59層 トニョが急ぐ理由と覚悟

 トップランカートニョのキャリーのおかげでテオたちは数字上では急成長を遂げた。

 テオLv67、ビクトリアLv68、マチルドLv69、ロビンLv65、トニョLv???


 55層で休憩を終えたのちに一行はすぐに60層へと向かうことになった。


「なあ、トニョ」


 先を歩くトニョにテオは話しかける。


「なんですか、テオ君」

「なんか急いでるみたいだな? 食料の問題もあるんだろうけどそんなに急ぐ必要はあるのか?」

「もしかして疲れが溜まってるんですか? 休みますか?」

「俺は疲れないけど、けどよぉ」


 道中でエンカウントする雑魚敵はトニョの自動殲滅魔法で悉くを葬っている。テオたちは歩いているだけでレベルが上がっている。ダンジョンの環境に適応してきたため長距離を歩いているだけでは疲れはしないが、


「トニョはずっと働きっぱなしだろ?」

「あはは、これしき疲れのうちに入りませんよ。魔力切れの心配もありません。霊薬には貯えがあるので」

「でもよぉ」

「それでしたら今日はひとまずは60層のアイスマンモスでしたっけ? それを倒し65層のセーフルームで一区切りとしましょう」

「うん、わかった……そうしよう」


 トニョはそう言って歩き始める。彼の一歩はテオの二歩に相当する。歩みはせわしなく前へと突き進んでいく。テオは何も言わずに距離が離れないよう努力する。


「……僕には、祖父がいるんです。すごく変わり者の祖父が」


 歩きながら唐突に話を切り出す。


「有名な魔法使いです。悪い意味で。通り名もあるんですよ、その名も『魔法使い殺し』なんて物騒な名がね」


 その通り名を聞いたビクトリアは鼻先に脱ぎたての靴下を垂らされたように顔をしかめるが言葉は発さない。


「おっと必要以上に怖がらないでください。多くの命を奪ったわけではありません。まあ、ただ、似たようなもので多くの同志の未来は奪ったわけですけど」


 いつもは朗らかな笑顔を見せるがこの時の彼の笑みは憂いを帯びていた。




 トニョの祖父は呪い除けのために本名を隠し、アルと名乗っていた。単独で羽が生え、空を飛べるドラゴンを討伐するほどに優秀な魔法使いだった。一国の魔法使いの長とする賢者の称号を得る……に一歩手前なほどに優秀だった。多くの魔法使いが、見習い、上級者実力関係なく彼のようになりたいと師事し、打ち砕けていった。

