ハイウェイと悲哀なる戦い
第16話{謎のライダー and 信じられない私}
「おはようございます。市民のみなさん」
街頭モニターの中、イェレーネは呼びかける。
柔らかな微笑み。
私たちと対峙した時とは全然違う、天使のような表情だ。
昨日の展示会場での戦いなんて、嘘みたいに無傷。
やっぱり、逃げられてたのね?
私は、輸送用ハイウェイから、横目に街頭モニターを眺めていた。
いや、違うわ。
どうしても目に入ってしまう――と言わせてほしい。
ハイウェイの高さは、ちょうどモニターと同じ目線。
だから、嫌でも彼の顔を目にしてしまう。
別に、あんなヤツの顔、見たいワケでもないのに。
「突然ですが、残念なお知らせがあります。昨日の『Neoteck Expo』でのことです」
ハンカチを取り出し、悲しむような素振りのイェレーネ。
どうして彼がそんな態度なの?
五月雨たちにあんなヒドイことをしたのに!
私は、腕の力を強め――
バイクの上、アポロの背中にくっついた、より一層。
「オイ、走行中だ。あんまり強く締めるなよ? 二人乗りも大変なんだよ」
バイクを走らせるアポロ。眠そうな声だ。
「ごめんなさい」
私は少し手の力を緩め、再びモニターへ目を向ける。
すると、画面には二人分の顔写真が表示された。
「いいかい? 愚かな市民たち、ちゃんと目に焼き付けるんだ」
それは、アポロと私――二人の顔だ。
「これが指名手配犯二人だ! この二人がいる限り、この地下都市クレイドルに静寂は訪れない。だから、見かけたら近くの警邏AIに教えろ!」
指名手配?
アリエナイわッ!
あの時、私たちが勝ったハズなのに! どうして追い詰められなきゃいけないの?
私はアーム(接合部的に、尻尾と呼ぶ方が正しいかもだけど)を、アポロの腰に巻き付けた。
「イェレーネは不滅。しかも、私たちは指名手配。 どうしよう! 私たち捕まっちゃうのかな?」
「腰を強く締めるな。心配すんな。そして――」
アポロはハイウェイの先、巨大な黒いビルを見上げた。
「思い出せ。オレたちは今、そうならないために行動してるんだろ?」
そうだった!
私たちが向かう場所は――
アポロと同じように、そのビルを見上げる。
高さ九百メートル以上。百七十階建て。何本ものビルを束ねたような外観。
それはまるで、この地下都市クレイドルの柱だ。
偽物の空を支える、一本の大きな支柱――
それが、あのビルを見た時に感じた、私の印象。
下の階にはレストランとショッピングモール。真ん中の階は上級市民の居住区。そして──
上の階は、この都市のAI産業全てに携わる会社――
テセウス・コーポレーションのオフィスが存在する。
テセウスの摩天楼――そこが私たちの目的地だった。
「そうね。私たちは、あの場所で、イェレーネの秘密を探るんだ!」
昨日、展示会場でイェレーネが消えた謎。
それを解かなきゃ、自由は取り戻せない。でも、
テセウスは、AI産業のトップランナー。イェレーネの制作にも携わってる。
だから私たちは、摩天楼を目指し、バイクを走らせているんだ!
「でも、不幸中の幸いね。指名手配されても、ここなら誰にも通報されないし!」
ここは輸送用ハイウェイ。そして、周りには、大小さまざまな運搬ドローンが働いている。
クレイドルは、全ての運搬作業を自動運転で行う。
故に、ここでは誰も私たちを見ていない。
それに、けっこうな速度でバイクを走らせてるんだ!
見つかったとしても、追いつかれるなんてアリエナイ!
「だが、用心しろよ、シャノン」
アポロはハイウェイの脇、監視カメラを指差した。
「執行局に見つかるのも時間の問題。先回りされりゃ、摩天楼に続く道路が封鎖されちまう」
「それでも、全然心配してないわ! アポロなら、捕まるより先に摩天楼に着いちゃうわよ!」
だって、今はアポロだけじゃない。五月雨の作ったこの尻尾――ロボットアームがついてる。
だからきっと、何が起きたってどうにかなる!
