早朝 女子組の語らい

 ネズミ一匹通さない厳重な守りのセーフルーム。それでも空気を確保するための穴が開いている。

 聴覚が優れたビクトリアはその穴から聞こえた音で敵の接近に気付く。彼女の耳は聴覚に優れている。ネズミの足音だって聞き漏らさない。


「……」


 静かに上半身を起こし、まだ眠っている仲間たちを観察する。


「マスター……ワインもういっぱ~い……」


 マチルドは象牙の杖を抱き枕にして夢の中で酒に浸り、


「ししょう~みろよ~……海からマッコウショウブクジラが~」


 テオはロビンを抱き枕にして夢の中で大冒険をしていた。彼の餌食まくらとなったロビンは苦しそうに唸っていた。


「……」


 ビクトリアは身支度を整えると出入り口に向かう。


「……身体強化」


 出入り口の扉は重い。子供には絶対に開けない。自身にバフをかけて、音を立てないよう気を配ってこじ開ける。

 子供がギリギリ通れるほどの隙間を残し、ダンジョンの奥へと単独で向かう。

 三分ほど歩いて足を止める。


「ここらへんで迎え撃つとしますか」


 周辺は迷路で、足元には石ころが大量に転がっている。


「ちょうどおでましね」


 カタカタカタ……。

 もう二度とかみ合うことがない奥歯が重なる音。

 骸骨の騎士スケルトンナイトが三体現れる。すでに目はないのだがビクトリアの姿を確認すると否や目の色が変えて襲い掛かってくる。


「あんたらの信じる宗教知らないけど望むところに行けると良いわね」


 ビクトリアは石を投げて応戦する。頭蓋骨を粉々に砕くと再起不能になった。


「やっぱり。レベルが上がった今なら倒せなくもない」


 例えばHPよりも高いダメージで一撃で葬れば不死性を封じられるようになっている。どういう原理かは今は置いておく。


「あの馬鹿もちゃんと成長してるってことね……」


 仲間が殺されても骸骨の騎士は怯まない。剣を振り回して襲い掛かってくる。


「ふん!」


 振り下ろされた剣をギリギリで躱し、石を投げつける。


「よしあといっぴ──」


 しゅん!

