多数決

 ロビンは武器、盾を取り上げられ縄で拘束された。側にはトニョが立って見張っている。不審な動きを見せればすぐさま重力魔法で取り押さえられる。

 当のロビンは俯いたままで表情を見せない。逃げようとする素振りも見せなかった。


「さて会議なんて仰々しい形式ばった名前ですがやることは至ってシンプル。決を採るだけです」


 聞いたことのない言葉にテオは首を傾げる。


「けつをとる……? なんでここで尻が出てくるんだ、ビクトリア」

「……」


 ビクトリアは見向きもしなかった。足元に転がる小石を見下ろしたまま、膝を上下させていた。

 触れれば爆発する気配を感じ取ったマチルドが代わりに説明する。


「多数決よ、多数決。献立決める時も焼くか煮るかで挙手したでしょう」

「おう、あれか! 俺は師匠の味方をするぞ!」


 テオは元気よく手を挙げた。


「ほんと馬鹿……これだから子供ガキは……!」


 ビクトリアは足元の小石を蹴飛ばした。


「一応これから弁明の時間を設ける予定ですが……内容によってはテオくんとて気が変わるかもしれませんよ?」

「ありえねえ! 俺はいつだって師匠の味方だ!」

「ははは、健気ですね。いい弟子を持ちましたね」


 トニョはそう話しかけるもロビンに反応はなかった。


「それではリチャードさん、先に確認ですがこの決議は平等性を保つためにも当事者には投票権はありません。よろしいですか?」


 血を抜き回復魔法を受けても微妙に毒が残るリチャードはだるそうにしながらもしっかりと応答する。彼には何も拘束されていない。ロビンへの攻撃も正当防衛だと認められている。絞首も力加減を誤れば命を奪う危険性があるがロビンの動きを一時的に封じるためと主張し、認められている。


「結構だ。吾輩は獣人であるが法は重んじるよ。どこぞの野蛮な弓使いとは違ってね」


 腕を組んでふんぞり返る。たっぷりな嫌味を受けても野蛮な弓使いは動じない。


「決議がどんな結果になっても異論はありませんか?」

「ああ、どんな結果でも受け入れよう……ただし彼がまた刃を向けたとしよう……その後のことは知らんよ?」

「仮定の話はなしにしましょう。ただ、そうならないよう祈りばかりです」

「リチャードも! 師匠も! 喧嘩は絶っ対ダメぇ! トニョも止めてくれよな!」


 テオが胸の前でバッテンを作ってそう釘を刺すも、


「善処する」

「善処します」


 大人二人はずるい回答をした。


「さてそれではお楽しみの弁明の時間を始めるとしましょう。ではどうぞ、ロビンさん。泣いて謝るもよし。同情を誘うもよし。思う存分弁明してください。精々、後悔のないように」


 風魔法で縛っていた縄を切り拘束を解く。

 ロビンは手を前に持ってきて、だらりと垂らす。

 彼には時間はたっぷりと与えられていた。仲間をどう説得するか、どう許しを請うか、考える時間はいくらでもあった。

 どうすれば印象を良くし生き長らえるか。

 ここで選択を誤れば直ちに命を落とす。

 彼にもそれはわかっているはずだった。

 なのに最悪の悪手を選んだ。


「なんでだよ……獣人ぶっ殺して何が悪いんだよ……」


 それも最低最悪の逆切れだった。

 これには側で聞いていたトニョの笑顔が消え、真顔になった。


「こいつ……何も考えていないのか?」


 正気すら疑った。

 久しぶりに顔を上げたロビンは殺意を隠さなかった。


「今さら汚らわしい獣人を信じられるかよ……! お前らだっていい子ぶってるが本当は怖いだろう!? なあ!? 最初会った時から信用してたか!? 違うだろう!? 本当は怖いけどずっと心配していると疲れているから目を背けてる! 違うか!?」

「ははは、何を言い出すかと思えばなんて臆病者なんでしょう。裏切りのリスクに人種は関係ありませんよ」


 トニョは嘲り笑うも、


「何を偉そうに! お前が一番の怖がりだろうが! 魔法は専門外だが人を見る目はあるつもりだ! お前が一番びびってただろうがよ! 一秒だって目を離してなかっただろうが! いつ裏切られるか! いつ背中を刺されるか! びくびく震えているだけのお前にだけは臆病者だなんて言われたくないね!」


