19層 静かすぎるダンジョンとテオ

 チョータフを突破したテオ一行は19層を進む。


「静かだな……」


 ロビンが何気なしに言った。

 道中は快適そのもの。敵が全然出てこないためスムーズに進む。どこかに魔物が隠れて出てこないというレベルではない。

 あまりにも静かすぎた。不気味なほどに。

 不気味ではあるが悪いことばかりではない。楽に進めるからだ。

 それよりも静かすぎるために不気味さよりも気まずさが負担となり重くのしかかっていた。


「……」


 賑やかし役のテオがずっとだんまりだった。寝ている時でさえ寝相がうるさい彼に元気がなかった。原因はチョータフの討伐を引きずっていたからだ。


「……」


 こういう時は便利屋であるロビンが代わりとなってムードを盛り上げるのだが彼の不調の原因でもあるために誰よりも気まずさを感じていた。肝心な時に弱腰になるのも彼らしい。


「……」


 ビクトリアはというと、気まずい空気を感じ取りながらも我関せず。せっせと探知魔法で安全確認をしているのも忙しいから何もしませんと言い訳しているようだった。


「……はあ」


 マチルドはため息をつく。


(仕方ないわねぇ……あたしがひとはだ脱ぐしかなさそうね)


 面倒くさがりだが仕事は真面目な彼女。目的を達成するためにも行動に移る。とは言っても特別なことではない。


「あーあ、お腹すいたわね」


 仲間たちに届くように大きな声で言う。


「お腹すいたって……まだ夕食の時間じゃないだろう。それに今日は最低でも20層をクリアしてから──」

「ステーキ」

「……はあ?」

「活きのいい牛。草原を元気に走り回って適度な運動を加えた、赤身と脂のバランスが整った牛肉」

「お、おい、やめろ」


 マチルドは呪文を唱えた。もっともマナも魔力も使わない、エコロジーながら恐ろしい呪い。


「油はオリーブオイル。鉄のフライパンにひたひたにして両面ともじっくりと焼く」


 ダンジョンどころか地上の生活でもめったにありつけない豪華な食事。節制が強いられる食事生活を送っている中でそんな食事の話をされたらたまったものではない。


「まじでやめろ、すでに小腹が空いてる時間帯にそれはやばいって」


 止めるロビンの腹の虫が鳴る。


「……焼くときは塩と、薄めに切ったニンニクを添えて」

「きゃーー!!! やめてーーーー!!! 今すぐその呪詛の言葉とめてえええええ!!!」


 一番ダメージを食らったのが意外にもいつもは大人しいビクトリアだった。食事についてはかなり機敏だった。


(まあ、このくらいにしておこうかしら)


 壮大な前振りは終わった。


「ねえ、テオ。あなたもそう思わない?」

「……俺?」


 いきなり話を振られ遅れて首を上げる。


「あなたも牛のステーキ好きよね?」

「……うん、好き。ハンバーグも」

「ハンバーグもいいわよね。お姉さんも好きよ。あの柔らかい触感がいいのよね」


 二人が会話する横で、


「……お姉さんって自称する年齢としか?」

「……私は断然ステーキ派。ハンバーグは玉ねぎが入っているから」


 小声で漏らしているがきっちり聞こえている。


(ビクトリアちゃんはいいとしてロビン、あなたは後で覚えておきなさいよ)


 マチルドはひとまず目の前の仕事を片付けにかかる。


「地上に戻ったら食べたい?」

「そりゃ、まあ」

「もしも魔王を倒したら、ステーキは何枚でも食べられるでしょうね」


 その言葉にテオの顔つきは変わる。明らかに食いつきが違った。


「英雄でしょうからね、きっと無料で、十枚でも、百枚でも食べられるでしょうね! こーんな分厚いステーキを」

「ステーキが……何枚も……!!」


 テオのやる気が戻ってきた。鳥に例えるなら羽ばたきが戻ったようなもの。あとは放っておけば風に乗って空でも飛んでいきそうな勢い。

 しかしここであえてマチルドは冷たく突き放す。


「そう、きっと、家畜の牛さんが何頭も食べられることになるでしょうけどね」

「うっ……」


 ゆっくりながらも進んでいた歩みが止まる。


「おい、マチルド。サディスティックだからって趣味が悪いぜ」


 見かねたロビンが止めに入ろうとするも、


「役立たずは黙ってなさいな」

「や、役立たず……」


 落ち込む彼に微笑みかける。


「心配しないでロビン。あたしに子供をいじめる趣味はないわ」


 ここからが本題。


「人間って残酷よね、テオ」

「……」


 テオは俯いたままだった。


「こんな人たちでも助けたい?」

「……あの、さ」


 テオは顔を上げた。


「孤児院にいた頃、牧場へ手伝いに行ったことある。餌やりとか草とか掃いたりするの」

「へえ、そうだったの」

「じいさんとばあさん、二人がいた。手伝うとすっごくニコニコしてありがとうって言ってくれた」

「いい人たちだったのね」

「うん、良い人たちだった。そんでお礼にステーキをふるまってくれた。めちゃくちゃ美味しかったし、すっげー腹いっぱいになった。いつもは不機嫌なビクトリアもこの時は笑顔だった」