その時──
ブロロンと、
後方から響くエンジン音。
えっ?
もしかして、誰か追いかけてきたんじゃないよね?
振り向く私。
でも、ハイウェイにはたくさんの運搬ドローン。それぞれが大きな木箱を抱えていた。
視界に入るだけでも、数十は存在する。これじゃ、敵が紛れ込んででも気付けないわ。
「ねえアポロ、今、後ろから何か聞こえなかった?」
「オレは聞こえなかったが、どうかしたか?」
アポロは聞こえなかったのか。
なら、私の勘違いなのかな? 確かに、心配し過ぎなのかもな、私。
もう一度、ハイウェイを振り向けば、そこには一台の大型トラック。
でも、座席は無いし、自動運転車ね。
もしかすると、あのトラックのエンジン音だったのかな?
この不安感が、いつもより過剰になっちゃってたのかも!
私は彼の腰に巻き付けた尻尾に力を込める、少しだけ――アポロに気付かれない程度の力で。
よく考えると、エンジン音くらいするわよね。やっぱり過敏過ぎたのかも。
私は視線を前に向けた。
刹那──
視界の片隅、サイドミラーの中で何かが揺れ動く。
「アポロ! 今『居たわッ』、鏡の中にッ!」
「鏡ィ?」
少し首を傾け、アポロはサイドミラーを見る。でも、
「写ってるのはドローンと車だけ。お前は何を見たんだ?」
嘘! そんなハズは……。
再びミラーに目を向けるが、そこにはハイウェイを往くドローンや自動運転車だけだ。
「ううん。やっぱり気のせいだったわ。ごめんね、アポロ」
「謝ンなよ、シャノン。警戒するに越したことは無い」
バイクを自動運転に切り替え、ホルスターに手を置くアポロ。
こんな不確かな情報でも、信じてくれるんだ! ちょっとうれしいな!
「ま、きっと大丈夫だよ! ドローンが何十・何百体と飛んでるんだもん! それを避けて追いかけるなんて、アリエナイに決まってるし!」
私はアポロにしがみついたまま、一人頷く。
丁度その時、ハイウェイは分岐点に差し掛かった。
ドローンたちは、規則的に入れ替わり、その内の数十台がハイウェイを降りて行く。
瞬間──
真横から飛び出す黒い影。
一台のバイクが、隣のレーンに飛び出してきた!
でも、一体いつの間に?
謎のバイクの隣――奥のレーンには、さっき見かけた自動運転の大型トラック。
そうか!
このトラックの陰に隠れて、私たちの死角から追いかけたんだわッ!
「アポロ!」
「分かってる!」
バイクを片手で操縦しながら、アポロはもう片方の手をホルスターにかざす。
「応答しろ、そこのライダー。何故ここを走ってる? ここは無人輸送機専用のハイウェイだ」
真剣な声色のアポロ。
揺れるバイクの上――だというのに、構えた手は微動だにしない。
何か不審な動きがあれば、すぐに発砲できる状態だ。
しかし、謎のライダーは何も答えない。
一体、彼・彼女は何者なんだろう?
バラを思わせる、真紅の車体。車高の低い、スピード特化のフォルム。
そのバイクに乗るのは、一人の男だった。
黒いミリタリーテイストの制服。左手にハンドル。右手には拳銃。そして、
その頭部はヘルメットに覆われている。
この制服――未来執行局の追手?
きっとそうだ!
このハイウェイに『誰か居る』ってことこそ、その証拠だもん!
でも、この男は、まだ敵意を見せていない。
それなのに攻撃するのは、筋が通らないよね。
もちろん、何かしてきたら、私がアポロを守るけど!
