第21話{崩落するハイウェイ and 手を伸ばす私}

 きっと五月雨の心の片隅には、他者を信じたい気持ちだってあるハズ! もう一度思い出してもらうんだ!


「私たちを信じて!」

 ハンドルを切り、私は前方のドローンを追い抜いていく。


「いいや、AIに従ってれば幸せになれるんだ! それがこの世界の常識。小説やマンガにだって書いてあること。だから、俺はこうやって執行局に所属してる!」

 輪っかを解く五月雨。


「どうして邪魔をするんだ? 俺を助けるとか助けないとか、全部お前のエゴだよな? この都市のみんなも、今が幸福だって思ってるんだよッ! お前の押しつけがましい好意――」

 彼は恨みの籠った目で私を見つめる。


「全部『迷惑』なんだよ」


 確かに、そうかもしれない。

 昨日だって、私が勝手にしゃしゃり出ただけ。

 もしかすると、話がこじれたのは私のせいだったのかもしれない。

 私が原因作ったのに、救ったとか自負して、全部独り善がりだったのかもしれない。でも、


 最初は私も五月雨と『一緒』だった。

 自分の意志なんて希薄で、流されるままに生きてた。

 他人の差し伸べる手なんて必要無いと思ってた。それでいいんだって信じてた。

 けど違う。


 最初は、迷惑だと思っていたハズの『アポロの言葉や行動』に救われた。

 ある側面で見ればエゴは悪かもしれない。

 けど、


 

 だって、他人のエゴがどう影響するかなんて、本人次第だから。


 なのに、この世界は人間のエゴや感情を、完全に排除しようとしてる。

 統治AIが倒されても『仮想アシスタントに従いたい』って思うなら、それでもいい。

 私たちが変えたいのは、そんな自由すら選べないこの世界だから!

 刹那――


 五月雨は持っていた輪っかを解き、

 放り投げた。

 は右手の銃口に吸い寄せられる。


「知ってるか? 銃弾の速さは秒速三百メートル。めちゃくちゃ早いだろ? もし、、どうなると思う?」


 しゅるしゅる。

 と、目の前で蠢くのは――


「三本のピアノ線!」

 しかも、その両端には重り――分銅のような物が結び付けられている。

 ピアノ線と言えば、高強度で高張力の鋼線。

 そんなものが、秒速三百メートルで射出なんてされたら――


 私たち二人とも、バラバラにされてしまう!

「だが、シャノン」

 囁くアポロ。


「お前には、『ある』だろ? ロボットアームが」

 そう、だよね!

 五月雨たちが作った強靭なアーム。でも、統治AIはそれの撤去を求めた。

 市民ランクを、特別教育プログラムを――天秤に掛け、市民を支配するイェレーネ。

 ルールで雁字搦めにする支配者。でも、


「そんな窮屈なルール、私たちがぶった切ってやるんだ!」

 振り下ろすアーム。

 私が握っていたのはハイウェイの標識。

 三本の鋼線は切断された! しかし、


 跳ね返る千切れた鋼線。だが、それらが襲ったのは私たちじゃない。

 ピアノ線が五月雨の顔に!


 私は標識を振り回し、ピアノ線を巻き付けた。

「意味が分かんないよな、敵である俺に塩を送るなんてッ」

 ふらつきながら距離を取る五月雨。

 すると、視線の先の五月雨は、右隣の自動運転車に近付く。

 そこにあったのは大型トラック。横幅五メートルを越える大きな車だ。彼は――


「俺を倒すチャンスだったのに、庇ったりして愚かだな」

 ぴとり。

 左手を輸送コンテナに触れさせる。


「だって、傷をつけたくないから、未来の俳優さんの顔にッ!」

 瞬間――


 五月雨の顔に浮かぶ後悔の表情。

「今さら、そんな言葉を投げかけられたって、もう遅いッ! AIにも親ですら、俺が

俳優になることを否定したッ! みんな『我慢』してるからって諦めさせられた! それが当たり前だって言われた! 『迷惑』だって否定されたんだッ! だから、『我慢』して生きてきた! 自分じゃない人になるため、感情を捨てたんだッ!」

 涙を流す五月雨。


「なのにどうして今さら、敵であるあなたが俺のことを認める? お前は良い人なのかもしれない。でも、俺は未来執行局の人間。お前と戦う運命にある。そして既に『触れてしまった』。能力の取り消しはできない」


 私は標識を投げ捨て、彼に対峙した。

「いいわよ。私死なないから、あなたが俳優さんになるまでは」

「どっちも不可能なんだよ、死なないのも、この世界で夢を叶えるのも――」


 悲しそうに五月雨は左手を離し、

 コンテナをリリースした。


 物体を落とせば落下するように、

 まるで当たり前だとでも言うように――

 輸送コンテナは、彼の右手に吸い寄せられる。

そして――


 コンテナは吹き飛び、眼前に迫る。

「なら、今、証明してみせる! 私は死なないし、あなたの夢もきっと叶うって!」

 私は、バイクをギリギリまで右に傾ける。そして、


 輸送コンテナの下に滑り込ませた!

