第19話{悪天候 and 跳ね除ける私}
アポロこそ、私の気持ちを考えてくれてる。寄り添ってくれてる。
私以上に、みんなを導く素質があるじゃないか!
だからこそ、
そんなアポロの期待に応えられる自分でありたい!
私は、両手とロボットアーム――三つの拳を握り締めた。
「ありがとう、アポロ。でも、運転は私がするわ」
彼の脇腹に目をやる。傷の周辺――ライダースーツは血に染まっていた。
アポロだって余裕じゃないハズなのに、気遣ってくれてるんだ!
私は弱くて至らないかもしれない。
でも、そんな私を信じてくれたアポロだから――
「私だってアポロの力になりたい」
「ああ、信じてるぜ、シャノン」
バイクを譲り渡すアポロ。私が跨ると、彼は私の腰に後ろから手を回した。
送風機の音とか、うるさくないかな?
ボディとかも、熱くなってたらどうしよ。
いや、そんなこと、今は忘れよう。
私はハンドルを握り締める。
眼下にはハイウェイ――私が道を違える前、走っていたハイウェイだ。
「ちゃんと捕まっててね、アポロ」
瞬間――
バイクは全身を震わせ、コンテナを飛び出した!
今度こそ――
私はハイウェイの先、彼女を真っ直ぐ見つめた。
今度こそ助けるよ、五月雨。
「オイオイ、戻ってきたのかよ」
くるり。真紅の車体は回転し、バック走行に切り替わる。
「けど、そんな必要あったか? 周りのドローンをかき分けてまで、流れに逆らってまで
――自分を優先するなんて、 迷惑だよな?」
五月雨は懐からペットボトルを取り出した。
ボトルの中には透明な液体。でも、五月雨の能力は、物を高速で射出するものだ。
いくら速くっても、ボトルなら何の脅威も無い。なら、
私にだって対処できる!
ここで活躍して、さっきのロスを取り返すんだ!
すると、銃をこちらに向ける五月雨。
次に彼女は、持っていたボトルを逆さまにした。
零れ落ちる液体。だが、それは重力に逆らい、銃口に吸い寄せられる。
その様は、さっきのボルトや手錠と同じだ。
再現性がある――つまり、五月雨の能力には、何らかの法則があるハズ。
刹那――
こちらに向かって飛来する液体。
目晦まし?
「この程度、避ける必要も無いよね、アポロ! 今のうちに前進だ!」
「避けろ、シャノン! 攻撃はッ、既に始まっているッ!」
「え?」
言われるがまま、ハンドルを切る。
よろけるバイク。
液体が着弾する寸前、私たちは隣のレーンへ移った。
瞬間――
降り注ぐ液体。
それは射線上のドローンに浴びせられた。視界の隅、ドローンから垂れる褐色の液体。
ドローンに付着した液体が、『変色』しているッ!
ぐじゅぐじゅと音を立て、腐食していく外装。何て痛々しいの?
ふらり。ドローンはバランスを崩し、コンテナをアスファルトにぶつけた。
鳴り響く破砕音。
制御を失ったドローンは、無残にも、ハイウェイの壁に激突した。
そして、後続のドローンを巻き込み――
大きく爆発した!
「まさかッ! これは――」
「『王水』って知ってるか?」
五月雨は冷ややかな表情で、私を見つめる。
「様々な金属を溶かす――その名の通り、王のように絶対的な溶液だ。そして、俺の『右手から離れた物』は『左手から離れた物の軌道・速度』に追従する」
軌道のトレース?
つまり、五月雨が右手で放った物は、銃弾の速さで襲ってくる。だとすると、マズいッ!
ボルトを防ぐことさえ大変だった。なのに、
銃弾のように、溶解液を射出されるなんて――
懐から溶液を取り出す五月雨。その手には、三本のペットボトルが握られていた。
「検体名:
振り撒かれる液体。
どうにか避けなきゃ!
けど、この量を避けられる?
アリエナイッ! 雨粒一つ一つを避けるのが不可能なように、避けられない程の溶液だ。
宙に漂う無数の雫。それは本当に雨のよう。
目を閉じれば過ぎ去っていく――その程度の困難にすら思えた。
でも、違うッ!
私は、銃口に集まる王水を見据える。
避けるのが無理なら、何かを盾にしなきゃ!
けど、何を盾にするの?