 風切り音が聞こえた。

 ビクトリアは闇の中から飛んできた矢を躱す。


「残念。私は耳が良いの」


 奥から弓矢を装備した骸骨の騎士が現れる。


「そりゃいるわよね、剣士もいれば弓使いも」


 囲まれる前に距離を置こうと足を動かすも、服が地面に引っ張られる。

 敵の飛ばした矢が服に刺さり地面につなぎとめていた。


「やばっ」


 矢を抜こうとするが抜けない。その間にも剣を振り回す骸骨の騎士が迫ってくる。


「くそ、こんなとこで私は、私は……!」


 その時、悔し涙を流すビクトリアの脇を、


「ウォータースプラッシュ!」


 木の葉程度なら突き破りそうな勢いの水鉄砲が通り抜ける。

 もろに直撃した骸骨の騎士は組まれていた骨をバラバラにする。どれが足で、どれが腕かもわからない。それでもカランカランと音を立てて復活を始める。


「させないよ! アイスアロー!」


 たちまち辺りは凍結する。復活しようとしていた骨たちも動きを止めた。


「この魔法、もしかして……」

「つれないじゃないの、ビクトリア。おトイレに一人で行こうなんて」

「……マチルド。下品」


 マチルドが参戦する。いつものトンガリ帽子もない。服も薄着に一枚を被っただけと軽装。寝ぐせもそのままだった。明らかに急いできたと見て取れる。


「そんなことより早くトドメ刺してくれない? 後がつかえてるんだけど」


 暗闇の向こうからまだ骸骨の騎士が続々と姿を現す。


「あと二人は?」

「声かけても起きなかった」

「あの馬鹿ども……」


 怒りに震えるビクトリア。その怒りのおかげもあって矢が抜ける。


「でもこれしきの敵、あたしたちだけで充分でしょう?」

「……そうね。それとマチルド」

「ん、なに?」

「……たすけにきてくれてありがと」


 素直ではない少女の、小さなお礼。


「えー? なにー? 聞こえない? もう一度言って~?」


 ビクトリアはわざとらしく聞き返す。


「耳遠くなる年齢としでもないでしょうに!」


 その後怒り状態のビクトリアが休むことなく投石を続けて骸骨の騎士たちを討伐したのだった。





 骸骨の騎士たちの亡骸はマナとなって霧散するが所持してきた武器はその場に残る。

 彼らは元を辿れば魔物ではない。ダンジョン内の濃すぎるマナによって魔物と化してしまったのだ。


「あいつらが持ってた武器、どれにも同じ紋章が刻まれてるわね」

「それにあの剣技……ロビンがテオに教えている技そのものだった」

「つまり答えは一つ……あいつら、元は人間で、あたしたちより先に潜っていた討伐隊の成れの果てね」


 無から魔物が生まれるのであれば、死んだ魂が魔物に変わってしまうこともありえなくはない。


「あたしもここで死んだらああなっちゃうのかしら。せっかくたわわに育った胸もどっか行っちゃうのね」

「骸骨の騎士はね、ただ死ぬだけじゃならないよ」

「あら、条件があるの?」

「飢え死にするとなりやすいってのはよく聞く」

「……なるほど。あいつらの骨、あんまり傷がないのはそういうこと」


 第一陣隊の噂は広く出回っている。主に悪いほうで。初期は情報が少なかったとはいえ、数をそろえばなんとかなるだろうという楽観的かつ無計画な作戦を実行し、多くの命が玉砕した。

 玉砕と言えば聞こえはいいがそのほとんどの死因が餓死であったとされている。ダンジョン内では人間が食べられる肉すら満足に入手ができない。そんな初歩的な情報も調べずに人員を送ることだけに愚かにも権力者たちは満足してしまっていたのだ。

 この手痛い失敗を経験してか、それ以降の討伐は少数精鋭に切り替わる。しかし大人数での討伐もデメリットばかりではない。ダンジョン内の地図、障害となる敵の情報、潤沢な食料、適切なスケジュールが揃えば短期間の攻略も夢ではない。現時点では現実的ではないだけだ。ドラゴンの討伐も通常は大人数で行う。きちんと時間をかけ準備さえ整えれば人間もそこまで愚かではない。