「この世界を変えて、全部全部救うんだよ! 私たちが!」

 その時――


「シャノン!」

 アポロは私を呼び、銃弾を発砲した。

 放たれた銃弾は、器用にフロントボンネットをこじ開けていく!


「分かったわ、アポロ!」

 私はアームを伸ばし、車体の中にその拳を突っ込んだ!

 そして『ある物』を手に入れ、コンテナの下を走り抜ける私!


 傾けたバイクをゆっくりと元の角度に戻す。

そして、そのタンクを五月雨の進行方向にブン投げた!

 路面に零れる何か。

 刹那――


 凍り付く路面。スリップする五月雨。

 私たちは再びトラックの下を潜り抜け、五月雨に追いついた。

 投擲したのは――


 液体窒素。

 液体窒素の凍結点は常温。故に、

 撒かれた瞬間、凍結するとともに路面の温度を急激に下げた!

 それは、路面凍結の条件を満たす!


「私たちの勝ちよ! だから戦いは終わり!」

 瞬間――


 轟音と地響き。

 背後には、崩落するハイウェイ。道を断絶するほどの大きな亀裂が走っている。

 そこに飲まれていく幾つもの自動運転車。ハイウェイの下で響く爆発音。


 トラックが射出されたことで、路面に亀裂が入ったんだ!

 マズい、このままだと――


 ハイウェイの崩落に巻き込まれる五月雨のバイク。

 手を伸ばす。

 けれど、私の手は、五月雨の助けを求める手を掴めなかった。


 でも、諦めない!

「アポロ任せた!」

 バイクから飛び降りる私。

 そして、空中で五月雨の手を掴んだ。


 ハイウェイの裂け目ギリギリで、五月雨の腕を引っ張り上げる私。

 危なかった。助けられてよかった。

 高さは二十メートル以上。建物で言うと八階分の高さだ。

 こんなところから落ちたらひとたまりもない。


「どうして俺を助ける?」

「だって、 私はもう後悔したくない。ここで五月雨を死なせたら、 この先ずっと後悔するから」


 すると、五月雨は肩を震わせて笑い始めた。

「同じセリフでほだされるほど、俺は甘くないからな」

 同じセリフ?

 もしかして――


「記憶が戻ったのね、五月雨!」

「でも、『迷惑』なんだよッ! このままじゃお前も落下しちまうだろうが」

 確かにそうかもしれない。私だけの力じゃ、五月雨を支えるのがやっとかもしれない。

 でも、


「そんなの関係無いよ! 五月雨には、私の薦めた本読んでもらいたいからさ!」

 私は五月雨に笑いかける。けれど、


 その手は離された。

 どうして?

「俺のせいでお前が死ぬなんて、耐えられねェからな」

 ハイウェイから落ち行く五月雨。

 離れていく距離。

 いくら手を伸ばそうとも、絶対に届かない距離だ。


 普通だったら、ね。

 寸前――

私は五月雨の手を掴み直した。

「私には『ある』ッ! 五月雨――あなたの作った、このアームが!」


 しっかりと握る五月雨の手。

 もう絶対に離さないから。


「イェレーネはこのアームを撤去しようとした。否定した。でも、今、そんなあなた達が作ったデバイスが、あなたを救った!」

 私は彼に笑いかけ、

「昨日あなたが、『自分の意志』で私を助けたからこそ! 私が今、五月雨を助けられたんだ!」

 その体を引っ張り上げた。


「きっと、これからのクレイドルも、そうなるんだよ」

 私はハイウェイの先を見上げる。

「統治AI・イェレーネ――彼女に、『人間の可能性』を理解わかってもらいさえすれば」


 だからこそ私たちは、

 テセウスの摩天楼――その最上階で、イェレーネのことを調べるんだ!

 彼と対等に話し合うために!

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