ロビンの割とどうでもいい秘密

「ていや! てーや! でええええい!」

「もっと腰に力を入れろ! 腕だけで振ろうとするな!」


 暗がりのダンジョンに木と木がぶつかり合う音が響く。

 目を覚ましたテオとロビンが木製の剣で稽古をしていた。地上の本来の時間はともかくとして彼らの時計、生活サイクルでは現在午前六時の設定だ。


「うるさーい……チャンバラするなら他所でやって~」


 昨晩遅くまで起きて焚火の番をしていたマチルドから苦情が出る。毛布にくるまって芋虫のようになっている。


「だってよ、どうするんだ? 師匠」

「すまんがちょっと我慢してくれよ、マチルド。遠くに離れてたら危険だからよ」


 敵の気配はないがいざというときに固まっていないと対処ができなくなってしまう。


「だからって~あたしの安眠妨害してもいいわけ~?」


 毛布にくるまってるがわかる。魔女のように恐ろしい顔になっている。


「とっておきの朝食を準備してやるからそれで許してくれ」

「……メニューは?」

「パンに昨日の残ったシチュー。目玉焼きにカリカリベーコンだ」

「……美味しくなったら火炙りだからねぇ」


 ひとまずは怒りがおさまったようで恨み節は聞こえなくなった。


「さてダンジョン内で徹底的に追い込んでも危ないからな。あとは素振り百回やって終わりにしよう」

「なんでだよ、師匠! 俺まだまだやれるぞ!」

「いやだから疲れるまでやっちゃダメなんだって。まあ足りないっつうなら昼飯の後でもやるとするか。それならマチルドも文句は言わないだろう」

「よくわかんねえけど次は昼寝の邪魔するなって言うんじゃないか?」

「ははっ! ありえるかもな! そんときはとっておきのディナーを用意しなくちゃだな! 酒抜きだがよ!」


 テオは素振りを始める。


「にしても師匠が一緒で大助かりだぜ」

「なんだあ急に。褒めたって回数は減らさないぞ」


 手の空いたロビンは配膳を始める。


「師匠はなんだってできるじゃないか。料理も作れるし、動物のこともよく知ってるし、剣も教えてくれるし、さすがは伝説の探検家ドレイクの最後の弟子だな!」


 カランカラカラーーン!


