ノワールの刺客と悪魔

 リチャードは自分の持つすべての情報を打ち明けた。自分がエキドナを発見し、最深部まで掘り進め攻略したこと。そして現れた真の敵のことも。唯一の部下に裏切られたことも。


「……状況は想定よりも最悪ですね。そうですか、よりにもよってダンジョンにテイマーが現れるとは」


 トニョは笑みではなく苦い表情を浮かべる。


「そんなにテイマーってのは厄介なのか?」


 テオはわからないことがあればすぐに聞くことができる。


「そりゃ厄介ですよ。ダンジョンにいる魔物を手足のように操れるのですから。それだけではありません、ダンジョンとテイマーは相性が良すぎるのですよ?」

「相性? なんのだ?」

「テイマーのスキルが経験値の共有なんです。自分が使役テイムしている魔物が他の魔物を倒した時の経験値が自らにも入ります」

「ん? それって普通に俺たちのパーティーと同じじゃないのか」

「違うのがその共有できる数です。パーティでの経験値の振り分けの限界はせいぜい6人。そしてそれが貢献度には寄りますがほぼ平等に振り分けられます。ですがテイマーは違います。もしも一匹の魔物が敵を倒した時、振り分けられる経験値は倒した魔物とマスターのみに絞ることができます」

「えっとそれはつまり……?」


 テオの理解がつまずくとマチルドが助け舟を出す。


「例えばあたしとテオだけで魔物を倒したら、あたしたちだけにたくさんの経験値が入るってこと」

「えー、そんなの嫌だぞ。みんなで平等に強くなりたいぞ」

「何言ってるのよ。自分一人だけズンズン成長してるくせに」


 ビクトリアが面白くなさそうにテオを睨む。


「テイマーのメリットはそれだけではありません。駒をあっという間に乗り換えることができます」

「……独楽?」

「駒よ、駒。回すほうじゃなくてチェスのほう」

「俺、チェスよくわかんない……」

「いつかルールを教えますね。一緒に遊びましょう。ですが今はテイマーの特性の説明です。例えば自分の魔物がレベル差で倒されて死んでしまったとします。その時使役できる数に空きができます。しかしマスターのレベルがその味方を倒した敵よりも上回っていればそいつを使役すればいい。空いた戦力を補うどころかより補強になってしまうのです」

「うう! そんなのひどいぞ! 自分のために戦った魔物をあっさり切り捨てるなんて」

「ええ、ひどい話です。ですが善悪はともあれ効率的であるのは確かです。魔物を使役して自身をレベルアップし、テイムする魔物の強さや数を広げていく。それがテイマーというもの。魔力が無限のように吹き出るここエキドナとの相性は最悪なほどに最高なのです」


 トニョのほどの実力者ですら思いつめる強大な敵。彼の実力をまざまざと感じる魔法組の二人にも緊張が伝わる。


「……ん? テイマーって魔物を大量に使役できるのか」

「ええ、そうですよ。それが何か」

「もしかして師匠の故郷が襲われたってのは」


 テオはリチャードの顔を見る。


「ああ、その通りだ。奴こそが真なる悪。向かうべき道が一つとなり、吾輩も嬉しいぞ」

「おう、そうだな! リチャードと戦わなくて済むってことだ! だよな、師匠」


 親愛なる隣人と戦わなくて済むと知ったテオと違い、真のかたきを見つけたロビンはというと、


「ああ、そうだな! リチャードと戦わなくて済むとわかって俺もほっとしてるぜ!」


 満面の笑みを見せていた。


「安心しろ、ロビン。貴様の敵討ちに吾輩も参加しよう。貴様の夢も大きく前進したと言えよう」

「えっへっへ、そりゃ……どうも」


 一瞬だけロビンは真顔になる。


「あんたと戦えるならそれ以上に嬉しいことはねえよ!」


 その後、すぐに人懐っこい笑顔を取り戻した。


 彼の異変に気づく者は少なかった。

 テオはリチャードとの再会に喜んでおり、リチャードもまた推しとの血まみれの悲劇の回避に喜んでいた。

 トニョは今後について気を重くしていて周囲の気を配る余裕がなかった。

 唯一気づけたのがマチルドだった。


「ねえ、ビクトリア。ロビンが」


 情報をビクトリアと共有しようとするも、


「しっ、後にして。強敵が来てる」


 ビクトリアはすぐさま全員にバフを配る。

 そして目の前の暗闇へと語り掛ける。


「こそこそしてないで出てきなさい。あまりにお粗末な隠密ね。それで隠れているつもり?」


 彼女の耳が上下に揺れる。


 読み通り、暗闇から敵は現れる。頭の上には獣の耳が生えていた。


「獣人!?」


 トニョは魔法を展開し、より強度な臨戦態勢に入る。

 テオも剣を抜き、ロビンも盾を構えた。


「ああ、もう、こんなときに!」


 言いたいことは山ほどあったが仕方なしにマチルドも杖を構えた。

 

