45層 黒騎士、推しと別れる

 黒騎士は右手を壁に手を当てながら進む。これは先の戦いのダメージを引きずっているわけではなく、探し物をしているからだ。

 現在45層。徐々に魔物が増え始め、戦闘の頻度も増えていた。40層のようにロビンのみに戦わせるのも厳しくなってきたためにテオもでしゃばるようになってきた。

 しかし一つの問題が発生していた。


「あ~、早くテオクラッシャー打ちたいぜ~!」


 テオはすっかりと新しい武器、新しい技に魅了されていた。彼は序盤こそは足を引っ張ったりと迷惑をかけたが今ではれっきとした戦力に成長していた。同レベルの敵ならビクトリアのバフもいらず通常攻撃一撃で倒してしまうまでに逞しくなっていた。


「なあ、リチャード! ここらへんにテオクラッシャーが必要な強敵は出現しないのか!?」

「テオ。ここへは観光しに来たわけじゃないのよ。ちょっとは落ち着きなさい。リチャードにも迷惑でしょう」


 マチルドはテンションがあがりっぱなし無敵状態の彼を諫める。子供の無邪気さは嫌いではないがパーティの外に迷惑をかけるとなれば話は変わってくる。


「なんだよ~マチルド~! ビクトリアみたいな説教してさ」

「ダンジョンってのはね、慣れてきた時が一番怖いの。ドラゴンでの痛い経験、もう忘れたの?」

「へへん! もうドラゴンなんてトカゲ同然だもんね! それにすでに俺は一人で一匹倒してるんだぜ!」

「あたしの話、ぜんぜん聞いてないんだから……」


 黒騎士は手を動かしながら答える。


「ははは、すっかり癖になってしまっているようだな。気持ちはわからないでもない。しかしだ、テオくん。マチルドの言う通りだ。慣れた時こそ失敗を犯してしまうものだ。さっきの吾輩の不覚のようにな」

「もう傷は大丈夫なの?」


 マチルドはそう言いながら先導黒騎士の背中を見るが傷はもう見えない。


「ビクトリアちゃんにも回復魔法をかけてもらったおかげでな」

「それにしてもリチャードの防具すげえよな! 穴開いたのにもう塞がってる!」


 そう、テオの言う通り、背中の傷が見えないどころか背中すら見えない。


「はっはっは! どうだ、すごいだろー! これもこのダンジョンの拾い物でな! 魔力があれば勝手に修復してくれる防具だ! まあ、その代わりあまり頑丈ではないのだがね!」

「すっげー! ほかにも持ってないのか?」

「ほかにもあるぞー? 放てばどこまで追尾する矢や一切合切の魔法を封じる魔法封じの腕輪もな!」

「すっげー! 見せて見せて! このマントにあんのか!?」


 テオはマントの中に潜り込む。


「こら、テオ! だから失礼でしょう!」

「はっはっは! 構わんよ! 子供のすることだ!」

「なんだよーぜんぜんはいれねーインチキだー」


 テオがくるまったマントの中から顔を出す。


「このマントは所有者のみが出入りできるのだ。それに今言った武器はここに入っていない。どれも深層の……」


 リチャードは自分のハウスと言いかけてしまう。そんなことを明かしてしまえば魔王と疑われてしまう。


「……せ、セーフルームに隠してある。万が一武器を無くしてもそこに行けば補充できるようにな」

「なるほど。本当に盤石なのね……そこまでやっても、最下層までたどりつけないってどういうこと?」

「面目ない……」


 本当は言いたい。自慢したい。とっくに最下層を攻略して90階層より地下は快適に住めるようにリフォームしてるということを。自慢の図書館やプラントもぜひ見学してほしい。

 しかしそれは叶わない夢だろう。所詮は人類と亜人類。相互理解は到底不可能。


「なあ、リチャード」


 テオが無防備にも宿敵となる相手の腰に手を回すとリチャードの足が止まる。


「やっぱりさ、俺たちと一緒に行こうぜ。きっと最下層までたどり着けないのは一人でやってるからだぜ」

「……」

「ずっと一人ってのもさみしいだろう? 俺たちと一緒にいればもっと楽しいことに出会えるぜ。俺だってそうだもん。師匠のロビンと出会って、マチルドにも出会って、今、すっげー面白いもん! リチャードもそうだろう?」

「……ありがたい提案だが、やはり答えはノーだよ」


 リチャードはテオを抱えたままに歩き始める。


「リチャードのわからず屋!」

「テオくん、君はまだ若いからわからないだろうが、一人も案外楽しいものだよ? やることがいっぱいあればね」


 ダンジョンを発掘、攻略し、シロと出会うまでの一人の期間は孤独ではあったが何も縛られず確かな自由があった。プラントの成功、安定化するかまでに寝る時間を削るほど忙しい時期もあったがそれはそれで楽しいものだった。