 重ねていた木皿が転がり落ちる。


「どうした、師匠!?」


 盛大にひっくり返したのはロビンだった。


「あ、あはは、ちょっと手が滑っただけだ。心配することはねーよ。それよりもほら、素振りをサボるなよ」

「師匠でもミスすることあるんだな」

「お、おう、あるとも。かのドレイクだって若かりし頃は羅針盤の北と南を見間違えて迷子になったこともあるんだからな」

「へえ! ためになるな!」

「おう、覚えておけよ。今の時代、男は腕っぷしだけじゃあだめ。頭もよくねえと」

「なるほどな……そうだ、良いことを思いついたぜ」

「俺にとっちゃあ嫌な予感しかしねえが……なんだ? 言ってみろ」

「俺が素振りしてる間に今みたいなドレイクのことをもっと教えてくれよ」

「う、うーん、教えてやりたいのは山々だが俺には俺の仕事があるからな」

「えー! いいじゃん、ちょっとくらい!」


 テオは木剣を捨ててロビンに抱き着く。


「お、おい!」

「お願いお願いお願い!」

「ははは、がきんちょめ! 残念だったな! 抱き着かれて落ちるのは美女と相場で決まってるんだ!」


 構わずテオは輝いた目をロビンに向ける。


「お願いだよー! 師匠ー!」

「ぐ、ぐぬぬぬ……」


 根っこは真面目で面倒見の良いロビン。テオのおねだり攻撃はかなり刺さる。なかなか振り払えずにいた。

 このまま陥落されるかと思ったが、


「こーら、テオ。ロビンさんを困らせないの」


 ビクトリアはテオの耳を引っ張って剥がす。


「ほら、素振りやってるんでしょう。1からね」


 拾った剣をテオに渡す。


「え、1? もっと振ってたような……」

「じゃあ何回まで振ったか覚えてる?」

「……うーん、覚えてないや。じゃあ1からやれば少なくなることはないな」

「そういうこと。大声あげてやるのよ。お風呂で数えるときみたいに」

「いーち! にー! さーん! よーご!」


 そう言ってテオは一から素振りを再開する。誰も触れなかったが独特な数え方をしていた。


「ありがとうな、ビクトリア様様だぜ」

「いいのよ。これくらい。仲間なんだから当然でしょう」

「……」


 ロビンは思わず面食らってしまう。


「ん? どうしたの?」

「いや、嬢ちゃんがやけに大人びて見えてさ……こう言っちゃ失礼だが本当にテオと同い年?」

「本当に失礼ね。レディに対して年齢聞くつもり?」

「だよなぁ。本当の本当に失礼した」


 自分の背丈より低いビクトリアの頭より低く頭を下げる。


「言っておくけどあなたが思ってよりお姉さんだからね」

「ご親切にどうも。ところでレディ。ランチかディナーで希望のメニューはありますか?」

「ううん、特にない」


 ビクトリアは首を横に振った。


「おいおい、遠慮はいらないんだぜ?」

「……まあそこまで言うなら……お肉かな」

「おう! 肉だな! やっぱり精が付くのは肉だよな!」

「あるのでいいよ。今後も長い旅程になるんだから変に豪華にしないでね」

「お、おう、そうかい。大人びてるなー」

「当たり前のこと言ってどうするの」


 褒めてもクールなビクトリアは二度寝しようとするマチルドの元へ起こしに行ってしまう。


「……やれやれ、みんな一癖二癖あるパーティーだな」


 ロビンは料理を再開しようとすると、


「よーごじゅう! ななじゅう! はちじゅう! きゅうじゅう!」


 癖の強い数え方が聞こえてきた。


「……まずは剣よりも数の数え方を教えなきゃな……」


 手を動かしながらも頭の中で一日のスケジュールを組みなおした。




 テオ一行は10層へと進んでいた。道中は洞窟のように窮屈で常に水たまりを踏まなくてはいけないような空間であったがここは上層とは明らかに雰囲気が違った。


(情報通り……手が加わった感じがするな……)


 目の良いロビンが身を隠しながら先行する。

 大蜘蛛と出くわした空間よりも開け、天井も高い。正方形に近い空間。

 今までと変わらない岩の壁であるが何らかの手段で切り開かれたような人工物の気配が感じられた。


(広さは……聖堂で千人規模が肘を気にせずに祈りができるくらいってところか……)

 

 空間の構造以外にも気になることが一つ。


(さらに情報によると10層ごとに門番みてえなボスがいるって話だ……どういう仕組みか、討伐しても一定時間で復活する仕組みになっている……できるなら出くわしたくないが……)


 顔を出して伺うまでもない。


 ゴゴゴゴゴ……。


 ダンジョンが静かに揺れる。

 部屋の中心の蛇が動いていたからだ。

 そう蛇。岩のような堅牢な皮膚、岩のような重厚な巨躯が馬のような速度で這いずり回っている。

 鈍く光る皮膚は手元の何の変哲もない武器ではまるで歯が立たなさそうだ。


(あ、これ、死ぬかも……)


 ロビンはおずおずとその場を離れ、仲間の元へと引き返した。




 そして見聞きした情報を若干誇張しながら伝えた。


「というわけだ。あれはかーなーりー強い。たぶん俺たちのレベルではまだまだ敵わない。悔しいがここらで諦めるとしよう。マチルド、帰還の呪文を」


 ここは謎多きダンジョンではあるがマナが濃いために地上では不可能な高度な魔法を発動することができる。

 帰還の呪文。20層までなら地上まで一瞬で帰ることができる。ただし詠唱は必須、そして発動までにラグがあり熟練の魔法使いでも必ず30秒は要する。また詠唱が途切れると一からやり直さなくていけないため、戦闘中に使う者は滅多にいない。

 使うとするならば敵に気付かれていない今である。


「え~、10層目のダーペントで根を上げるつもり? いくらなんでも早いでしょうに」


 意外にも面倒ごとは極力避ける怠け者の性格をしたマチルドが不満を漏らした。


「あたしの今後のキャリアにも関わってくるんだけど。10層の最初のボスで戦わずに逃げました、なんて一生の笑いものよ」

「マチルド。それは命あっての物種ってやつでだな」

「私もマチルドの意見に同意」


 ビクトリアが控えめな挙手をしてから発言する。


「今回はビクトリアさん味方じゃないの!?」

「私は誰の味方でも敵でもない。とりあえず一度戦うだけでもいいんじゃない? 無理そうなら撤退すればいいし」

「前衛の俺が無理とすでに判断してるんですが!?」


 そう、このパーティの弱点といえばロビンの負担が大きいことだ。

 名目上の剣士としてテオが在籍しているがまだまだ身体は未熟であり剣術も身についていない。やれることとしたら離れた場所から必勝のテオ・スラッシャーを放つのみ。事実上の後衛である。


