63層 笑顔なき再会

「ふえー、ひどいめにあったぜ」


 噛まれた足首を回しながら歩き、調子を確かめるロビン。回復魔法のおかげもあり、すっかり痛みは引いた。しかし噛まれた痕は目を凝らせばうっすらと残っている。


「にしてもまた魔物の大量発生かよ……これで何度目だ? 深層だからか? それともいよいよ魔王が地上に侵略を始めたか?」

「そうかしら? さっきのヘルハウンドの反応は、深層から逃げてきた感じに見えたけど」


 マチルドの意見にビクトリアは同調する。


「私もそんな気がする。骸骨の騎士スケルトンナイトを覚えてる?」

「あー、そういやあいつらもめちゃくちゃ多かったな」

「あいつらは私を狙ってきたのよ」

「そうかー、ビクトリアを……なんでだ!?」

「私がエルフだからよ。それもとびっきりの長寿の。だから早死にした無念からか、妬ましさに私を狙ってきたのよ。あの時は正体を偽装してたけど死人には嗅ぎ取れたみたいね」

「おいおい、そういうことは早く言わねえかよ」

「これでも悪いと思ってるわ。みんなを危険に晒したこと。でもちゃんと自分で片をつけて」

「そうじゃねえよ。ちゃんと仲間に相談しろよってことだよ。エルフだってことは隠してもいいからよ、自分が狙われてる気がするって言ってくれりゃあもっと庇えたのによ」

「……言ったところで針山になるオチでしょう」


 ビクトリアは剣のように鋭い言葉を吐き、フードを目深に被る。


「とほほ、タンクとしてまだまだ信用なってないのか、俺は……」

「師匠! 俺は師匠を信じてるぜ!」

「おう、テオ。ありがとうな」

「あのぉ僕も相談が~、僕も魔物に狙われやすいので庇ってもらっていいですか~?」

「トニョ。お前は自分でなんとかしろ」

「おや、あっさり仲間を見捨てるなんて非情なタンクがいたものです」


 トニョはおどけて見せる。


「トニョ! トニョもすっかり俺らのパーティーに馴染んできたよな!」

「テオ君やレディが優しいからですよ。よそ者の僕を受け入れてくれるからです」

「別に私は受け入れたつもりはないんだけど?」

「おや、レディも冷たい」

「気にすんなよ、トニョ。ビクトリアはいつもあんなんだ。幼馴染の俺に対してもいっつもあんな感じ」

「それはあんたがいつまでたってもガキだからでしょう~」


 と何百年も少女をやっているビクトリアは言った。


「話を戻すけど、さっきのヘルハウンド。中には手負いも紛れ込んでいたことに気付いた?」

「あ! それ、あたしも思ってた!」

「おや、そうだったんですか? 僕は気にも留めませんでした」


 同じ魔法使いでありながら反応はそれぞれ。


「動物や魔物がひっかいたり噛みついたりしたような傷ではなかった……あれは、そう、剣で傷ついたような」

「剣か……ここまでたどり着いた先遣隊とかかな?」

「テオ。それはたぶん間違いだ」


 テオの予想をロビンは真っ先に否定する。


「この深層までたどり着ける剣士なんて一人しかいねえだろうがよ……」

「おお、リチャードか!? リチャードが近くにいるのか!?」

「かもなー」

「また会えるのか! 楽しみだなー!」

「そうだな、楽しみだな……」


 ロビンは静かにマジックポケットを握りしめた。




 しばらく進むと先行していたトニョが足を止める。


「……なんだ、この気配は……」


 暗闇の先に何かがいる。

 魔物のような、動物のような、人間のような何かが、暗闇の先に待ち構えている。


「レディ。何か感じませんか?」

「……ええ、そうね。私の耳でも暗闇の先に誰かがいるってわかるわ」

「やけに落ち着いてますね……これがリチャード……なんですか?」

「呼吸音に聞き覚えがある。彼のものだと思って間違いはないだろうけどだいぶ乱れてる。疲労してるみたい」

「リチャードがピンチなのか!? じゃあすぐに助けに行かないと」


 相変わらず先走るテオ。


「待ってください!!」


 トニョは止める。それも重力魔法を使ってまで。


「うお、おお? 身体が重いぞ?」

「ちょっとトニョ! テオに攻撃しないでよ!」


 マチルドが抗議するがトニョは魔法を止めない。


「会う前に戦う準備……もしくは引き返すことも考慮して」

「それについては及ばんよ」

「っ!!!???」


 暗闇から、姿を現す黒い甲冑。


「馬鹿な……あの距離を一瞬で詰めてきたのか……」

「ふむ、なかなかいい腕前をしてるようだが……肝っ玉はそうでもなさそうだな」


 リチャードに睨まれた瞬間、トニョは握っていた杖を落としてしまう。


「おお、その声、リチャードだな! 久しぶりーってうえええ!?」


 テオは驚愕する。


「リチャード、頭にかぶるやつ……兜は!? それにその耳……!?」


 リチャードは堂々と姿を現す。


「改めて自己紹介するとしよう、吾輩はリチャードだ。そしてこのダンジョンの唯一の攻略者であり魔王……だった者だ」


 そして素顔を晒す。


君らと戦う意思はない。イレギュラーが起きなければ最深部で君たちと命を懸けた死闘を繰り広げたかったが事情が変わった。だから武器を下ろしてくれないか」


 魔王と聞いた瞬間にビクトリアとマチルドは杖を構えた。テオは状況が理解できずに突っ立ったまま。トニョはそもそも戦意すら見せなかった。


「わかってはいると思うが今の君たちでは吾輩には勝てない。ここでやりあってもお互いに利はない」

「だからって簡単に降参できますかっての」

「ビクトリアちゃん。気丈な君であるが分は弁えているはずだ。頼む、まずは話を聞いてほしい」

「なによ、その話ってのは。従えば世界の半分をくれてやろうってでも言うの」

「確かに魔王と名乗ったがそれはあくまでダンジョンの主として、魔物の王という意味だ。断じて世界を支配しようなんて一度も考えたことがないし、地上がどうなろうと吾輩には関係ない。興味もない」

「じゃあ何? あんたは私たちを巻き込んで何がしたいっての?」


 リチャードは深く息を吸ってから、さらに深く吐き出す。


「……助けたい人がいる。君たちの力を借りたい」


 リチャードはこの場の誰よりも緊張していた。長く生きてきたがそのほとんどが孤独であり頼み事なんてこれまでしたことがなかった。自分を倒そうとしてくる敵に弱みを見せて頼むことにも躊躇いがあった。それでも一人の大事な部下を助けるためには致し方なかった。断られた後は考えていなかった。それほどまでに彼は追い詰められていた。

 だから。


「わかった! 俺たちで良ければ力を貸すぜ!」


 だから、テオの言葉は温かく、優しく聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る