第29話{諦める私 and 助けに来た共犯者}
私は再び、アームを振り上げる。そして――
「たった八秒じゃ、その『積み重ね』を消すことはできない」
彼女をブッ飛ばした!
「イェレーネ、あなたは既に、詰んでいるのよ」
「そんなハズ無い! 拡張機構:
ふらつく脚で起き上がるイェレーネ。
「あなた、熱暴走って知ってる?」
熱暴走――それは、CPUが適切な温度じゃない時、動作が不安定になる現象。
そして私の能力は――
「まさか――」
「拡張機構:
ュのように、書庫は水蒸気で満たしたッ!」
曇るレンズ。水滴の浮くボディ。
たった八秒どうにかする程度じゃ、この環境は覆せない。
「イェレーネ、あなたは『八秒時間を戻す』と言っていたけど、本当にそんな能力だったの? もし、そんな便利な能力なら、どうして展示会の倉庫では使わなかった?」
しかしイェレーネは黙ったまま。私から目を逸らす。
「もし本当に『時間を戻せる』なら、後出しで主導権を握る無敵の能力。でも、それなら
何故、昨日は展示物の暴走を止めなかった? さっき一階で降ろされたシャッターを戻さなかった?」
ゆっくりと、私はイェレーネに近付く。
「それにあなたは、私たちの目の前で姿を変えてみせた。でも、アンドロイド一体が扱えるデバイスは、一つが限度。逆説的に、『時間を巻き戻す能力』と『姿かたちを変える能力』は同一」
私は再び、アームの拳を握り締めた。
「あなたの拡張デバイスは、『任意のヴィジョンを他者に見せる能力』。つまり、八秒時間を戻っていたんじゃない。私たちは『八秒先の未来を見せられていた』!」
だからこそイェレーネは、私の攻撃・回避を予測して、行動が選択できた。
展示会で攻撃が当たらなかったのは、そもそもあの場所にイェレーネが存在しなかったから。
自分の代理としたリノに、ヴィジョンを投影させていたんだ。
「だから何?」
へらへらと笑うイェレーネ。
「こんなの部屋から出ちゃえば終わりよッ! 勝ち誇ったって無意味だわ!」
逃げようとするイェレーネ。でも――
「熱暴走したあなたの体よりも、私のアームの方が速いわッ!」
イェレーネの胴体を掴む、私のアーム。
絶対に逃がさない。
「我慢比べよ、イェレーネ。言っておくけど私、なかなか諦め悪いから」
「ルール違反なんだよッ、こんなのッ!」
脚で突き飛ばし、逃げようとするイェレーネ。
でも、逃がさない。私はアームを伸ばす。
避けようとするイェレーネ。でも、その意志に体はついていかない。
「イェレーネ、あなたの体は既に出来上がってるわ。もう逃れられないッ!」
「調子に乗るなッ!」
イェレーネは脚を振るい、ロボットアームを引き千切ろうとする。
けれど、イェレーネの脚に充分な力は入ってない。
「拡張機構:
するのはあなたの方よ、イェレーネ」
「いいや、違うよ」
ニヤリ。笑みを浮かべるイェレーネ。
「違う? でも、今更逆転の可能性なんて――」
その時――
ブツリと、何かの電源が切れた。
え?
次第に熱を帯びる私の体。まさか――
「ねえ、お姉ちゃん。忘れてたでしょ? 自分がスペック不足だって」
イェレーネは前脚で私の喉元を撫でる。
逃げなきゃ。なのに、体が思うように動かない。
「お姉ちゃんのバッテリー要領はいくつ? 活動可能時間はどれだけ? そして――」
勝利の笑みを浮かべるイェレーネ。
「拡張デバイスを何時間稼働できる?」
どうしよう! 冷却装置の電源が切れた!
きっと、私本体のバッテリーが減少したことで、冷却機能が制限されたんだ!
「拡張デバイスをそんなに稼働させて、『電池切れ』しないとでも思ってた?」
少しずつ冷めていく書庫。
マズい! このままだと勝てない!
「じゃあね、お姉ちゃん」
イェレーネは脚を振り上げ、私の喉元に狙いを定める。
ここまでやったのに! あと少しで勝てそうだったのに!
「もうダメだ!」
目を瞑る私。せっかくがんばったのに、救けられなかった。
ごめんね、アポロ。
瞬間――
誰かが肩に手を置いた。私は振り向いた。
「言ったろ? お前が『もうダメだ』って思った時、必ず助けに来るって」
低い声だった。
覚えのある低い声が、倉庫の出入り口の方から聞こえてきた。
灰色の髪。吊り上がった目。藍色のライダースーツ。流れ落ちた血の跡。
そこに立っていたのは――
「アポロ!」
「手伝わせてくれよ、シャノン」
「愚民どもが、うるさいんだよッ! だから何? お前が今さら来たって、関係無いんだよッ!」
「それはどうかな?」
アポロはいつものように笑い、電撃を流した!
「残念。イェルに電撃なんて効かな――」
「いいや、お前に放ったんじゃないさ」
バチバチと、伝わるアポロの電流。
あの時も、アポロが助けてくれたっけ。
燃え盛る図書館で、スプリンクラーに電気を供給して鎮火してくれた。
アポロの電流は、私の中の回路全てを駆け巡っていく。
「エネルギー充填完了よ!」
「ぶっ放してやれ、シャノン――これは命令だ」
「私も、人間も、間違うことがあるかもしれない。でも、こうやってみんなで助け合えば、色んなことが乗り越えられる。私はそう思うの。だから、信じてくれないかな、イェレーネ」
すると、イェレーネは笑った。展覧会で会った時と同じ、天使のような笑みだ。
「どうやらボクこそがこの都市の
「それでもいいよ。その時はまた、私が何度でも分からせてあげる、人間の可能性を」
私は全身を冷却し、全ての熱を拳に集約する。
そして、イェレーネのボディを掴み、全て放出した。
イェレーネは静かに微笑んだ後、ゆっくりと崩れ落ちる。
「助けてくれてありがとうね、アポロ!」
私も彼に微笑むと、その視界は真っ暗になった。
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