「えーうっそだー!」

「嘘じゃないさ。こうして君たちと会話してるのも楽しいがね」


 黒騎士は動かしていた手が記憶に残る感触を掴む。


「ここだ」


 足を止める。


「ここ? 何のへんてつもない壁じゃないのか?」

「感じないか? 僅かな風の通り道を」

「うーん、よくわかんない。マチルドはわかる?」

「魔力の気配もないわね。本当にここにセーフルームがあるの?」


 リチャードが探していたのは隠されたセーフルーム。50層より浅い層は90層より遠いし、敵も弱いために滅多に近寄る機会がない。そのため正しい位置の記憶は曖昧になっていたが、


「忘れたり間違えたりしないさ。冬眠したリスじゃあるまいしね」


 ただの岩のでっぱりにしか見えない箇所を握って引っ張ると、壁はずれ始める。


「おお、本当に隠し扉だ! すげー!」

「なるほど、重いだけじゃなく引っ張って開けるようにしてるのね。確かにそれなら何かの拍子で魔物が開く可能性は低いか」

「それに魔力やマナも使っていない。魔法使いにも探知されづらいし半永久的に使えるわけだ。やはりローテクは素晴らしいな。他にも吾輩のこだわりがあってだな」

「中はどうなってるんだ!? 冒険だー!」


 説明が終わる前にテオが入っていく。


「……ははは、無邪気すぎるのも考え物かな」


 解説の機会を逃したリチャードは少し寂しくなった。



 

 

 テオは目を輝かせながらセーフルーム内を走り回る。


「うおー! すげー! 秘密兵器だー!」


 40層のセーフルームは元々一人で使う設定ので作ったためにそこまで広くなく快適性はなかった。せいぜい十人が横たわれるスペースに一日分の非常食、そしてこれ見よがしに宝箱が置かれていた。


「なんで宝箱?」

「趣味だ。安心しろ、罠のような無粋なマネはしない」

「俺開けるー! 中にはどんなお宝が入ってるんだ!?」


 テオは元気に開けるが中身を確認した瞬間テンションが一気に下がる。


「やくそうだけ……金銀財宝は?」

「はっはっは! 世の中は甘くない! ダンジョンならなおさらな!」

「兜で見えないけどこの黒騎士、絶対してやったり顔になってるわね」


 マチルドの想像通り、リチャードは子供がイタズラに成功した時に見せるようなしてやったり顔になっていた。


「薬草一つでもダンジョンでは命綱だ。貰っていくと良い」

「いらない……ビクトリアに回復してもらうから……それに薬草の味苦くてニガテ」

「くれるっていうなら貰っておきなさいな」

「はーい……」


 テオが薬草を懐にしまうとロビンとビクトリアもセーフルームに入ってきた。この二人は未だに警戒心を残し慎重であるために行動がワンテンポ遅れる。


「ふうん、よくまあここまで作れるもんだぜ」


 ロビンは警戒しながらも感心を示し、


「罠や魔物の気配なし……本当にセーフルームのようね」


 ビクトリアは探知に余念がない。


「二人とも、肩の力抜いてくれていいんだよ?」

「そう? あなたも兜を脱いでくれていいんだよ?」

「あっはっは、ビクトリアちゃんの歯に衣着せぬ言葉に弱ったものだよ」


 リチャードは笑いながらも兜を撫でるだけに留まる。


「……そうかい、やっぱり顔は見せようとしないかい」


 ロビンはすっきりしない面持ちでため息をつく。


「さてと……」


 壁には窪みがあり座れるようになている。リチャードはそこに腰を掛けた。


「目的地であるセーフルームに着いた。君たちはこれからどうするんだ?」


 その問いにテオが答える。


「まずはここで晩飯食って寝て……」

「それから?」

「もっと冒険を続ける!」


 力強く答えた。


「ふむ、やはりそう答えるか」


 もはや驚きもしないし、嘆きもしない。


「わからず屋の君に何度も忠告する。大人しく引き返したほうがいい」


 リチャードも一歩も引かない。


「吾輩の手助けなしにここまで来れなかった君たちにダンジョンを攻略できる見込みはない。ここから先は君たちの想像を遥かに上回る過酷な旅路だぞ。生きて帰れる保証はない」


