第14話{追われる私 and それでも守りたいモノ}

「ところで、どうやって命令したの? 相手に隙なんて無かったのに」

「予め命令しておいたンだよ。十二時ちょうどに作動しろ――ってな」


 そうか!

 だからアポロは、さっきイェレーネから時間を聞き出したのね!

 その時――


 後方から轟く銃声。そして、

 私のスグ近く――自動運転車のガラスに着弾した。

 飛散するガラスが、私の頬を掠める。

「まだ終わってないッ!」


 振り返ると、そこにはイェレーネが立っていた。

 傍らには小銃を構えたドローン。


 どうして?

 アポロの攻撃で、敵のアンドロイドは停止したハズ!

 でも、アポロの命令は『人間の感情を許せない限り、再起動しろ』というもの。

 つまり、イェレーネは『人間の感情を許している』ってこと?

 いや、アリエナイ。


 イェレーネが感情を『騒音』だと思わないなら、こんな世界にはなってないわ。

 だとすると、消火ロボットの散水に、たまたま巻き込まれなかったのかな?


 すると、再び轟く銃声。銃弾は、近くの展示物を破壊した。

 とにかく、今は逃げなきゃ!

 アポロについていけば間違いないよね!

 瞬間――


 視界の片隅に何かが移り込んだ。

 それは一つの展示物。

 真っ黒なフレームの拡張デバイス。それは小振りなロボットアームだった。

 五月雨たちの作った、展示物!

 後方からは再び銃声。

 私は展示台の陰に隠れた。


 イェレーネは相変わらず銃を乱射してる。

 そもそも、五月雨たちの展示物は、リノから撤去を命じられていた。

 このまま放置されれば、きっとイェレーネに壊されちゃう!

 もちろん、他の物が壊されるのだってアリエナイ。

 だから――


 五月雨の展示物を回収して、その後すぐに逃げよう!

 私たちがいなければ、イェレーネが銃を乱射する理由、無いもんね!

 そう思うや否や、私は駆け出していた。


「何やってんだ、シャノン!」

 アポロの声が、ホールの出入り口から聞こえる。

「『早く逃げろ!』『こっちに来い!』これは命令だ!」


 でも、それには従えない。

 きっと五月雨は会場から逃げれたんだと思う。

 少なくとも、命は助かったのかな?

 だとしたら私もうれしい。

 でも、


 それだけじゃ、ダメなんだ。

 命だけじゃなく、心も救いたい。だから、

ここであの展示物を蔑ろにするなんて、アリエナイわッ!


「先に行っててアポロ! 私はアレを助けなきゃ!」

 真っ直ぐ見据えるのは、黒のロボットアーム。

 幸い、まだ傷一つ無い。

 助けるんだ! イェレーネに壊されるより先に!


 降り注ぐ弾幕。

 私は展示物の陰を縫い、ロボットアームに辿り着いた!

 やった!

 あとはこれを持って出入り口に――

 けれど、


「既にッ! 完了してるんだよッ、復旧作業はッ!」

 響くイェレーネの声。

 ヘッドギア型ドローンは私を囲み、


「消えろッ! 全てのくだらない記憶とともにっ!」

 その言葉とともに飛来した。


 ダメだ! 私にこれを回避する性能なんて無い!

 さっき、従っていれば良かったんだ、アポロの言うことを!

 やっぱり、イェレーネのいう通り、スペック不足だったんだッ!

 こんな数十メートルすら逃げ切れないなんて!


 私はロボットアームを抱きしめ、目を瞑った。

 ごめんね、アポロ、五月雨。

 刹那――


 何かが私の体に纏わりつき、接合された。そして、

 大きく旋回する『何か』。

 ゆっくりと目を開ける私。


 周囲には、破壊されたドローンが散らばっていた。

 そして、私の腰から伸びるロボットアーム。

 美しく、しなやかな曲線。尻尾みたいだ。


 これが、五月雨の作ったロボット用の兵装?

 今なら逃げられるかも!

 私は一心不乱に駆ける、ホールの出入り口に向かって。

「何、いい気になってるの?」

 瞬間――


 バラバラと、音を立てながら弾丸が掃射される!

