61層 気まずい空気にな……らないテオ一行
山場を乗り越えて61層を進むテオ一行。結果だけを見れば快調のようだが足取りは重い。
知られざる少女の過去、取り返しのつかない力の代償、度重なる激戦で積み重なっていく疲労、良かれと思った秘匿が生んだ仲間の軋轢。
誰もが自然と口数が少なくなる。言葉が憚れる。
強敵が現れても淡々と黙々と葬る作業と化していた。まるで生業に情熱を失ったよう。仕事が終われば飯を食って寝るだけのような先の見えない生活を送っているようだった。
その中で一人、少年だけは目をらんらんと輝かせていた。
「……おぉ」
彼の好奇心は日の届かない深い洞穴の底でも輝きを失わない。まるで生後まもない、動く物に全て興味を惹かれてしまう子猫のように、彼は目で追い続ける。
家族であり、幼馴染でもある少女の、時折ぴこぴこと動く、先の尖った長い耳を。
「……よしっ」
彼は意を決して勇気を出す。
「なあ、ビク──」
「イヤ」
とっくに視線に気づいていたビクトリアは即答した。
「まだ何も言ってない!?」
「どうせアンタのこと、私の耳を触らせてくれてとでも言うつもりだったんでしょう?」
「べ、べつにそんなんじゃねえし!」
「へえ、そう? じゃあなんて言おうとしたの……?」
「……ビクトリア! 俺に耳を──」
「イヤつってんでしょう!! そんでなんで一度嘘ついた!?」
周りにとっては
「ど、どうしてだよぉ……! ちょっとくらいいいじゃないかぁ~」
「目に見えてるのよ! アンタの馬鹿力に私の耳が引きちぎられるの!」
「そんなひどいことしないって~! 力加減するって~!」
「いいや! 嘘! それとテオ、今後は私の後ろにも立たないように! 隙を狙って触ってきそうだし!」
「しないって~~~!」
徹底した拒絶っぷりにテオはついに半べそに。
「あらあら、可哀そうに。テオ、あたしの耳ならいくらでも触っていいわよ」
マチルドが優しく慰めると、
「えと、あと……ダイジョウブ」
テオは顔を赤らめませながらマチルドの提案をやんわりと断った。
「テオ、触りたい気持ちはすごくわかるわよ。ちゃんと触る前に確認したのもえらい。でもね、女の子の耳ってのはとても繊細なのよ。どれだけ仲のいい男の子でも、どれだけ面の良い男でも気軽に触らせられないの。わかってあげて」
「……うん、わかった……」
宥められたことで涙はすぐに止まった。
「安心して、テオ。あなたの無念はあたしが晴らすから」
風向きが変わる。
「愛しのビクトリアちゃーん! あたしに耳触らせてー! 女同士だし、別に構わないわよね!?」
「マジックミラー」
「まさかの防御魔法!?」
なお空詠唱であり、実際には魔法の防壁は出なかった。
ただし、
「……今度触ろうとしたら本気で出す」
絶対に寄せ付けない殺気を放っていた。
しかしマチルドは引き下がらない。
「……ここで引き下がったらそれこそ冗談だと思われてしまう。耳を触りたいという気持ちが本気だって伝わらせるには引き下がってはならないのよ」
「うざい。本気でうざい」
「あらあら~、ビクトリアちゃんの塩対応されちゃった」
冷たい態度を取られても野良猫を撫でようとしたら逃げられた時のようにマチルドは嬉しそう。
「そうよね、耳を触られるだけなんてビクトリアちゃんに損しかないわよね……何か交換条件を出さないと」
「は? どんな交換条件出されても即刻拒否なんですけど」
「そうだわ! ビクトリアちゃん! 耳を触らせてくれたらあたしのおっぱい触らせてもいいわよ!」
「いらない。興味ない」
「じゃああたしのおっぱいを触らせたら耳を」
「順番の問題じゃない」
「えー? 本当に大きいおっぱい興味ないの?」
「別に。あたしも将来はそれくらい大きくなるから」
そうビクトリアが言うと、
「ぷふっ」
意外にもトニョが噴き出した。
「……何がおかしいのかしら?」
「いや失礼。レディ。未来に希望を持つことは悪いことではありませんよ。いつしかそうなるかもしれませんね、五十年後、あるいは百年後か」
「セラフィックライト! セラフィックライト! セラフィックライト!」
杖の先と一緒に殺意を向けて詠唱するがしかし何も起こらない。
「そうですね、特に耳に触りたいとは思いませんが僕が交換条件に出すとしたら封印を解くでしょうか」
「封印を解いてくれたって耳は触らせないし、封印は自力で解くわよ!」
テオも思案する。
「それじゃあ俺は」
「テオはどんな条件出してもダメなものはダメだから!」
「そんな~!」
ビクトリアにこっぴどく振られ、テオは再び涙目になる。
「師匠~! 俺の仇取ってくれ~!」
「は、はあ!? お、俺!?」
テオは、仲間たちから距離を置いていたロビンに縋りついた。
「つうか、テオ、いい加減師匠呼びはやめろっての」
「師匠だったらどんな条件出すんだ!?」
「聞けよ、人の話……交換条件かー……ビクトリア相手だろう? とびっきり分厚いステーキを食わせてやるとかじゃねえの」
ロビンは深く考えずに答えた。
するとマチルドは深い深い溜息を吐いた。
「はあ、呆れた。あんた、乙女心をぜんっぜんわかってないのね」
「おっぱい触らせてやるっつう痴女には言われたくねえよ……」
「そんな適当な答えじゃビクトリアも怒るわよ」
「いや案外レディの反応は悪くないですよ、むしろ……」
二人はトニョに言われて気付く。
「分厚い……ステーキ……」
彼女の耳が鳥のはばたきのように元気に動いていることに。
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