食料袋に異常あり

 それは食事中、何気なしにロビンが言い出した。


「なんだか最近食料が減るのが早いんだが……」

「はて、なんででしょうね……あ、僕はパンはバターとイチゴジャムを塗らなければ食べられないんです。二つください」

「ここでの決まりは! バターかジャムのどっちか! 両方は贅沢だから禁止!」


 後から仲間入りを果たした新参のあまりに図々しい要求に料理番が吠える。


「いきなり大声を出すなんて……お腹減ってます? ちゃんとご飯食べてます?」

「お前、俺相手になるとめちゃくちゃ喧嘩売ってくるよな……?」

「あはは、ちゃんと喧嘩売る相手は選んでますよ。勝てる見込みの相手にしか売らない主義です」

「よし、その喧嘩買った!」

「ちょっと男子。元気なのはいいけど食事中なんだから加減しなさいよ」


 そう言ってマチルドはパンの耳をちぎり、イチゴのジャムをすくってから食べる。


「それよりもロビン。食料が減るのが早いってのはどういうことなの? 食料が減るのが早いってどういうことなの?」

「おお、麗しのビクトリアさん。話を戻していただいて光栄です。すごく圧を感じるが」


 気を取り直して状況を報告する。


「主に減ってるのはパンや木の実ナッツ類だな。違和感を感じた当初はトニョが増えたから減る量も増えたんだろうと思って気にしなかったんだが、パンやナッツを出していない日まで量が減っていたんだ。おかしいとは思わないか?」

「おや、意外とマメなんですね。出していない食材の確認までなさるとは」

「魔法の袋の中なら腐るってことはないだろうが、やはり痛んでないか気になってな。ダンジョンでパーティ全員が腹下ったりしたら命取りだ」

「あなたの気のせいって可能性は?」

「ほんとお前よくつっかかってくるよな」

「いえ、これはちょっかいや個人的な気分晴らしではなく、ちゃんとパーティ全体を考えての話ですよ」

「ほんとお前一言多いよな……つまりどういうことだ?」

「あなたはつまり、これから犯人捜しをするつもりですよね? 限りある貴重な食材を盗み食いした犯人を吊り上げようとしているわけですよね?」

「いや、吊り上げるなんてつもりじゃないが……」

「ダンジョン内でのトラブルは恋愛感情もありますが、もっぱら食絡みですよ。よく食べ物ごときなんて喧嘩をするなんてと言いますがとんでもない。人類の戦争の理由のほとんどが食絡みですよ。食事で喧嘩しなきゃ何で喧嘩するんだ。祖父の口癖でした」