あの溶液はドローンの外装――アルミニウム合金やチタン合金だって溶かして見せた!
辺りにある何を盾にしたって、溶かしてしまうッ!
数秒なら防げるかもしれない。
しかしそれは、彼女の持つリソースがあれだけで済めばの話。
この状況、打つ手なんてあるの?
アポロは私の能力を評価してくれた。私を信じて、バイクの運転を任せてくれた。
だから期待に応えたいのにッ!
期待に応えなくちゃいけないのにッ!
私は目を瞑った。
他人の気持ちを考える能力?
それが今、何の役に立つの?
やっぱり私なんて――
その時――
耳元をくすぐるアポロの息。
そこで思い出した。
今、私はアポロの命を預かってるんだ!
私が相応しいか否かなんて関係ない!
この場でできることを、私なりに全うするんだ!
私は目を開け、五月雨を見据えた。
他人の気持ちを考えられる――それが私の長所。
アポロは励ましてくれた。
なら――
やることは決まってるじゃあないか!
今、五月雨の気持ちを考えるんだ!
五月雨の心理を『読む』――
アポロの認めてくれた私の能力で、彼も五月雨も救ってみせる!
全身の回路を流れて行くエネルギー。
でも、私の思考領域は、不思議と冷めていた。
いつもなら煩く唸る送風機も、静かに羽を回転させる。
考えろ。
五月雨の心を。
溶解液の射出――回避不可能の、強い攻撃だ。
一手で主導権を握る、場を支配可能な攻撃。
でも、そんな奥の手があるなら――
どうしてスグ使わなかったの?
出会い頭に使われたら、きっとそれで終わり。駆け引きなんて必要無い。
何か弱点がある?
電脳内――RAMに過ぎったのは、一つの可能性。
私は後方にアームを――
しかし、
瞬間――
降り注ぐ大量の溶解液。
「あばよ、反逆者ども」
ひらひらと、五月雨は手を振った。
一直線に噴射する王水。まるでレーザービームだ。
陽光を反射し、それは神々しく輝く。
けど、そこに慈悲は無い。反逆者を裁く、審判の光のようでもあった。
私たちを穿つ溶解液。吹き上がる飛沫。
「任務達成、だ」
満足げに微笑む五月雨。
晴れる霧。
そして――
「雨は止んだようね」
私は五月雨へ微笑み返した。
「バカな! 嘘だろ? あの王水の雨を、耐え切るなんてッ!」
「おかしい? 王水の弱点は、五月雨も知ってるでしょ?」
私はアームに握られたそれを見せつけた。
「まさか――」
私が掲げたのは
「さっき乗ってたコンテナから、少し『借りさせてもらった』わッ!」
五月雨がスグに王水を使わなかったのは、対処法が存在したから。それは、
王水に耐えうる材質の存在!
それもそうよね。
王水に耐えうる物が無ければ、そもそも、王水を携帯するのが不可能。
おそらく、五月雨が私たちと接触した時、近くに陶磁器を運ぶコンテナがあった。
だからこそ五月雨は、あの時、王水での攻撃を躊躇したんだわ!
そして、五月雨の能力は『軌道のトレース』。
集弾性が百パーセントだからこそ、一つの射線を防ぐことで対応できる。
乗ってきたコンテナに陶磁器があったのは、五月雨も盲点だったようね。でも、とにかく、
これで、一歩前進したよね!
「ホント『迷惑』なんだよッ!」
瞬間――
撃ち抜かれた陶磁器。零れ落ちる溶解液。
私はアームを引っ込めた。
しまった! 王水なんて零れたら、後続車が危ないのに!
すると、
「どうして諦めないんだ? 意志なんて、感情なんて、捨てた方が楽なのによッ!」
五月雨は銃をこちらに向け、軽蔑の視線を向けた。
どうして諦めないか?
そんなの決まってるわよね。
「この程度の悪天候、跳ね除けなきゃ、あなたを救けられないから!」
睨み返す五月雨。今はそれでもいい。
「五月雨が記憶を消されたって関係無いわ! 何度だって、あなたの心に寄り添う! どんな攻撃だって受け止める! それが、私の役割だから!」
彼女がどんな手で私を攻めたって、その心理を『読んで』みせる!
それが、アポロの教えてくれた、私の才能だもん!
私はハンドルを握りしめ、前方を走る五月雨を見つめた。
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