第30話{エピローグ:Hallo, world!}

「おはようございます! 市民のみなさん!」


 頭上から響く声に、私は足を止めた。

 スクランブル交差点。立ち並ぶビル。幾つもの街頭モニター。

 どのモニターも『たった一人の少女』を映し出している。


 水色の髪。お団子頭。吊り上がった目。白いミリタリーワンピースとスカジャン。

 何か気恥ずかしいな。私はベレー帽を目深に被り、横断歩道を渡る。


「どうも、統治AI・シャノミァーです」

 背後に響く彼女の声――いや、自分の声を聞き流しながら、私は道行く人を見やる。

 どの人もみんな腕の補助端末を操作してる。でも、


 その視線は前を向き、どこか清々しい表情に見えた。まあ、私から見たらってだけだけど。

 苦笑いしながらに、私は学園の門を潜った。


 図書館に入る――その寸前、自動扉の向こうから、人が楽し気に歩いてきた。

 道を譲りながら、室内の様子を伺う。

 少し焦げた室内。机に広がる教材。勉強する学生。本棚の間を歩く何人かの市民。


 良かったな。おばあちゃんの図書館が、みんなから愛されて。

 私が扉をくぐろうとした時、後ろから聞こえたのは甲高い声。そこにいたのは――


「オイ、シャノン。お前の薦めた本、だったぜ!」


 深緑色のミディアムヘア。伸びた襟足。無数の銀アクセ。黒いミリタリーワンピース。

 五月雨は眉間に皺を寄せ、私に掴みかかる。


 しまった。嫌な気持ちにさせちゃったかな? どうにか気持ちを落ち着けてもらいたいケド。

「 『人が落ちぶれる様を延々と描き続ける小説』だなんて、どういうつもりで薦めたんだ?」

「ごめんね、五月雨。気に入らなかった、かな?」

 両肩に手を置き、笑いかける私。


 すると五月雨は少し逡巡して、

「まあ、でも、かもな。人間には誰しも、あの主人公みたいな弱い部分があるから。それに対する共感は、きっと俳優業でも活かせるよな」

 掴んでいた私のネクタイを離した。

 五月雨が楽しんでくれた(?)ようで良かったな。


「でも、次に『あんな悲しい小説』薦めたら許さないからな! 今日のところは、以前薦められたものの面白さに免じて許してやるよ」

 前に薦めた本、気に入ってくれたんだ! 仲良くなれてうれしいな。

「え、じゃあ、他に薦めたいのもあるんだけど――」


「それよりも俺、お前に『伝言』があったんだ」


 五月雨の『伝言』を聞き、私は図書館を飛び出した。そして向かった先は――


 私は病室の扉を開ける。真っ白な部屋。清潔そうなベッド。そしてそこに横たわる――

 灰色の髪。吊り上がった目。その男は、ライダースーツの代わりに、患者衣を身に纏う。


「今日退院なんだね! おめでとう、アポロ!」

「ああ、今まで見舞いありがとうな、シャノン」


 元気そうで良かった、研究所の時は焦ったけど。

 その時、『もう一人の人物』と目が合う私。


 無精髭に眼鏡。ボサボサの髪と服装。五十前後の見た目をした、男だ。

「来てたんですね、アーサーさん!」

「ま、一応コイツの保護者みたいなもんだしな」

 アーサーは幸せそうに笑い、アポロに視線を向けた。


「じゃ、俺は外で一服してくるわ」

 そう言って、病室を出て行くアーサー。


「良かったな。アポロの中の大事な思い出が、偽物なんかじゃなくて」

「そうだな、シャノン。オレもそう思うよ」

 ベッドの上、アポロはバスケットからリンゴを手に取る。


「イェレーネは、死人のデータを元に、テセウスの社長を作った。 考えてもみれば、 アイツは、『実在しない人物』のモデルは 投影できない。あの時、気付けなかった自分が情けねェよ」

 リンゴを齧るアポロ。


 情けない――彼はそう言ったけど、でも、私はあれで良かったと思う。

 だって、あの時アポロは、私の言葉を感情を――信じてくれた。

 それはなんて言うか、私たち二人のこれまでが『肯定』されたみたいだったから。


「どうしたんだ、シャノン。そんなニヤニヤして」

「何でもない」

 そっぽを向く私。病室の隅、立て掛けられるキャンバス。

 そこには、病室から見える街並みが描かれている。淡い水彩の雰囲気と、温かみのある色合い――その要素は、アポロの持つ独特の影と優しさを表してるように感じた。


「本当は今日までに、書き上げようと思ってたんだけどな」

 アポロは窓の外を見上げた。天気は雨。

 対して、キャンパスの中には青空が広がっていた。天蓋の開いたクレイドルの空が。


 でも、大丈夫、私たちは知ってるから。

 どんな悪天候の日だって、どんな間違いだって、がんばった積み重ねの先には――


 止む雨。晴れ行く雲。その雲間には――

 キラキラとした虹が輝いていた。



malfunction{AIが支配する世界で全肯定テロリストに甘やかされ共犯関係}end

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malfunction{AIが支配した世界で全肯定テロリストと甘やかされ共犯関係!} カレラ🧀 @MozzarellaKanda

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