「そうよね、食べ物の恨みは怖いわよね」


 完食するととっとと話の輪から外れるビクトリアがすました顔で言う。


「おや、レディ。今回も僕の味方してくれるんですね。光栄です」

「別に。ちなみに盗み食いはあなたが犯人じゃないでしょうね?」

「そう疑うレディは?」

「私が大事な食料を……盗み食いするわけないじゃない」


 何故か目が泳ぐビクトリア。

 しかしすぐさまロビンが彼女の疑いを晴らす。


「ありえない! ビクトリアだけはありえない!」

「ロビン……」

「こいつが手を出すなら真っ先に肉だ。パンやナッツに目をくれるはずがない」

「ロビン?」

「それもそうですね。僕としたことがレディの性格を失念しておりました」

「あんたたち、覚えてなさいよ。攻撃魔法が使えるようになったら真っ先に光魔法を浴びせてあげるんだから」


 マチルドは口元を拭きながら発言する。


「あたしも違うわよ。手をつけるならお酒からするから」

「なんだ、普段の褒められない食生活が逆に潔白を晴らす展開は……」


 ロビンは呆れつつも話を進める。


「パーティに入って間もない僕を疑うんですか? ひどいなー」


 トニョは肩をすくめるが、


「それがなー、トニョと合流したタイミングと一致するんだよな」

「おーやおや。そうなるとますます僕が怪しいことになりますね」

「なんだその余裕っぷり……逆に怪しいな」

「なんだか僕を糾弾できる機会が訪れて喜んでいません?」

「まさか。俺がそんな卑しい人間なはずがないだろうに」

「そういうことにしておきましょう。誤解を解くために弁明させてもらいますが先ほどパンと一緒にナッツが消えていると言ってましたよね?」

「ああ、そうだが」

「僕、ナッツアレルギーなんです。一口食べればたちまち皮膚には蕁麻疹が、呼吸困難に陥るんですよ」

「本当か~?」

「祖父は僕の身体を心配してか『もっとたくさん食べれば治るだろう』と無理やり食べさせてきたこともあります」

「お前のじいさん恐ろしいな!? しかしちょっと真実っぽくなってきやがったけど!」

「まだ信用してもらえないならここで一口食べて見せましょうか?」

「いい! そこまでする必要はねえよ!」

「少しの疑いでもパーティーの連携にヒビが入るもの。ここで潔白を証明しなくては」

「悪かった! 悪かったって! 疑って!」

「ああ、ロビンさん! あなたってひとは本当にお優しいのですね! 新参者の僕の話を信じてくれるなんて!」


 オーバーリアクションで芝居がかって喜んで見せる。


「お前、絶対いつか泣きを見させてやるからな」


 マチルドが手を上げて発言する。


「ちなみにトニョのアレルギーは嘘じゃないと思うわ。いつも食事に出されると必ずテオに譲ってたから」

「そうですね。テオ君、あげると全部貰ってくれるんですよ。聞くとナッツが好物だとか」


 テオの話になるとロビンは首を傾げる。


「ん? あいつ、ナッツなんて好きだったか? そもそも今テオはどこいるんだ?」

「トイレよ。でもちょっと長いわね」

「あの馬鹿のことを放っておきましょう。それよりもどうやってマジックポケットの中から食料を奪えるか考えたほうがいいんじゃない?」

「いつも肌身離さず持ってるぞ。食料を出したらすぐに懐に戻すくらいだ。寝てる時だってそうだ」

「うええ……温度が伝わって食材が傷んだりしないわよね?」

「するか! マジックポケットの中はチーズだって発酵が遅れるんだ!」


 トニョは癖を出しながら考える。


「寝てる時も……ナッツが好み……」


 そして答えに一歩ずつ近づいていく。


「ナッツだけじゃなく、パンも消えてるんですよね。だけどジャム類は消えていない」

「ああ、そうだ」

「テオ君っていつもロビンさんと一緒に寝てますよね」

「ああ、そうだが。いつもくっついて離れようとしないんだ」

「……ふむ」


 間を置いたのちに、


「もうこれテオ君が犯人じゃないですか?」

「はあ!? あいつがそんなことするわけねえだろう!」

「僕のことは真っ先に疑うがテオ君は庇うんですね」

「たりめーだ! テオとお前を一緒にすんな!」

「だけど状況証拠は揃っていますよ」

「そ、そうだけど、テオは……盗み食いなんて」

「……まあ盗んだことにも理由があったのでしょう。今急げば、どうして盗んだのかわかるかもしれませんよ」


 そう言ってトニョは風魔法を操り、全員の身体を浮かす。


「音を遮断しつつこのまま彼の元に行きましょう。面白いものが見れるかもしれませんよ」


 トニョは楽しそうに笑顔を浮かべる。





 岩陰に隠れるとテオは服の首元を引っ張る。


「よーし、出てきていいぞ」


 襟と首の隙間から茶色の小動物が顔を出す。


「チウ! チウ!」

「こーら、あんまはしゃぐんじゃない。みんなにばれちゃうだろう」


 テオがそういうと言葉が通じたかのように茶色の小動物──ジリスは大人しくなった。


「ふふ、でもだいぶ元気になったなー。怪我もほとんど塞がってるし。よく頑張ったな」


 指先で頭を撫でるとジリス側から頬ずりする。


「よーし、いい子だ。ナッツをやるぞ」


 手のひらにナッツを転がすと肩から腕へと伝っていくラタトスク。小さい手足で拾うとせっせと齧っていく。


「いっぱい食べて大きくなるんだぞ、ラタトスク」


 小動物に触れて癒されるテオに、


「へえ、ラタトスクって名前なんだ。可愛いわね~」


 小動物と戯れ嬉しそうなテオに癒されるマチルド。


「ラタトスクといえば神話に出てくるリスの名前よね。世界樹にいたっていう」

「おう、らしいな! 拾った時はだいぶ弱ってたから強そうな名前にしたんだ!」

「へえ、優しいのね」

「えへへへ……って、マチルド!!??」


 テオがいきなり大声が出したことにより食事中だったラタトスクは驚いて手のひらから飛び降りる。


「よっと。逃がさないわよ」


 逃げようとするラタトスクの尻尾を踏んで捕まえるビクトリア。


「こ、こいつ……! 小動物のくせに隠密スキルをもってる!!? 道理で私の魔法と聴覚で探知できないわけだわ」


 踏まれてなお逃げようとするラタトスク。痛みからか悲壮感漂う鳴き声に。


「やめろ、ビクトリア! 痛がってるだろう!」


 テオはすぐさまラタトスクを取り返し手のひらで覆い隠す。


「動物の保護は本来褒められることですが……それはダンジョンの外の話です。だめですよ、テオ君。ただのかわいいリスに見えるかもしれませんが実態は魔物の可能性だってあるのですから」