数秒の沈黙。
すると、そのバイクは私たちを追い越して行った。
「なーんだ! 気のせいだったようね、アポロ」
私は、彼の腰に回す力を緩めた。
刹那――
くるりと、真紅の車体は百八十度回転する。そして、
バック走行のまま、ライダーは何かを構えた。
轟く発砲音。
放たれた銃弾は、近くの地面を抉った。
「あ、危なかった!」
胸をなでおろす私。でも、送風機は相変わらず激しく音を立てていた。
「警戒しろよ、シャノン! こっからが本番だ!」
ハンドルを切るアポロ。
バイクを隣のレーンに寄せ、彼は運搬ドローンに触れた。
ボディに犬のマークが描かれた、小型ドローンだ。
「malfunction{速度を上げろ。そして赤いバイクにぶつかれ}」
瞬間――
ドローンは、スピードを倍以上に上げ、
目の前のライダーに向かって突進する。
さらに轟く銃声。
アポロの銃弾は、目の前のバイクに向かって放たれた!
流石アポロ!
ドローンと銃弾の波状攻撃――これを回避するなんてアリエナイわよね!
目の前の子には悪いかもだけど、とにかくこれで勝ちだ!
私は心の中でアポロに拍手した。
ドローンと銃弾がライダーを穿つ。
その寸前――
独りでに回転するハンドル。
ライダーの乗るバイクは、軽やかに身を躱した。
まるで宙を舞う花弁だわ!
掴もうとしても、ヒラリ身を躱す花弁――そんな、美しさすら感じる動きだ。
放たれた銃弾は掠りもせず、ハイウェイの地面に着弾した。
「アリエナイわッ! アポロの銃弾が外れるなんて!」
「自動運転か。気に入らねェな」
アポロはハンドルを切り、大型ドローンの陰に隠れる。
車一台分よりも少し大きい、運搬ドローンだ。
「ここなら、相手の銃弾を防げる! ひとまず助かったわね!」
その時、視界の隅で何かが光った。
木箱の向こうにはライダー。
彼が持っていたのは、透明の箱。拳より一回り程大きい箱だった。
その箱が放られると――
キラキラ。
と、無数の物体が朝の陽光を反射する。それは小さく、銀色に輝いていた。
ボルトだ。
放り投げられたのは、たくさんのボルトだった。
でも、どうして?
あんなの投げられたって、致命傷にはならない。
そもそも、あのネジは、私たちに向かって投げられてないんだ。
彼は一体、何を狙ってるんだ?
「備えろシャノン! 何かがおかしいッ!」
ライダーは拳銃をこちら――私たちが隠れているドローンに向けた。
重力に逆らい、空中を移動する無数のネジ。
それは、磁石に引き寄せられたかのような――
いや、『もっと強い何か』に引き寄せられたかのような軌道だった。
無数のボルトは彼女の右手――銃口に吸い寄せられる。
瞬間――
キラキラ光る銀色。射出されたボルト。
まるで満天の星空だ。
それはガトリング弾のように、私たちへ降り注いだ。
例えボルトとはいえ、こんな速度で飛べば、銃弾と同じだわッ!
マズい。こんな木箱、貫通されちゃう! それに、近くに盾にできる物も無い!
アリエナイ程の物量。こんな弾幕、どうやって回避するの?
眼前まで迫る無数のボルト。
私は死を覚悟した。
その時――
「うおおおおッ!」
アポロはバイクを急減速し、ハンドルを切る。
ギリギリまで倒れる車体。
しがみ付く私。
その頭上を、ガトリングと化したボルトが飛び越えていく。
やった!
避けれたわ!
でも――
既にバイクは転倒寸前。ピンチなのは変わらない。
「待ってアポロ! 転んじゃうわッ!」
「『信じろ!』『諦めるな!』――これは命令だ」
地面に擦れるフレーム。散る火花。でも、
バイクは転倒しない。
奇跡的なバランスで、走行を続けていた。
体重を移動させ、アポロはゆっくりと車体を起こす。
あの弾幕を避け切るなんて!
「流石アポロ! 切り抜けたのね!」
「いや、まだだ!」
アポロの視線の先――ライダーは再び、透明な小箱を持っていた。
まさか、またボルトを? アリエナイわ!
まだ、車体は起こし切れてない!
さっき回避できたのもギリギリだったのに! 二撃目なんて避けれるの?