「待ってくれ!」


 その中で戦う準備をしていない、できていない者が一人。


「まずは話をさせてくれ!」


 リチャードだった。

 彼がそのような反応を示すも仕方がない。


「……シロくん。久しぶりだね」


 彼らの目の前に現れたのはシロ改めノワールの忠臣ブラン。


「……」


 彼女は返事をしなかった。もはや語ることはないと言葉に出さず態度で物語る。


「……言いたいことは山ほどあるが、これだけは一つ言わせてくれ」


 リチャードは深呼吸をしたのちに大声で叫ぶ。


「なんだああああその破廉恥な格好はああああああ」


 以前は手足以外ほぼ肌を露出しないフォーマルな格好だったが趣向をがらりと変え、隠すところだけ隠すは過激な衣装……呼べるかも怪しい。もはや紐。

 まさに衣類を着用しない、獣のように変貌していた。

 眼鏡も外してしまっていた。


「さてはノワールの仕業だな! シロくんの衣装を脱がし、あまつさえ眼鏡も外すなど言語道断!」


 リチャードはひとしきり憤った後に改めて彼女の格好を見る。


「……」


 氷のように表情は固まり寡黙な彼女。しかししっかりと生きているようで呼吸のたびに胸が上下する。そのたびに紐がずれて見えてしまいそうになる。初めて出会った時ぶりに見る柔肌。ずっと地下に住んでいるため日を浴びず白い肌のままだがより肉が付いたような気がする。


「いや、これもありっちゃあ……いや! なしだ! 吾輩は裸になればいいなんて趣向を持ち合わせていない! 見くびらないでくれよ、シロくん!」


 首を振って煩悩を払い落す。


「くそう、ノワールめ! 吾輩の心を乱すためにこんな衣装を着せたシロくんを送り込んできたのだな! 卑劣な! なんて悪趣味な作戦を取るんだ!」


 真偽、経緯はどうであれ、彼女の衣装は男の心をかき乱すのに充分に役立っていた。


「すっぽんぽんだ! すっぽんぽんの女が出てきた!」


 テオもまたその一人だった。剣を握るのも忘れて見入っていた。うら若き少年である彼にとっては性的というよりも奇異に映って見えた。


「馬鹿テオ。鼻の下が伸びてるわよ。すけべ」


 ビクトリアがちくり。


「のののの伸びてねえし! すけべじゃねえし!」


 年頃のため、すけべ扱いされると全力で否定する。


「あらら、テオ。別に恥ずかしがることはないのよ。お年頃なんだから普通なのよ」


 マチルドは大人の女性として余裕をもって理解を示す。


「違うぞ!! マチルド!! 絶対に違うから!!!」


 テオは必要以上に否定した。


「それとロビン。あんたもデレデレしてんじゃないわよ」


 ビクトリアはそう忠告するが、


「あ? 俺が? なんで?」


 ロビンはしっかりと盾を構えて臨戦態勢に入っていた。彼の目には必要以上の、これまで見せたことのないほどの戦意の炎を燃やしていた。


「……意外。女性にだらしなさそうなイメージだったのに」


 きちんと分別がつくタイプなのか、それとも……。


「み、皆さん……よく悠長におしゃべりができますね……」


 トニョは苦しそうに息を吐く。


「僕よりもレベルの高い者が二人もいる……こんなところに長居したら気がどうにかなってしまいそうです……」


 熟練の魔法使いは常に自分の目に映った者の実力を測るように魔法を展開している。スーチカとは違う、また別の測定魔法。

 彼の目はよく見えすぎていた。見えなければいいものも見えてしまっていた。


「おいおい、シロさんとやらよ。出てきてもらったところ悪いけど邪魔するなら帰ってくれるか」

「ロビンくん! 帰ってもらっては困る! ここで彼女を説得し仲間に戻ってもらわなくては!」

「……と元上司は言っているがどうなんだ?」


 元秘書は返事をするでもなく、深いため息をついた。


「使えませんね」

「あ?」

「使えないと言ったのです」


 姿格好は変わっても毒舌に変わりはない。


「紙のように薄いタンク、緊張感のないリーダー、魔力量だけが売りのヒーラー、いてもいなくても変わらない魔法使い、強者にビビる魔法使い。そして未だに現実を見ていない……これが私から見るあなたたちの総評です」

