ロビンの弁解

 テオが間に合ったのはトニョの提案のおかげだった。ビクトリアのバフ、クイックで走行を強化し、単独で先行させた。他の誰かでは間に合わなかった。たどり着いていたとしても剣を止められなかった。


「み、見間違いじゃないよな……師匠は今、リチャードを……こ、こ、ころ、そうと……」

「ああ、そうだ。殺そうとしたとも」


 ロビンははっきりと言った。

 この時いくらでも嘘をつくことができた。リチャードの全身に毒が回ってしまい苦しまないように介錯しようとしたと言えばいずれ必ずバレるだろうが少なくともテオは動揺せずに済んだだろう。

 しかし彼は自分の行いに迷いがなかった。間違っていないと信じて疑わなかった。


「テオ、どけ。そいつは獣人だ。敵なんだよ」

「違う、リチャードは仲間だぞ」

「今ここで始末しなきゃいずれ敵に回るさ。あの裸メガネを取り戻せたとしてもその瞬間には約束を反故にするさ。獣人ってのはそういう生き物なんだよ」

「リチャードはそんなことしない!」

「子供のお前に何がわかる!」

「師匠だってわからないだろう! リチャードとそんなに会話してないのに!」


 話を聞かない、どかないテオにロビンは頭に血が上る。


「そいつは! 間接的にウィルを殺したんだ! こいつがこんなバカでかい穴を掘らなきゃ魔物が地上にあふれることもなかったんだ! どけ!!」


 恫喝。テオは心から信頼を置ける人のむき出しの怒りに初めて触れる。


「あ、あ……」


 ドラゴンをも葬ってきた小さな英雄が子供に戻る。身体中が震え、剣を落とす。


「……話なら後でしよう。好きな料理たっぷり作ってやるからよ」


 ロビンは無力化したテオの肩に手を置き、いつもの優しい声で囁いた。


「さてと待たせたな、今すぐ楽に──」


 邪魔者を排除し今度こそトドメを刺そうとしたが肝心の、毒が回り動けないはずのリチャードの姿がそこにはなかった。あるのは、


「赤い池……いや、これは血か?」

「どおおおりゃああああ!」


 血に気を引かれていたロビンの脇に低姿勢のタックルが刺さる。


「てめえ!? なんで動ける!?」


 倒されたロビンはリチャードに組み伏される。


「危ないところだったよ……ああ、危なかったとも……ここまで吾輩が追い込まれたのは久しぶりだよ……!」


 動けはするだけで完全回復には至っていない。彼が回復したのは非常にリスクの大きい乱暴な力技だった。


「狩人ならわかるだろう……蛇に噛まれたらまずは血ごと毒を吸い出さなくてはいけない……でも毒はすでに全身を回っていた……」

「まさか全身に傷をつけたのか!?」

「ああ、そうとも……! 毒が抜けたらあとはひたすら回復魔法だよ……以前もそうやって生き延びたのだ……!」


 瀕死状態から立ち直ったリチャードは全快ではないものの、培った腕力は健在。ロビンの腕を振り払い首を締めにかかる。


「は、な、せ!」


 ロビンは腹部に蹴りを何発入れるもまるで岩のようにビクともしなかった。


「ちく、しょ、ウィ……」


 呼吸を遮られ意識が遠のいていく。


「リチャードもやめろー!!」

「うお、テオくぅん!?」


 今度はテオがリチャードに体当たりして止めに入る。


「はあ、はあ、はあ、はあ……!」


 引きはがされたロビンは急いで呼吸を整える。


「はなしたまえ、テオくん! 君には関係ないだろう! 奴から先に吾輩を殺そうとしかけてきたのよ!」

「そうかもしれねえけど……そうかもしれねえけど……!」


 テオは泣きじゃくりながら首を振る。


「よぉし、テオ……そのままそいつを抑えてつけておいてくれよ……」


 ロビンはここぞとばかりに剣を拾いに行く。


「師匠も! リチャードも! もう止めてくれよ!!!」


 テオの言葉や涙は通じない。一度始まった戦いはちっぽけな子供にはどうしようもなかった。

 止めるには力に頼らざるを得ない。


「そうです、テオくんの言う通りです。グラビティ」


 駆けつけたトニョが重力魔法を発動する。対象は、


「ぐおあああ!? トニョ、てめえ!!」


 剣を拾おうとしたロビンだった。横顔を地面に押さえつけられながらも片目で睨みつける。


「そちらは……必要がありませんね」


 トニョはリチャードに眼光を向ける。


「勝負は決している。これ以上やりあう必要があるかい?」

「話が早くて助かります」


 冷静さは取り戻したものの、怒りの矛を下ろしたわけではなかった。


「これは……間に合ったというべきかしら? 間に合わなかったというべきかしら?」

「さあ? もう、どちらも関係ないでしょう」


 マチルドとビクトリアも遅れて到着する。

 ビクトリアは二人の馬鹿を見比べ、


「回復が必要なのはこちらのほうね」


 より深刻なダメージを負ったリチャードの元へ向かう。


「やめろ、ビクトリア……そいつは……」


 ロビンが声をかけるも聴覚の優れたビクトリアは聞こえなかったように素通りした。


「良かったぞ……みんなが来てくれた……これで……」


 テオは安心するのも束の間、


「皆さん、これで揃いましたね。早速始めるとしましょう。僭越ながら僕が仕切らせていただきます」

「おう、飯の時間だな!」

「いいえ、違いますよ? 不義を犯した者を裁く、弾劾会議の時間ですよ」

「…………え? だん、がい?」


 少年の心の安寧は未だ訪れず。

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