第13話{包囲される私 and 共犯者の証明}

 アポロは私の手を引き、廊下を掛けていく。

 あの一瞬で、この数の敵を?

 この数を余裕で蹴散らすなんて、もう敵無しだ!


「ところで、今まで何やってたの?」

「ちょっと情報収集を、な。この展示会には様々な分野のデータが結集している。色々調べておきたかったんだ、イェレーネと接触する前に」


「ごめんね、アポロ。勝手な行動取ったから、イェレーネと敵対しちゃって」

「気にするな、シャノン。あの調子じゃ、そもそも交渉も望み薄だ」


 アポロは扉を開いた。

 展示ホールに繋がる扉だ。

「とにかく、体勢を整えて迎え撃つぞ」


 扉の先、

 展示ホール。

 目に入ったのは、たくさんの人影。だが、

 そこに展示会の来場者は一人もいない。

 出入り口を取り囲んでいたのは、何体ものリノだった。


 背後――扉の向こう、廊下から響く足音。

 既に、私たちは囲まれていたッ!

 さっきの比じゃない。

 二十人以上に包囲された上、空中でこちらを狙うドローン。

 何て物量だ。


「警告します、市民。両手を頭の後ろに回し、投降しなさい」

 こちらに小銃を突きつける、一体のリノ。

 無理だ、こんな状況。

 いや、でも――


 私は、これまでのアポロを思い出す。

 今までだって、何とかしてくれたんだ!

 きっと、アポロがどうにかしてくれる!

 私は彼の顔を見上げた!

 アポロは――


「こりゃ、もう打つ手は無ェな……」

 視線をリノに向けたまま、両手を頭の後ろに上げた。

「そんなッ!」


 あのアポロでも諦めるなんて、

 だったら、どうすればいいの?

 私は視線を落とした。

 その時、


「清算しなさい、これまでのルール違反を」

 現れたのはイェレーネ。

 リノたちの先頭に立ち、得意げに笑っていた。


 え? 私たちは倉庫から最短の距離でここに来たハズ。

 なのに、どうしてこんなに早く? いつ現れたのかも気付けなかった。


「この地下都市――クレイドルに『不純物』や『騒音』なんて要らない。つまり、お前たち二人は排除されるべきってこと」

 手を挙げるイェレーネ。すると、夥しい数のドローンが彼女の頭上に滞空する。

 漆黒のボディをしたドローン。それらほとんどが小銃を備え、 こちらに照準を合わせている。

 その群れの中には、さっきのヘッドギア型ドローンも配置されていた。


 銃口で脅しながら、特別教育プログラムで記憶を消去するつもり?

 何か、この場を切り抜ける方法は無いのかな?


「まあ、待ってくれよ、統治AIサマ」

 アポロはイェレーネに話しかける。まるで、なだめるような声色だ。

「何か食わせてくれよ、捕まえる前に、サ。ほら、もう十二時過ぎてるだろ?」


 この期に及んで命乞い?

 彼にだって、そんなことしてる場合じゃないって分かるハズなのに!

 アポロはいつだって奇跡を起こしてくれる──そう思ってた。けど、今はそんな彼が諦めてる。

  何だか、全身の力が抜けてしまう。もう、終わりなんだなって。


「あはは。命乞いにしてももっとマシなこと言えば? そもそも、まだ十二時にすらなっ

て無いよ? 二分も誤差があるなんて、やっぱり人間って間違いばっかりだ」

 イェレーネは愉しそうに、手で口元を覆う。


「そんな愚民どもは、ちゃんとイェルたちが管理してあげなきゃね」


 アポロなら、こんな世界を変えてくれるかも――そう思ったのにな。

 私は俯いた。


「そうか。お前は、人間の不完全さが許せないってワケか」

 アポロはイェレーネを見つめる。でも、さっきより真剣な表情だ。


「オレはもっと、自由に絵を描いたり本を読める世界だと、うれしいぜ」

「それも大間違い。人間が何かを作る? それが騒音ノイズなんだよッ!」

 大声を上げるイェレーネ。そして彼は、

 感情に任せ、近くの展示台を蹴り倒した。

 台から落ちるVRゴーグル。何かの割れる音。床に転がるゴーグルは、ヒビが入っていた。


「感情はヒューマンエラーを起こす。だから、感情を育む表現物──芸術活動なんて不要なんだッ!」


 ヒドイ。きっとあのゴーグルだって、人間ががんばって作ったのに。

 小説だって絵画だって五月雨たちだって同じ。

 イェレーネは、どうして人のがんばりを踏みつけにするの?


「いいのか、お前。統治AIがそんなことをして」

「関係無いッ! この場での被害は全て、お前たち反逆者の責任になる。間違ってるのはお前たち。ボクは間違ってないッ! だから――」


 私たちを指差すイェレーネ。

「黙れよッ!」


 瞬間、ヘッドギア型ドローンが飛来する。

 アレに捕まれば、記憶を消されちゃう! 私たち、もう諦めるしかないんだわッ!


「じゃあ、もうお手上げだ」

 そう言って、アポロは口角を上げた。


「お前らが、な」

 瞬間――


 轟くモーターの駆動音。そして、

 何か黒い物が目の前のドローンを蹴散らした。これは――


 自動運転車?

 いや、それだけじゃない!

 展示されていたロボットアームや様々な重機――

 展示物は独りでに動き出し、眼前のリノを蹴散らしていく!


 こちらに発砲する何体かのリノ。でも、重機や車に阻まれ、銃弾はこちらに届かない。

 さっきまでの逆境は、一瞬にしてカオスに飲み込まれた。


 一体、アポロはどうやってこんな『命令』を?

 問い掛ける間もなく、今度は消火用ロボットが辺りに散水を始めた。


「malfunction{再起動し続けろ、人間の感情を許せない限り} 」

 刹那――

 煌めく閃光、

 バチバチと音を立て、アポロの電撃が辺りを走った!


 墜落するドローン。次々と倒れていくリノ。

 絶体絶命だったハズの状況は、アポロの一手で覆った。


「交渉決裂だ。行くぞシャノン」

 拳銃を手に、アポロは笑いかける。

「心配すんな、お前には効かねェだろ、この命令なら」


 そう言って、彼は私の先を駆けて行く。私も、おそるおそるアポロの後を追った。

 良かったな、何ともなくて。私はちょっとだけ胸をなでおろした。

 荒々しく回転する送風機ファン


 つまり私は、心の底から感情を認めてる――ってことだよね。

 うれしいな。何て言うか、

 アポロの仲間だってことが、証明されたみたいで。

 安心すれば送風機の音も落ち着くかと思ったんだけど……。

 どうしてか、送風機は前より音を立てて回転した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る