「なあ、テオ……お前は俺の味方でいてくれるよな?」


 その肝心のテオはというと、


「師匠……なんでそんなに早く諦めるんだよ……伝説の冒険家ドレイクの弟子なんだろ!?」

「お、おま、いま、それを言うか!?」


 マチルドはぷぷぷと笑う。


「そうよ、伝説の冒険家ドレイクの弟子なんでしょう~? ダーペントなんてちょちょいのちょいなんじゃないの!?」

「いや、それは……!? 武器が充分じゃなくてだな……!」

「うわー、見苦しい言い訳……もしかして、あなた、本当は」

「あー! そうだ、マチルドに話したいことがあったんだー!!」


 ロビンは慌ててマチルドの口をふさぎ、一旦テオとビクトリアから離れた場所に。


「マチルドさん、いったいなんのつもりだい?」

「なにってそりゃ人として嘘を白日の下に晒そうとしただけよ? ここは昼過ぎの地下だけど」

「いったいどういう風の吹き回しなんですかね!? ここは風も吹かない地下ですけど!」

「えー? なにかご不満? せっかく珍しくあたしが親切をしてあげようと思ったのに」

「どこが!」

「嘘をつき続けるの、そろそろしんどいでしょう? あたしも最初こそは面白そうだから放置してたけど……ダンジョンに潜っても嘘のままじゃあね」


 ダンジョンに潜る以上、信頼は大事。小さな嘘が綻びになることもある。


「それは俺も……重々わかってるつもりだ……」

「そもそも最初から無理があるのよ。伝説の冒険家ドレイクの弟子? 彼は五十年以上も前に死んでるでしょうに。まあ一部では冒険のさなかで手に入れた魔法で不死となり今も冒険してるーみたいな夢物語を信じてるお馬鹿さんもいるけどね。本人の死体はきっちりと埋葬されてるのを信じようとせずにね」

「あー、その馬鹿正直な野郎がテオなんだよ……ちょっと彼の自伝の一文を披露しただけで弟子と思い込みやがって、あんちくしょうめ……!」

「畜生はどっちかしら? 夢を見すぎなガキとそのガキをだまして食い物にする大人」

「食い物にしてねえよ! それに騙すつもりはなかったんだ!」

「でも師匠と呼ばせたままじゃない。いい年していい趣味してるわねえ」

「ぐあ、おま、また痛いところを!?」


 急所を突かれたロビンは地面に伏す。


「剣術だってよぉ、特別なもんじゃあねえんだ! 騎士見習いになれば誰しも習う基礎中の基礎。そして俺は騎士見習いになってまだ一年の新人なんだよ!」


 積もりに積もった罪悪感を白状する。


「あらちゃんと自己紹介できるのね、えらいえらい。それをまんまテオの坊やに言ってあげなさいな」

「言えるか! いまさら! あの爛々と輝く目を前にしたら言い出せないんだよぉ! もぉう!」

「あらあら、今度は泣き出した。始末がつかないわねぇ」

「自ずと気付いてくれりゃあいいが、そんな日はすべての海が干上がるくらい訪れないだろうし……」

「じゃあ誰かに暴露してもらうしかないわよね」

「それはそれで、俺の人生に一生の恥を残すことに……ほら、嘘はばらされるより自分で白状したほうがいいじゃん?」


 どこまでも保身に走るロビン。


「あれもだめ、これもだめ。子供じゃないのよ?」

「わかってる……わかってるが……一生のお願いだ、マチルド……暴露はもうちょっと待ってくれ……」

「いいの? ここで一生のお願い使っちゃって。もっと有意義なことのために残しておいたら?」

「え、じゃあ、おっぱい揉ませてもらうために残しておこうかな~……なんて冗談冗談だってば!! 杖下ろしてください! 燃え盛る炎も今すぐ消してください!」


 頭を連続で十回下げると杖先から炎が消える。


「心が広くて親切なあたしに感謝するのよ? まだこうやって忠告してあげているだけ有難いと思うことね」

「ああ、すまないと思ってる。お前も共犯、嘘に加担させてるってことだもんな」

「謝るならビクトリアちゃんにもよ。あの子もとっくに気付いている。なぜ暴露しないかはわからないけど」

「そうだな……テオやパーティのためにも、これくらいは打ち明けないとな」


 ロビンが勇ましく決心がついた時だった。


「二人とも! いつまで話してるの!! 早くこっちに来て!!!」


 ビクトリアが大声を上げていた。


「ははは、ビクトリア。どうした、お前らしくないな、慌てた様子で」


 ロビンはのほほんと呑気に笑う。


「笑ってる場合じゃない!! 二人が長話してる間にテオが痺れ切らして一人で突っ込んじゃった!!」

「ははは、テオが一人で突っ込む? さすがのあいつもそこまで馬鹿じゃ──」

「そこまで馬鹿なの!」

「まあ馬鹿でしょうね」

「──馬鹿だな」


 満場一致で自パーティのリーダーが馬鹿と認定された。

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