「へえ、評判通り随分と口が悪いじゃねえかよ」

「あなたは評判よりも弱そうに見えますね」

「あんだと……!」

「ロビン。安い挑発に乗らないの」


 頭に血が上るロビンに対し、ビクトリアがそう釘をさすが、


「師匠をなめるな! 俺たちをここまで守ってきてくれたんだぞ!」

「リーダーのあんたが一番に挑発に乗ってんじゃないわよ、馬鹿テオ……」


 ノワールの刺客ブランは再び深いため息をつく。


「このままではあなたたちは最深部どころかノワール様にも追い着くことはないでしょう」

「ははは、それはどうかな」


 リチャードは笑ってみせた。


「あいつ如き器が70層ならともかく80層を攻略できるとは思えんな。頼りなく見えるがダンジョン攻略者の吾輩がついているのだ。必ず奴の野望を止めてみせる。そして君も──」


 元主の説得を遮るようにまたもため息をこぼす。


「やはり浅はかです。我が主の野望はダンジョン攻略にありません」

「わかっているとも。人間に深い憎しみを持つ奴はテイマーとして着実に力をつけ、そして魔物の大群で地上を」

「何度も言わせないでください。浅はかです。我が主の野望はより崇高。魔物の大群を地上に放ったところでせいぜい一国を落とす程度。マナの薄い地上ではどんな強力な魔物でも一か月で死滅してしまいます」

「……奴の野望はそれ以上だと言うのか」

「ええ、我が主が目指しているのは……悪魔の召喚です」

「悪魔の召喚ですって!?」


 トニョが震えた手で位置を直そうと眼鏡のブリッジに手を伸ばすが眉間に突き刺さる。


「ありえない……! いくらテイマーの起源がソロモンの指輪とされてはいるが今、この時代に悪魔の召喚し使役しようというのか? 馬鹿げてる……あまりに馬鹿げてる!」


 強く否定するが手の震えは止まらない。


「……なあ、ビクトリア。悪魔ってそんなに怖いのか? トニョがあんなに怖がるなんて」


 テオはビクトリアの肩を突いて尋ねる。


「……馬鹿テオ。相変わらず緊張感がないんだから。でもまあ悪魔は我々、命ある者にとって脅威そのものよ。悪魔とは魔物よりも高濃度のマナで構成された意思。そのマナ濃度は太古の昔、星中にマナを降り蒔いていた龍に並ぶとされる。だけど龍とは根本的な違いがある。龍は自然そのもの。空の上を漂う雲、海に向かって流れる川。時に雲は大雨をもたらすし、川は人を飲み込む。でもそれは人をいじめようとか罰しようとかそういった意思があるわけではない。自然があるがままなの。人間が水を求め歩いている最中に気付かぬうちに虫を踏んづけてしまうようなもの。だけど悪魔は違う。善悪の分別がつきながらも明確な意思で人の脅威となる存在。例えば火山の噴火は普通は天に向かって吹き出す。運が悪ければ溶岩に巻き込まれたり噴石にぶつかって命を落とすこともあるでしょう。これが龍だとするなら悪魔は人のいる街に火口を作り出し噴火させるような存在。命ある者を選り好みし痛めつけることに長けた、生きてる間は絶対に会いたくない連中よ」


 ビクトリアに説明に白毛の刺客は感心する。


「ほう、魔力量だけでなく知識量もありましたか」

「ふん。舐めるんじゃないわよ」

「しかし付け足しておきましょう。悪魔も全てが命ある者の脅威となるわけではありません。時に人の助けにもなる悪魔も存在するということを」


 テオが質問する。


「ええ!? じゃあエキドナに召喚する悪魔はどっちなんだ!?」

「それは、脅威と成すほうです」

「だめじゃん!」


 僅かな確率に賭けたが撃沈。


「馬鹿テオ! そんなの聞かなくてもわかることでしょうが! 親玉はなんかしらんけど人間に強い恨みに持ってるみたいだし!」


 ビクトリアは杖の先を何度も地面に突いて怒る。


「……それにしても悪魔を召喚するって正気? 難易度で言えば龍の再現するようなもの。必要な魔力も気が遠くなるほど膨大。雷すら生み出せない人類の魔法がそんなことできるわけ?」


 その問いには元エキドナの主リチャードが答えた。


「確率としてはだろうな」

「……引っかかる言い方ね。どういう意味よ」


 白毛の刺客が肩を落とす。


「ナンセンス。落第ですね」

「だから何よ! 私にわかるように言いなさいよ! 年上を敬いなさい!」

「私は親切なので膨大な魔力量と高度な年齢を誇るエルフに特別に教えてあげましょう」

「きぃ! 言い方!」


 怒るビクトリアを気にせずに説明を続ける。


厳しいでしょう。ですが未来はわかりません」

「今はって……いやそれってもしかして!?」

「ようやくわかったようですね。。何せ魔力へと変換する命がいくらでも湧いて出てくるのですから」


 彼女の言葉は命を命として見ない、冷たく突き放したような言葉だった。

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