 咄嗟に身を隠す私。

 展示ブースに置かれた機材は、雨のような弾丸に貫かれた。


「デバイスの性能が良いだけだよ。お姉ちゃんは全然スゴくないから」

 声の方を見上げる。

 すぐ目の前のブース――

 双椀の解体重機の屋根に、イェレーネが腰かけていた。


 いつの間に、こんな近くへ?

 別の場所に隠れなきゃ、また撃たれちゃう!

 でも、


 そう思った時、既に手遅れだった。

 小銃を構え、こちらに掃射する何体ものドローン。飛び退く私。

 私の脚じゃ、間に合わない。でも、

 もしかしたら、五月雨たちの作ったロボットアームなら――


 私は接続したデバイスに命令する。

 避けてッ、この弾幕を!


 しかし、ロボットアームは沈黙したままだ。

 どうしよう!

 こういう時、何て命令・操作したらいいか分かんない!

 焦る私。

 迫る弾丸。

 私の思考領域は、フリーズしてしまっていた。


 無数の弾丸が私たちを貫く。

 その寸前――

 私は誰かに抱き上げられた。


「malfunction」

 温かな電撃が体を包む。

 すると、ロボットアームは独りでに動き――

 地面を強く蹴り上げた!


 浮遊感。床を砕く銃撃音。

 私の――私たちの体は、その場を二メートル以上も跳躍していた。


 視界の中、不敵に笑うアポロ。

 いつの間に私の近くへ?

 先に逃げてって言ったのに、助けてくれたんだ!

 これってつまり、私の体に命令したってことなのかな?


「見てろ。こうやって操作すンだよ」

 今度は天井に伸びるアーム。

 それが掴んだのは、天井にある格子状の支えだった。

 そして、振り子のような動きで、ドローンの群れを軽やか飛び越えていく。


 スゴイ!

 こんな使い方ができるんだ! これなら出入り口までスグだ!

 彼にできないことなんて、きっと無いんじゃないかな。

 アポロの横顔を見つめながら、私は彼の全能感を反芻した。


 これだけすごいと、何て言うか、

 ほんのちょっとだけ悲しい。

 私の無能さが浮き彫りになるようだから。


 さっき『スペック不足』って言われた時、アポロは励ましてくれた。

 『充分だ』って言ってくれた。けど、

 ホントは私自身が、一番分かってるんだ。


「こんな大型の拡張デバイス、お前向きじゃないんだがな」

 頭上から響くアポロの声。


 やっぱりそうだ。

 統治AIを追放された私だから、きっとアンドロイドとして不完全。

 現に、こうやってアポロの手を煩わせちゃってるもん。

 こんな高性能なデバイス、私には不釣り合いだよね……。

 アポロの腕の中、私は唇を噛み締めた。


「スゲェじゃねェか、シャノン!」

 顔を上げると、アポロは優しく笑っていた。


「このアーム、本来は力仕事する大型のアンドロイド用だぜ? だから、お前みたいなスタイルのアンドロイドじゃ、本来使えないハズなんだ!」

「だとしても、たまたまだよ。それは私がスゴいワケじゃない。そういう規格だっただけ――」


「自分でも、知らなかったんだろ、『こんなことできる』って――それ、ワクワクしねェか?」

「え?」


 ホールの出入り口、アポロは着地した。

 そして、扉の陰、ゆっくりと私を降ろす。

「お前はこれからも、たくさんの『できる』を見つける――オレはそう思うぜ」

 屈託の無い表情のアポロ。


 もしかすると、他の人には、

 そんなの、きっと詭弁のようなものだ――そう笑われるかもしれない。

 でも、


 彼の言葉は、私が一番求めていたものだった。

 そうだよね。小説を初めて読んだ時だって、そう。

 面白いとか面白くないとか、全然分かんなかった。

 でも、読めば読むほど、自分の中に何かが積み重なっていくのを感じた。


 きっと、今の私はなんだ。

 分厚い本を前にして、しり込みしてただけ。

 は、確かに、スペック不足だったのかもしれない。

 でも――


 私はアポロを見つめる。

 これからは違う!

 どんどん色んな経験を積み重ねて、彼のようなカッコイイ存在になるんだ!

 私はアポロの言葉と笑顔を、頭の中の記録媒体に焼き付けた。

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