 彼がそう言うと、


「だってよ、テオ。帰りましょう」


 クールなビクトリアはそう言った。彼女の目的はあくまでテオの保護。ダンジョンの攻略も魔王討伐も興味が薄い。


「はああ!? せっかくここまで来たんだし、あと半分ちょっとだろ? 帰るわけねえじゃんじゃんじゃん!」

「馬鹿テオ。声が大きい、ただでさえ狭いんだから声を抑えてよ」


 仲睦まじい二人。微笑ましい光景に魔王は心から笑う。


「ははは、優しいな、ビクトリアちゃんは」

「……リチャード。さっきから気になってるんだけどなんで私だけちゃん付け?」

「ん? 気にすることかい?」

「言っておくけど私、あんたが思ってるよりお姉さんだからね」

「はっはっは、背伸びしたい年頃なのかな?」

「こいつ……生意気ね……!」


 ビクトリアは雑巾を絞るように杖を握った。


「マチルド。君はどうなんだ?」

「あたし? あたしは行けるところまで行くつもりよ」

「魔法使いであれば魔法の研鑽を優先したくないのか? 君がいたいのはダンジョンではなく工房なのでは?」

「あいにくだけど工房を築くのにはお金が要るのよ。それにあたし、気づいちゃったんだけどさ」


 自分が被っていたトンガリ帽子をテオに被せる。


「あたしって骨の髄までは魔法使いではないようなのよねー。魔法の未来よりも仲間の明日のほうが今は心配かも」


 歯を見せて二っと笑う。


「ふむ、それもまた君らしいな……」

「マチルド~! 前が見えない~!」

「あら、ごめんなさい」


 マチルドはテオから帽子外す。二人は目が合うと微笑みあう。


「それでロビンくんは」

「俺は潜り続けるぜ。たとえ100層だろうと1000層だろうとそこに魔王がいるならな」


 ロビンは食い気味に答えた。その目はまっすぐで地平線、水平線の先にいようとも仇を捉えれば射殺すように殺気立っていた。


(やはりそう答えるか……普段はどこにでもいるありふれた青年なのに魔王の話になった途端敵愾心を露にする……吾輩も他人を言えたことではないがな……)


 覚悟を聞き届けたリチャードだったが未だに彼自身の気持ちは整理できなかった。


(もしも成長した彼らと刃を交えることになった時に吾輩は本気で戦えるだろうか……)


 その時が来れば全力で抗うだろうがしかし命を奪う光景を想像したくない。

 それでは道中の魔物に代わりに殺してもらうか。それも嫌だった。せっかくの若いながらも才能溢れた精鋭、だれにも見届けられずに犬死になどしてほしくない。


(これを情と言うのだろうか……まさか吾輩がこのような感情を抱く日が来ようとはな……それも母親を殺した人間にだ)


 一度湧いた情は容易に消し去ることはできない。時間が経てば経つほど、知れば知るほど強くなるのだろう。


(やれやれ、吾輩は思いのほか魔王と言う役職に向いてないのかもな)


 刃を交えなくて済む手段はまだ残っている。人類にあだなすとされる魔王はそこに一縷の望みを託す。


(しかしそのためには彼らにはまだまだ強くなってもらわないとな……)


 変な話だが自分の天敵となりえる不都合な相手と戦いたくないために強くなってもらわないといけない。しかしそれがベストなのだ。


「……よかろう。君たちの覚悟、しかと聞き届けた。命知らずの君たちのために最後のお節介を焼くとしよう」


 リチャードは立ち上がってリーダーであるテオに詰め寄る。


「いいか? 君たちにとっておきの情報をくれてやる。一度しか言わないから心して聞け」


 テオは真剣な表情を浮かべて頷く。


「出血大サービスだ。90層までのボスについて教えてやる。しかし鵜呑みにするな。エキドナは吾輩ですら想像のつかないダンジョンだからな」


 50層、沼を飲み干す古魚ゴールデンナマズ


 60層、凍土を砕き踏み固める巨象アイスマンモス


 70層、八方武者アラクネナイト


 80層、内から来る影の刺客ミラーシャドウ


 90層、龍の近縁種マグマドラゴン


「これに加えて50層より……ダーペント、オーガ、ビッグウォータースライム、ソードアントが道中でエンカウントすることになる」

「それ全部、本当なのか?」

「本当だとも。吾輩は見てきた物をありのままに言ってるまでだ」


 テオは俯く。これから降りかかる困難は彼の肩にはあまりにも重すぎる。すでにその狭い肩が震え始めていた。


「怖くなったか?」

「いいや、その逆だよ」


 テオは顔を上げる。瞳を満点の空のように輝かせていた。


「すっげー! なにそれなにそれ! 名前聞いただけでどんなのかワクワクする!!」

「……」


 魔王はあっけにとられたのちに、


「ふはは、ふはははははは!!!」


 大笑いしながら夢見る小さな挑戦者の背中を叩く。


「うむうむ! それでこそ男の子だ!」


 リチャードはマントを翻して出口へと向かう。


「リチャード! どこ行くんだよ!」

「吾輩は先に行くとする。用事があるのでな」

「え、戻ってくるよな……?」

「いいや。ここでの用事は済んだ。また奥にもどるさ」

「あれだけの傷を負ったのにまだ動く気力あるの……」


 魔法職のマチルドは歩いているだけでも体力の限界だった。


「魔法使いと言えど体力は大事だぞ。鍛えると良い」

「ダンジョン攻略の大先輩が言うのなら……ちょっとくらいは考えとくわ」

「ぜひ前向きにな」


 礼を言わせないうちに立ち去ろうとする彼を、


「あんがとー! リチャードー!」


 テオは手を振り、全身で感謝の意を表現する。


「さらば、戦友。また会える日を楽しみにしてるぞ」


 去ると同時にセーフルームの扉は閉まる。

 これは今生の別れではない。

 彼らはまた再会する。

 そして互いに望まぬ刃を交えることになる。

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