前は最高の能力持ってるだろ、シャノン」
どうして彼は、私なんかの可能性をここまで信じられるんだろう?
私自身よりも、私のことを信じてくれてる。
恥ずかしくなった私は、アポロの胸の中、俯いた。
「もしかして、そんなお前だからこそ、統治AIを任されたんじゃねェのか?」
私なんか相応しくないよ。
むしろ、アポロこそ、私の気持ちを考えてくれてる。寄り添ってくれてる。
私以上に、みんなを導く素質があるじゃないか!
だからこそ、
そんなアポロの期待に応えられる自分でありたい!
私は、両手とロボットアーム――三つの拳を握り締めた。
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