 ロビンの言葉してきに笑みが消える。


「……言いがかりはよしてください。心象を悪くしますよ。お忘れのようですがこれは弁明の──」

「俺は悪くねえ! 俺の心配の種を取り除こうとしただけだ! 仲間を守ろうとしたんだ!」

「……とても正気とは思えませんね。リチャードさんの力添えなしで黒幕を、その側近すらも倒せる戦力では」

「これは人間とそれ以外の戦争だ! 獣人の力がなくても、ないからこそ意義があるってもんじゃないのか!?」

「勝てる見込みもないうちに意義ですか……まあ個人の主義主張ポリシーに口出する主義ではありませんのでご自由に」

「いけるさ。ここまで来れたんだ。マチルドの魔法、ビクトリアの回復、テオの力に……あとはお前の魔法があればなんとかなるさ」

「……過大評価ですよ」


 褒められたトニョであったが反応は冷淡だった。他の三人も同様だった。


「これから獣人を狩ろうってのに仲間に獣人がいるのはどう考えてもおかしいだろう! いつ同族意識で情が移って寝返るかわかったもんじゃない!」


 トニョはあくまで冷静に、平等性を保つために心を殺して進行役を務める。


「その点については本人に聞くのが一番でしょう。どうなんですか、リチャードさん」

「おーいおい、この空気で吾輩に話を振るのかい。勘弁してくれよ」

「決まり、ですので」

「回りくどいが決まりとあれば仕方があるまいな。まあ以前にも話した時と変わりあるまい。確かに吾輩は君らと敵対していた。深層に辿り着いた時、全力で対峙しようとした。彼の憎しみは間違っていない。吾輩がエキドナを掘り進めなければ村も無事だったかもしれない。筋は通っている。だからといってやすやすと命を差し出すかといったら話は別だ。吾輩もそう甘くない。全力で抗う、つもりだった。それで倒されればそれもまた運命、自然の摂理だと思っていたが……いやまさか、彼がここまで小物だとはね」


 リチャードはロビンの顔を見てにやける。もはや敬意の欠片もない。


「あぁんだ? 死にかけた分際でよぉ」

「双方、冷静に。リチャードさん、質問にお答えください。我々と敵対するのですか、しないのですか」

「これもとっくに話したが事情が変わったのだ。知らぬところで他者に財産を利用され、そして大事な人を奪われ侮辱された。そして悲しきことに吾輩一人の力では事態の収拾はできぬと判断し、貴君らに助力を求めた。敵対しないとも。まあ獣人の言うことだ、信じてもらえないかもしれないがね」

「俺はリチャードのこと信じるぞ!」


 リチャードが自嘲するとテオはすぐさまに庇う。


「テオ! 騙されるな! そうやって優しくさせていい気にさせられてるだけだ! 目を覚ませ!」

「う、うう、でも……」

「そうだ、テオくん。目を覚ましたまえ。そいつを師匠と仰ぐには無理がある」

「てんめえ、さっきからイラつくんだよ」


 ロビンが腕まくりをする。


「おっとやりあうつもりかい? これは僥倖。火の後始末は自分の手でやらないと落ち着かない性分でね」


 リチャードも乗り気だった。


「グラビティ!!!」


 トニョは重力魔法を発動するとロビンは地面に這いつくばる。


「トニョ、この野郎……!」


 リチャードは、


「はっはっは、まさか本気で吾輩がやりあうとでも思ったのかい? 吾輩もまだまだ信用されていないってことかな?」


 重力魔法を受けながらも涼しい顔をしていた。


(……消耗状態でも膝すら着けられないとは……ロビンではありませんが敵に回したら絶対に厄介だ……)


 トニョはリチャードへの魔法を解く。


「すみません。僕としたことが動転してしまいました」

「あっはっは、謝ることはない。吾輩も勘違いさせるような行動を取ったのが悪い。だからテオくん、そう力強く足を抱きしめないでくれ。さすがの吾輩とて、ちょっと痛いぞ?」


 テオはリチャードの足を掴み止めようとしていた。


「本当に喧嘩しない?」

「しないしない。喧嘩になんてならないさ」

「本当の本当に?」

「本当の本当に、さ」

「……わかった」


 テオはリチャードの足から離れる。


「マチルドちゃんも杖を下ろしてくれるかい?」

「……わかったわ」


 マチルドはリチャードの背後から向けていた杖を下ろす。

 誰もがとある人を守るために動いた。

 だというのに、


「……っはっは、あっはっは! 傑作だなあ! やっぱりみんな獣人が怖いんじゃないか!! そうだよなぁ! 俺たち人間とは違うんだ! 姿かたちも違えば考え方も違うんだ! 仕方ねえよな!?」


 ロビンは笑う。仲間が必死に善人を取り繕おうとするように見えて滑稽に感じたのだった。


「……もう茶番はよしましょう。あまりに、見るに堪えない」


 トニョは我慢の限界に達していた。これ以上醜態を晒されては自らが手を下してしまいそうだった。


「……採決に入ります。一人ずつお答えください。ちなみにテオくんは」

「俺は! 俺は……やっぱり師匠の味方だぞ」

「わかりました。テオくんは考えに変わりはないと」


 テオの考えに変わりはなかったが……威勢は幾分か衰えていた。


「ちなみに僕は弾劾に一票。この輪を乱してばかりの馬鹿はとっとと仲間から外すに限ります」

「おう、だろうな。お前ならそう言うと思ってたぜ」

「……お次は」


 トニョが次の指名をしようと考えていると、


「ねえ、これってさ……」


 マチルドがおずおずと挙手する。


「……棄権ってありなの?」

「棄権ですか。いいえ構いませんよ。それがあなたの考えなら。この場での日和見は無責任とは思いますが」

「好きなように言いなさい。憎まれるのは慣れっこよ」


 これで反対一票、賛成一票、棄権一票と綺麗に分かれた。

 リチャードに投票権はない。

 よって残す一票、ビクトリアにロビンの命運が任せられた。


「レディ。考えはまとまりましたか? 個人的に棄権はなしだと有難いのですが」

「……安心して。答えはとうに決まっているから。というかこんな話し合いの場を作らなくても私はロビンに直接言うつもりだったから」


 ビクトリアは顔を上げる。それは少女にしては、悟りにも似たような諦観に満ちていた。


「ロビン。私はあなたと一緒には居られない」


 これにてロビンの追放が決まった。

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