シン・ボス ソードクイーンアント戦

 頭の内部を損傷し動かなくなったソードアントがフロアに残っている。絶命すれば亡骸はマナとなって霧散するが虫の魔物は厄介にも脳を損傷しただけでは絶命に至らない場合がある。そのためにひと工夫が必要。


「リチャード。お前がくれた毒、すっげー効くのな」


 ロビンは亡骸から矢を引き抜いて回る。彼が放っていた矢には黒騎士から借りた毒を付着させていた。微量にも関わらず、巨体の虫といえど瞬時に絶命、最低でも麻痺させて二度と動けなくするほどに猛毒。


「調合して作れるよう代物じゃないってのは素人でもわかるんだがどこで手に入れたんだ?」


 ロビンの質問にリチャードは快く答える。


「ああ、これはより深層で現れる魔物から運よく手に入れたのだ。もちろんその魔物は戦闘になればこの猛毒を大量に使ってくるぞ」

「……深層のボスってのは想像以上にハードなんだねえ」

「ボス? 違うな」


 リチャードは訂正する。


蜘蛛の魔物だ。何度も出くわすことになるからな、今から心の準備をしておくんだな。吾輩でも体内に回ればひとたまりもない」


 ロビンの心を折ろうとした狙いや意図はなく、あくまで事実を述べる。


「……おお、そうかい。そんなのがウロウロしてるのか。さぞ最深層にいる魔王様ってのはビビりなんだな」


 覚悟はとっくに決まっている。もうどんな脅しをかけても彼の心に変わりはない。


「そういやあんた、ここのダンジョン長いんだろう? 魔王と戦ったことはあるのか?」

「ま、魔王か……」


 リチャードは返答に悩む。なにせその魔王は自分自身なのだから、なんと答えたものか。


「……戦ったことはないな」

「そっかー。お前ほどの実力者でも魔王にまでたどり着けないのか」

「それにしても解せないな。吾輩は長くここに滞在しているが一度として戦ったことがない。なのに諸君らは本当に魔王の存在を信じているのか? 地上で見た者はいないのだろうに」


 リチャードはこの百年、一度も地上に出ていない。ダンジョン内でもシロ以外とは誰とも出会っていない。

 最初は大義名分のために権力者が魔王がいると恐怖を煽り立てたのかと思った。ダンジョンに潜り込んでくる者は偽りの大義を妄信し、義憤に駆られていると。

 ただ一人、ロビンは違う。彼だけは魔王への執着が凄まじく、執念に形がある。


「……」


 ロビンはソードアントの目から矢を抜こうとするがなかなか抜けない。


「……いるんだよ、魔王は」


 眉間に足を置いて力を入れてやっとのこさで抜けるが勢い余って転倒する。


「ははは、格好悪いところを見せちまったな。なあ、頼みがあるんだけどよ、この毒矢、俺に分けてくれねえか」


 リチャードは大剣を握ってロビンの元に駆け寄ってくる。


「おいおい、そんなに怒ることかよ」

「違う、ロビン! 後ろだ!」


 突如空中から巨大な蟻が落下する。それもちょうどロビンの背後だった。

 土煙が舞い上がる。その中からロビンをお姫様抱っこしたリチャードが現れる。


「大事ないか!?」

「助かったぜ、リチャード!」

「幸運だったな。転倒したことで狙いが外れたのだろう、直撃が免れたな」

「やっぱさっきの落下は偶然じゃなく意図した攻撃か! つうかあいつ何者なんだ!? どこに隠れてたんだ!?」

「全長は先ほどまで戦っていたソードアントの二倍といったところか。特に腹部が発達している。恐らくは女王蟻だろう」

「やっぱあんたすげえな!? 今の一瞬でそこまでわかるか!?」

「いいや、わからない……! 40層でこんな魔物は見たことがない! んぐっ」


 着地と同時にリチャードが呻く。


「悪いがここからは自分の足で歩いてくれ……」


 地面に膝をつき深い息を吐く。


「おい、まさか! 俺を助けるために怪我をしたのか!?」


 武器を収納できるマントは剥がれ、重厚な鎧に穴が開き、むき出しとなった背中には大きな切り傷ができていた。


「ヒール!」


 リチャードは自身で回復魔法を唱える。


「これで止血は済んだ。なに、これしきかすり傷さ」


 立ち上がろうとするがふらつく。


「どこがかすり傷だ! 肩を貸せ! 一緒に逃げるぞ!」


 ロビンはわきの下に潜り込むと巨体を支えるが、


「くっそ重いな! お前の身体!」

「ああ、産んでくれた母上に感謝だな」

「鎧のせいだよ!」


 脱いで逃げるわけにはいかない。


「俺のことは良い。まずは自分の身を第一にしろ」

「そんなことできるかよ! 自分を助けてくれたやつを見捨てて自分だけ助かるなんてよ!」


 ソードクイーンアントはあっという間にロビンたちの背後にたどり着く。そして今度は外さないようにとゆっくりと狙いを定める。強者の余裕を見せた。


「今からでも遅くない……間に合わなくなる前に……」

「……いいや間に合ったさ、間一髪だ」


 ロビンは足を止める。同時にソードクイーンアントは剣のように鋭い大顎を振り下ろす。


「チェックメイトだ、クイーン。後は頼むぜ、大将キング


 ソードクイーンアントのさらに頭上高くから落下する剣──


「テオ!!!」


 ──否、勇者。


「クラッシャー!!!!」


 新たなちからを手に入れた必殺技はより広く、より速く、敵を一飲みした。

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