「で、でも、本当にリスで」

「それだけじゃありません。貴重な食料を勝手に盗みましたよね」

「う、それは……」

「どちらも一歩間違えればパーティを危険にさらす行為です。リーダーとしていささか軽率ではありませんか?」

「それは……ごめんなさい。みんなに相談すべきだった」


 テオは素直に謝った。


「わかってくれたなら結構です。それではラタトスクを逃がしてあげましょう」

「ええ、ええ!? 逃がすの!?」

「驚くことですか? もう怪我は治っているのでしょう?」

「そ、そうだけどダンジョンは危険がいっぱいだし、せっかく拾ったのに」

「ご安心を。レディが気づかないほどの高度な隠密スキルを所持しているのですよ。きっと危険ながいっぱいのダンジョンでも逞しく生き延びるでしょう」

「で、でも、ほんとにかわいそうで、傷ついてて心細そうで……」


 トニョはずっと笑顔だった。なのにまるで重力魔法を使ってるかのように圧が強かった。

 テオが縮こまり、このまま小石にでも丸くなるかと思われた時、


「まあまあ、トニョさんよ。別にいいじゃねえかよ、一匹くらい」


 こんな時もタンクとして脅威から守ってくれるのが兄貴分、ロビンだった。


「俺はむしろよくやったとテオを褒めてやりたいぜ」

「し、師匠~! やっぱ俺の味方は師匠だけだー!」


 テオはロビンに抱き着く。

 それを見てトニョはちょっとがっかりそうに肩を落とす。


「やれやれ、良かれと思って損な役回りしましたが……わかってはいても傷つくものですね」


 ロビンはテオの脇に手を入れて高く持ち上げる。


「はっはっは、にしてもこれでテオは一人前の男だな!」

「はっはは、照れるぜ、師匠~!」

「手負いとはいえ一匹のリスを立派に捕縛したわけなんだからな」

「おう、立派に保護したぞ!」

「パンとナッツの件はおとがめなしだ! これからも続けていいぞ!」

「おおう!? いいのか、師匠!! 優しい!! 大好き!!」

「おう! 丸々と太らせてやれ! その後の調理は俺に任せろ!」


 テオの笑顔に一瞬にして消え失せる。


「……え? 調理?」


 ロビンは首を傾げる。


「ん? 調理がわからかったか? あれだ、つまり、だ」

「料理って……師匠、何を料理するんだ?」


 テオは青ざめながら恐る恐る尋ねる。

 ロビンは屈託のない笑顔で答える。


「ん? そりゃあもちろん、ラタトスクに決まってるじゃあないか」


 忘れてはいけない。ロビンは山生まれ山育ちの筋金入りの猟師だ。


「だめー! ラタトスクは食べちゃだめー!」


 テオは慌ててロビンから距離を取る。


「おいおい、テオ。リスは美味いんだぜ? 香ばしい木の実ばっか食ってるからか、肉も香ばしくてな」

「……!?!?」


 話の通じないロビンにテオは絶句する。


「ちょっと待ちなさいな、ロビン。それは……あまりにも……酷よ」

「自分はどこか非情な部分があるとは思っていましたが……まさか自分よりも心の冷たい人間がいるとは。さすがの僕もドン引きですよ」


 マチルドとトニョはきょとん顔のロビンに普通に引いていた。


「え、お前らはリスが嫌いなのか?」

「そうじゃないわよ……そりゃ他に食べるものがないなら食べるけど」

を食べる気にはなりませんね」


 テオが心底可愛がっていた瞬間を見たその時からジリスはただのジリスではなくなってしまった。


「ははん、お前ら、さてはリスを食べたことないな? 俺の故郷では普通に食べてたぞ。非常食とかじゃなく、御馳走として並んでたんだ。あれは俺が12歳の誕生日の時だった」


 ロビンはリス食のすばらしさについて説くがもう誰も耳を貸していない。


「テオ。あたしはテオとラタトスクちゃんの味方だからね」

「テオ君。悪いことは言いません。早く逃がしてあげなさい。ラタトスクのためにも、我々のためにも。食卓に並ぶ前に早く」


 テオは悩む。自分、パーティ、ラタトスク、一体何を優先すべきなのか。

 手を開く。するとラタトスクは直立した状態でテオの顔を覗いていた。

 すると、


「テオ。そのまま」


 ビクトリアがラタトスクに杖を向けていた。


「び、ビクトリア!? お前何を!?」

「何をって決まってるじゃない」


 テオが包み隠そうとする前に詠唱は終わる。


「ヒール」


 ラタトスクは暖かな光に包まれる。


「これで多少は治りがよくなるでしょう。人間とリスじゃ勝手が違うから、ちょっとした効果がないけど」


 ビクトリアは魔法を終えるとそそくさと元の仕事、探知に戻る。

 その仕事人の背中にテオは、


「あ、ありがとう、ビクトリア」


 おっかなびっくりに礼を言った。


 それを見ていたマチルドは言う。


「ほら、ビクトリアちゃんはいい子でしょう。さすがは私たちの女神」

「家の方針で宗教には肩入れせずに一定の距離を保つように言われていますが、ええ、皆さんが信者になる気持ちもわかります」


 トニョも思わず顔をほころばせる。

 そしてロビンは、


「そうそう。良質な肉にするためにはストレスは禁物で」


 聞いてもいないのに美食について語る。


「あんたはしばらく黙ってなさい!」


 そんな彼の脛をマチルドは杖で叩いた。

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