 彼のレッスンは一言で表すなら正確。魔法理論に矛盾も破綻も一つもない、根源の未知を徹底的に追究した、合理的かつ理想的な授業だった。

 唯一欠点があるとするのであれば……その一切の妥協を許さない姿勢を魔法だけでなく生徒にも向けていたことだ。


「こんな初歩的なこともわからないのか。それで魔法使いは名乗れない」

「こんな初歩的なこともわからないのか。君は弟子入りして二年と半年だったな」

「こんな初歩的なこともわからないのか。それとも覚える気がないのか」


 覆しようのない正論と圧倒的知識量で弟子を指導し追及する。それが彼の不変のスタイルだった。

 彼の名誉のために付け足しておくとなにも将来のライバルを潰す気でも悪気があるわけではない。

 ただほんの少し、他人の感情に疎かっただけだった。

 彼の性格は愛する妻にも牙を剥いた。日常生活のちょっとした不備を何気なし悪気なしに非難する。

 堪えかねた妻は実家に帰ると告げる。妻の真意を見抜けなかった彼は、そのうち帰ってくるだろうとあっさり承諾した。

 そして二人はそのまま死に別れした。妻が先立ったのだった。生死に関わる難病を患っていたが結局は愛想を尽かした旦那に最期まで打ち明けることはなかった。

 祖母の葬式を孫であるトニョは今でも覚えている。

 いつもは笑顔を崩さない祖父が、祖母の眠る棺にしがみついて泣きじゃくる姿を。彼の悲鳴を。


「どうして……! どうして何も言ってくれなかったんだよぉ……! ワシはお前のたった一人の旦那だぞぉ……!」


 トニョは子供ながらに衝撃を受けた。話さなかった理由を知らないのはこの星であなた一人くらいだろうとも思った。

 妻との死に別れを経て、祖父は自分を見直し性格も軟化するなどと周囲は期待したが……彼はまるで何も変わらなかった。

 彼の理詰めは弟子入りした孫のトニョにも牙を剥く。


「トニョ。どうしてこんな初歩的なこともわからないのか。あと何度教えてやればいい」

「トニョ。どうしてこんな初歩的なこともわからないのか。初歩的なことだぞ」

「トニョ。どうしてこんな初歩的なこともわからないのか。お前はこのワシの弟子であり孫なのだぞ」


 何気ない悪気のない師匠に、トニョは心底嫌気が差していた。





「……ともあれ、モラハラ気質の師匠ではありますが魔法使いとしては優秀なのは確かです。それと大局を見極めるのも割と上手なのです。過去にカリヨンとライアーが戦争になったことを覚えていますよね? 誰もがパニックになる中、祖父だけは『一週間もあれば終わる』と予言しピタリと的中したこともあるんです。同じ人間でもマクロ視点は得意なのですがミクロ視点は……壊滅的にダメな人でしたね」


 トニョが祖父の話をしている間、


「……」


 ビクトリアは無言に徹していた。ただし石でも噛み潰しているような歯ぎしりはしていた。


「へえ! 面白そうなじいちゃんだな!」


 テオはテオで話をちゃんと聞いていたのかと疑いたくなる返事をした。


「面白い……そうですね、弟子入りする前はそう思うこともありましたね。風魔法でコマを回す芸も披露してくれました。根は善人なのです。だから厄介なのですけどね」

「いいなぁ! 会ってみてえ! そういえばじいちゃん今どうしてんだ? エキドナに来てねえのか?」

「……いいえ、来てませんね」

「ええ、どうして!?」


 エキドナ攻略はすでに国を揺るがす大問題として解決すべく多くの人間が動員されている。

 賢者とまでは行かなくとも優秀な魔法使いであれば駆り出されるはずなのに、どうしてここにいないのか。

 その答えはシンプルだった。


「……祖父は……危篤状態にあります。ずっと咳が止まらず魔法の詠唱どころか呼吸もままならないのです」


 年寄ながら老いを感じさせない背筋がピンと伸びた姿勢の良さに長生きを予感させていたが、病一つでこうも弱るのだから人間はわからない。そしていくら高名な魔法使いでも病を患えば魔法の使えない人間と変わらないのだと痛感した。


「ああ、ごめん……」

「いいえ、謝らないでください。知らないのでしたら仕方ありません。それよりもここからは大事なことなのでよく聞いてください。そんな弱った状態の祖父が言っていたのです。エキドナをなんとかしろ。なんとしてでも塞がなくてはいけない、と。目と鼻の先で国同士の戦争が起きてもすぐに終わると平然としていた祖父が僕にそう託したのです」


 それがトニョの急ぐ理由だった。未だに彼の実力は師匠である祖父に到底及ばない。その師匠がエキドナを危険視している。慎重にならざるを得ないが悠長にもしていられない。


「……すみません、パーティを組んでおきながら独善的でしたね。もうちょっと皆さんに合わせて」

「いいや、このままでいいぜ!」


 テオは小走りでトニョを追い越す。


「急がねえとじいちゃんにエキドナに攻略したって自慢できねえもんな!」

「……っ!?」


 それはトニョ自身も知らない急ぐ理由だった。エキドナは早急に解決すべく問題。それ以外にも彼には急がなくてはいけない理由があったのだった。


(なるほど、テオ君……君が若くしてこのパーティの要になった理由に片鱗がこれなんですね……やはり君とパーティを組んで正解だった)


 トニョが心打たれていると、


「あっ」


 テオは石に躓いて転びかけるも地面に落ちることはなかった。


「……っと、目を離せませんね」


 即座にトニョが風魔法で身体を浮かせたからだ。


「うおお! すげえ! 俺空飛んでる!」

「空なんてたいしたもんじゃありませんよ。浮かんでるだけです」


 それでもテオのテンションは上がり続ける。鳥のようにはばたいて見せる。


「……そんなに空に興味があるのでしたら今度箒に乗って空でも飛びますか?」

「おお、いいのか!?」

「エキドナを攻略できたらですが」

「おお、わかった! 約束だぞ、トニョ!」

「ええ、約束です。お互い破っちゃいけませんよ」


 若い魔法使いはまた新たにエキドナ攻略の理由を見つけたのだった。

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