第20話{拒絶する瞳 and 追いかける私}

 五月雨がどんな手で私を攻めたって、その心理を『読んで』みせる!

 それが、アポロの教えてくれた、私の才能だもん!

 しかし――


「寄り添う? 受け止める? 迷惑で仕方ないな。お前に、そんな役割は『無い』ッ!」

 五月雨は、心底不快そうに私を見つめた。

 私の言葉が間違ってる――そう言いたげな表情だ。

 完全な拒絶の目。そんな目で見つめられるのは心が痛いな。


「俺の父は素晴らしい俳優だ。ガキの頃、俺は父を尊敬していた。将来同じ仕事に就きたいと思っていた。子どもの頃、演技を褒められてうれしかった。俺の夢は父と同じ舞台に立つこと──だったハズなのに」

 五月雨は、苛立ちと懐かしみの表情を浮かべる。


「でも、AI技術の台頭はそれを認めてはくれなかった。統治AIは人間の表現を規制し、演劇に特化したロボットが登場した。俺の夢──俳優なんて職務は、もはやクレイドルに存在しない。オレたち人間は、与えられた職をこなすしか無いんだよ」

 五月雨は懐から数本の瓶を取り出す。その飲み口からは、布のような物が垂れていた。


「これで得られる教訓は、『役割』とは『与えられる物だ』ってことだ。そしてお前には、俺を助けるなんて役割は、ッ! 俺たち――市民には、仮想アシスタントがいればいい。AIの預言は全てをサポートしてくれるんだ! 今だって――」

 左腕の補助端末ハーネスを見せつける五月雨。


「幾つもの預言を俺に与えてくれている。お前たちを屈服させるための、な」

 そして五月雨は、瓶から伸びた布にそれぞれ点火した。


 これは――火炎瓶! きっと瓶の中には可燃性の液体。喰らえばひとたまりもない!

 意地悪そうな笑みの五月雨。本当に、記憶を消されちゃったんだな。ふと思ってしまう。

 彼女と言葉を交わす度に、大きくなっていく私の中のモヤモヤした感情。

 それは、やるせなさだったり、悲しさだったり、恐怖心だった。


「お前には『寄り添えない』し『受け止められない』。俺には、仮想アシスタントさえいればいいんだよッ! お前なんて!」

 瓶を投げる五月雨。そして今度は、白い容器の蓋を取り、路面に投げ捨てた。でも、

容器の中には何も入ってない? ただ、火の点いた瓶が、銃口の前に浮かんでいる。


 私は、ぼんやりとした頭で、目の前の状況を眺めていた。

 アポロは褒めてくれた、『人の心を考えられる』って。

 でも、やっぱりツラいね。 考えるのを止めてしまいたいとすら思う。

 自分のことを否定する、誰かの感情なんて、さ。


 ここで立ち止まったら前と同じ。でも、今は


「避けろッ、シャノン! おそらく、中身は可燃性のガスだ!」

 刹那――


 迫り来る火炎瓶。その後ろから飛来する『見えない何か』 。


 五月雨は疎んでる私も助けてくれた! 小説も認めてくれた!

 自分と価値観の違う私のことを、理解しようとしてくれたんだ!

 そんな五月雨の気持ちに報いたい!


 ブレーキを掛ける私。減速するバイク。

 尻尾を振りかぶり、私はある物を投擲した!


 それは陶磁器の破片!

 さっき五月雨に砕かれた器のカケラだ!

 瞬間――

 割れる火炎瓶。炎上する液体。そして――


 轟音と共に、三十メートル前方の空気が火を噴いた!

 ビリビリと、体に伝わる衝撃波。一瞬だけバランスを崩す前方のドローン。

 だが、


 この距離ならだ!

 アポロの言う通り、可燃性のガス!

 彼の助言が無ければ回避しきれなかったな。


 でも、そのお陰で既に、攻撃は突破した!

 今の内に距離を詰めよう! 距離さえ詰められれば、能力は無力化。

 五月雨を助けられる!

 私はアクセルを回した。

 刹那――


 爆風の向こう、

 顔を覗かせる銀色の何か。これは――


 無数のボルト!

 しまった! 爆風は囮。本命は、その死角からのボルトだったんだ!

 でも、どうしよう?


 私は『全開にしてしまった』、アクセルを。

 このままじゃ、回避が間に合わない!

 せっかく、アポロがガスのことを教えてくれたのに!

 私が油断したせいで、アポロを危険に晒してしまった!

 その時――


 轟く銃声。

 視界を塞ぐ鉄板。

 ギャリギャリと音を立て、鉄板にいなされるボルト。そして、


 微かに感じられる硝煙のニオイ。

「安心しろ、シャノン。標識を弾き飛ばした」

 後ろから聞こえる、頼りがいのある声。


「ありがとう、アポロ!」

 彼が助けてくれたんだ!

 ハイウェイ傍らの標識を、銃弾で弾き飛ばして!

 ボルトを受け止めた標識は、そのまま路面に落下する。そして、

 ガラガラ音を立て、後方に消えて行った。


「五月雨、 昨日のこと思い出してよ! 昨日、あなたは統治AIを前に私を助けてくれた! あの時の行動は『誰かに役割を与えられたから』じゃない! 友だちを助けたい一心で、あなた自身が決めたことでしょ? だから――」

 私は再びアクセルを回し、五月雨を見つめる。


「AIの言葉なんて関係ない! 俳優にもなれる! そうでしょ?」


「お前、ホント迷惑だよ」

 五月雨は懐からを取り出した。

「親だって俺の夢を否定した。なのに、お前如きの言葉を信じられると思うか? 信じられるのはAIの言葉だけ。感傷の排除された言葉だからこそ、俺は信じられる!」


 でも、昨日は私の言動を認めてくれた。きっと五月雨の心の片隅には、他者を信じたい気持ちだってあるハズ! もう一度思い出してもらうんだ!

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