「いきなり私の過去を勝手に話すのやめてくんない?」


 眉間にしわを寄せる。


「まあまあ今は静かに見守っていようぜ」


 ロビンはビクトリアの肩をもむ。


「……命を奪うことをあんまり、悪いっては言えない。悪いって言ったら、あのじいさんとばあさんも悪いってことになるから」


 マチルドはテオの頭の上にそっと手を乗せる。


「マチルド?」

「えらいわよ、テオ。そこまでわかってたのね」

「そこまでわかって……いや俺はなにも……いいか、わるいかもぜんぜん」

「それでいいんじゃない?」

「それ、でいい……?」

「大人になるとね、世界にはいろんな考えの人がいるとわかるわ。動物の命を奪うことをよしとする人も許さない人もいる。肉を食べる人もいれば食べない人もいる。この世を全部善悪で正しく区別しようなんて一生かけて考えても無理でしょうね」

「……わかんねえ。それで、ほんとうにいいのかな」

「そうね。一生かけて考えても無理でしょうけど、あたしは時間の無駄ではないと思うの」

「……マチルドも何度も考えたことがあるのか?」

「当然でしょう。百回考えて百回とも答えは出なかった。ステーキを食べると思い出したように家畜というやり方は倫理的に許されるのかと考えるけど……」

「考えるけど……?」

「美味しくて、つい考えるの忘れちゃうのよね」


 マチルドはぺろりと舌を出した。


「……ぷっ。なんだよ、それ」


 テオは吹き出す。元気だけが取り柄の彼に笑顔が戻る。


「ふふ、元気になったようね。やっぱりテオは笑顔でなくちゃね」

「うん、元気になった! よーし魔王ぶったおしてご褒美にステーキ食べるぞ!」


 完全復活を果たす彼を見届けたロビンとマチルドはほっと息をこぼす。


「俺はステーキよりもいいご褒美にありつきたいもんだがね」

「じゃあロビンの分のステーキは私が頂くわね」

「うちのルーラーは肉食系ね~……」


 マチルドが杖を振り回す。


「さあ、そろそろ19層終わりのようだし、ちゃちゃーと終わらせてちゃちゃーとご飯にするわよ!」

『オー!』


 それが音頭となって全員が手を上げる。



 

 マチルドは前衛に先を行かせたのちに、


「ねえ、ビクトリア。19層を進んでるけど大丈夫そう?」

「……もしかしてさっきの変な雰囲気のことを言ってるの?」

「そうよ、珍しく怯えてたじゃない」

「怯えてなんかいないし……でも、今は不思議と大丈夫なの」

「そう? 平気なの?」

「うん、でも、さらに先にも似たような気配があるかも」

「そう、無理はしないでね」

「……マチルドってさ」

「なに?」

「……意外と気配り上手?」

「意外となによ、意外とって」


 楽しく談笑する、彼女たちの足元には骨と壊れた武器が多く転がっていた。





 しばらく歩いたのちに扉が見えてきた。これを通れば20層に入りボス戦に突入する予定だったが、


「おい、待て……物音が聞こえるぞ」


 ロビンが真っ先に気付く。


「私も聞こえた。剣の音に……魔力の気配もする。扉の向こうで戦闘になっているんだ」


 ビクトリアは離れた位置の微かな魔力の動きを感知した。


「先客と被っちまったか! 貴重なレベル源が!」

「あたしはそんな悪いとは思わないけどね。面倒で危険な敵を倒さずに進めるならそれでいいし」

「私もマチルドに同意。経験値ならチョータフで十分稼いだし」

「俺はどっちでもいいぜ! テオ・スラッシャーの前なら怖いものなしだ!」


 マチルドは方針を確認する。


「どうする? この扉今すぐ開ける? それとも戦闘が終わるまでやり過ごす? あたしは戦闘が終わったのを見計らって先に進みたいわね」

「俺は今すぐにでも開けるべきだと思うね。ボスがどんな姿か確認したいし、先客の顔も見ておきたい。協力できるか、そうでないのかも見極めたいしな」

「ねえ、二人とも」

「牛歩作戦。先に行かせれば他のパーティと被ることはないし、運が良ければ弱ったボスを少ない労力で倒せるかもよ?」

「おい、それ先客が戦死したパターンじゃねえか! 縁起でもねえ!」

「二人共ってば!」


 作戦会議に夢中になっていた二人はビクトリアの大声にようやく気付く。


「どうした? ビクトリア、声を上げて。なにか作戦があるのか?」


 彼女は生焼けのピーマンを食べたような苦悶の表情を浮かべていた。


「……またです」


 マチルドが聞き返す。


「……また?」


 ビクトリアはうなずく。


「元気を取り戻した馬鹿テオが、また先走りました」


 すぐそばにいたはずの勇者の姿は、そこにはなかった。

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