刹那――
轟く銃声。
アポロの拳銃から射出される弾。
それは真っ直ぐ、ライダーへ向かって飛んで行く。でも、
独りでに動くハンドル。紅いバイクは再び、しなやかな軌道で銃弾を躱す。
そして、ライダーは再び、小箱を放り投げた。
「躱されたわ! 何度やっても無駄なの?」
「躱された? いいや、違うね」
響く金属音。
弾き飛ばされる小箱! それはハイウェイの壁を越え、街に落ちて行く。
「既に『完了』している、二発目の射撃は」
アポロの拳銃から棚引く硝煙。
いつの間にか、バイクの車体は起き上がり、通常の走行に戻っていた。
そうか! 相手は弾丸に対して、自動運転で回避行動を行う。
だから、一発目の銃弾で隙を作り、状況を整える時間を作ったのね!
さらに、ボルトの入った小箱は弾き飛ばした!
これでボルトの弾丸も無力化だわ!
しかし――
その時、私の目に入ったのは、無数のボルトだった。
ライダーの傍らに浮遊する小箱。浮かび上がるボルト。
そしてそれは、再びライダーの持つ銃口へと集まった! そして――
「さっき弾き飛ばしたハズよ! アリエナイわッ!」
ボルトは再び弾幕を作り、私たちに降り注いだ!
今度こそ終わりなの?
私はアポロの横顔を見つめた。
でも、その顔は一切焦ったりなんかしてない。
どうして?
どうしてアポロはこんな時でも、冷静でいられるの?
私なんて、ずっと気が気じゃないのに。
腕を腰に回したまま、私はアポロの服を強く掴んだ。すると、
手に触れる、生暖かい何か。
これは――
血だ。
アポロの脇腹から流れ落ちる血液。それが私の手を濡らしたんだ。
いつの間に? いや、そんなの決まってる。
最初に飛んできたボルトが、彼の脇腹を掠めたんだ。なのに、
私はそんなことも知らず、『流石アポロ』だとか『切り抜けた』だとか――
全部自分本位の言葉で、アポロのことを気遣えてなかった!
それなのに、アポロは、ずっと私のこと気遣ってくれてた!
私はもう一度、彼の横顔を見つめた。
その顔に一点の曇りも無いのは――
焦ってないから? 冷静だから?
違う。
彼が懸命に生きてるからだわ!
なのに私は、さっきだって頼ってばかり。
五月雨の拡張デバイスで強くなったハズなのに、私の心は弱いままだ!
ずっとアポロにしがみ付いてばかりで、何にもできてなかった!
だから、
今、変わるんだ!
アポロが安心して背中を預けられる、そんな相棒に!
瞬間――
私は尻尾を伸ばし、隣のレーンに手を伸ばす。
今度は私がアポロを助ける!
瞬間――
無数のボルトが私たちを貫く。
そんな未来は――
「絶対にアリエナイ」
降り注ぐボルト。だが、
私は既に、『掴んでいる』ッ!
起死回生の一手を!
隣のレーンを走行する大型トラック――そのドアを引っぺがした!
そして、尻尾で掴んだまま、ドアを斜めに構える。
刹那――
バラバラと、音を立て降り注ぐボルト。でも、
それら全ては、ドアフレームの表面を滑り、私たちの後方へ消えて行く。
「争いは止めましょ、ライダーさん。私たちきっと、諦め悪いわよ?」
その時、反射したボルトが、ライダーの何かを弾き飛ばした。
ハイウェイを転がって行く丸い何か。
それはヘルメットだった。
瞬間――
舞い上がる緑色の髪。身に纏う無数の銀アクセ。
彼は――
「なかなかやるな、根暗オンナ」
あの時のように、意地悪な笑みを浮かべた。
「また追いかけっこか? だが、今度は貴方が追いかける側のようだな」
「どうして? アリエナイわッ!」
目の前に居たのは――
「五月雨、どうしてあなたと戦わなきゃいけないの?」
けれど、顔をしかめる五月雨。
「何言ってんだ? 俺は一昨日の続きをしに来ただけだ」
一昨日? 図書館を燃やされた日か。でも――
「私たち、和解したんじゃなかったの? だってあなた、昨日、展示会場で――」
「昨日?」
五月雨は首を傾げる。
「俺は会ってないぜ、お前となんか」
『会ってない』?
そんなのアリエナイわ!
でも、もし、
それが本当なら、彼は──
記憶が
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