「マチルドのおかげで早く終わって助かった。馬鹿どもが起きる前にさっさと戻りましょう」


 そそくさとビクトリアが戻ろうとするが、


「待ってよ、ビクトリアちゃん。仲間思いなのはいいけどさ、もうちょっとゆっくりしていかない?」

「とっとと二度寝したいんだけど」

「お願いよ、ビクトリアちゃん。ピンチを助けてあげたでしょう?」

「あれくらい、私一人でも乗り越えられたから」

「そこをなんとか。お願いお願いお願い」

「わかった。わかったから、馬鹿テオの真似しないで」

「やった。ビクトリアちゃん、大好き」

「はあ……あんた、出会った頃とキャラ変わってない?」


 ビクトリアは観念して腰を下ろす。さっきまで誤魔化していた足の震えがぶり返す。バフをかけても元は未発達の少女の身体には休息が必要だった。


「実はさ、ビクトリアちゃん。あたしさ、さっき嘘ついたの」

「私を大好きって言ったの?」

「それはホント。あたしが嘘をついたのは男どもに声をかけたってこと。本当は何も言わずに出てきたの」

「どうして?」

「どうしてってそりゃ、ビクトリアちゃんと二人でゆっくり話したかったからよ。あーあ、でも失敗した。急いできちゃったからお茶を忘れちゃったわ」

「砂糖抜きのお茶は飲めないわよ、私」

「あら、意外と子供舌?」


 ビクトリアは子ども扱いされてむっとなる。


「いい? 私、あなたが思ってるよりお姉さんなんだからね?」

「そう、お姉さんなのよね、ビクトリアちゃん。ひょっとしたら、ひょっとしたらなんだけどさ、それって?」

「帰る」


 ビクトリアは急に立ち上がるもバランスを崩す。疲れはまだ抜けていない。


「気を悪くしちゃったらごめんなさいね。でもビクトリアちゃん、真剣に聞いて。あたしはあなたのことが好きよ。それは嘘じゃない、本当なの」

「……」


 気が遠くなるほどの時期を少女として過ごした少女は、今一度腰を下ろす。


「自分だってわかってるんじゃない? 片時も離れていなければいつかはバレるって」

「はてさて、マチルドがなんのことを言ってるか、私は子供だからわかんないなー」

「もう、都合が悪くなると子供になるんだから」


 マチルドは困ったように苦笑する。


「わかるように言うね。ビクトリア、あなた、エルフでしょう?」

「どうしてそう思うわけ? 耳だって長くないでしょう?」

「姿なんていくらでも魔法で偽装できるでしょう?」

「私は全然魔法得意じゃないよ? 知ってるでしょう」

「そうね。でもその耳を隠す魔法をかけたのがビクトリアちゃん以外だとしたら? 例えば賢者級の偽装魔法なら、鑑定のステータスにも乗っからない。でももしも高レベルの魔法使いに鑑定されたら……バレちゃうんじゃない? 例えばトニョとかにさ」


 ビクトリアは首を横に振る。


「マチルドはまだ寝ぼけてる。証拠なんてなんにもないじゃない」

「そうね、証拠にも満たないけど……骸骨の騎士の挙動が気になってね。どういうわけか、ビクトリアちゃんばっかりを狙うのよね。挑発スキルを使ったわけじゃないのにさ」

「……」


 ビクトリアは肯定も否定もせず黙秘を続ける。


「エルフと言えば言わずと知れた長命種。いつまでも若々しく保っているマナに、生きているわけでも死んでいるわけでもないアンデッドは嫉妬したんじゃないかなってさ」

「……何もかも推測の域を出ていない。魔法のテストがあったら赤点ね」

「でしょうね。あたし、魔法の座学は苦手なのよ」


 マチルドは悔しそうに、寂しそうに笑顔を浮かべる。


「……どうしてこんな話をするわけ? 下手したら仲が修復不可能になるかもよ?」

「かもね。あたし、人付き合い苦手だからさ」

「じゃあ何だったら得意なの」

「わかんないわ。あたし不器用だから。不器用だから魔性の女を演じて弱い自分を悟られないように隠してたのよ。でも不器用のくせしてさ、いろんなことをやりたがって、それで諦めが悪いのよね」

「何がしたの、マチルド」

「いいえ、ビクトリア。あたしは何もしない。するのはあなたよ。もしも辛くなったらいつでも仲間に真実を打ち明けていいのよ。あたしは先に根を上げて誰にも話したくない過去を話した。恥ずかしかったけどさ、今はそれでよかったと思ってる。ほんと気が楽になった。だからね、あなたも──」

「マチルド。私はあなたと違う」


 ビクトリアは震えを抱えたまま立ち上がる。孤高であり威厳に満ちていたが哀愁が漂う。


「戻りましょう。セーフルームの扉、あけっぱなんでしょう? 寝てるうちに魔物が侵入されたら危険だもの」

「……うまくかわされちゃったね、仲間思いのビクトリアちゃんに」


 マチルドも立ち上がり、元来た道を歩く。


「でもこれが最後じゃないからね。どんな手を使ってでも口を割るから覚悟しててね」

「何のことを言ってるかわからないけど、私は口が堅いから何をしたって無駄だよ」

「そう? じゃあとびっきり甘いお菓子を用意したら、さすがにビクトリアも口を割るんじゃない?」

「それは……………………………………割らない」

「あはは! そっかそっか!」


 マチルドは愛くるしいビクトリアの髪を撫でる。


「こーら。子ども扱いしないの」


 それでも撫でる手は止まらない。


「妹がじゃれてるんだよ? お姉ちゃんなら我慢しないと」

「こんな大きくてうざったい妹いらない!」

「え~」


 来た道は別々でも戻る道は一緒の二人だった。

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