19層 虹色に輝く亀の魔物チョータフ戦
ダーペント戦でレベルアップを遂げたテオ一行はしばらく道中の敵とエンカウントしても難なく倒すことができた。この頃からHPと防御力が成長してきたテオもレベル差があり鈍重な敵であれば戦闘に加わるようになった。そんな彼にうってつけの敵がいた。
「大将! トータフを見つけた! 頼むぜ!」
タンクから斥候に切り替わったロビンに呼ばれた瞬間、
「おっしゃ! 任せろ!」
数少ない活躍の場を得た彼は飛んでいく。
「勝負だ、トータフ!」
戦意をメラメラに燃やす彼に対し、
「たふぅ」
トータフはまるでチャンピオンのような余裕、風格を纏っていた。
トータフは亀の魔物。動きが鈍く反撃もしてこないため脅威はないに等しい。初心者の良い経験値稼ぎになりそうだが未だにダンジョンに多く生息している。その理由はというと、
「テオ・スラッシャー!!!」
隙だらけの大振りな攻撃だが並大抵の魔物を一瞬で葬る必殺技。
トータフはこれをモロに受けたのだが、
「たふぅあ?」
何が起こったわからない顔をしながら呑気にあくびをした。
「バフがかかっていないとはいえ大将の必殺技でもHPが一割残るのか。やっぱかてええな」
「ちくしょう! また一撃で倒せなかった!」
そう、トータフは恐ろしく硬くHPも多い。そのうえ魔法耐性もずば抜けて高いために相手取ると時間がかかる。
タイムパフォーマンスが低いため、多くの挑戦者は脅威にならないのであればスルーしてしまう。
「ほんじゃ大将。トドメの一撃よろしく頼むぜ」
「さらばだ、強敵。相手が悪かったな」
今度は必殺技を使わずに普通に攻撃。
甲羅にヒビが入るとトータフは力が尽きる。
「た、たふう……」
そしてマナに還って霧散する。
厄介者とされるトータフにも天敵がいた。それこそがレベルが低いながらも攻撃力がすば抜けて高いテオだった。必殺技一発に通常攻撃一発。貰える経験値は並だがタイムパフォーマンスは高い。
足を止めてトータフ狩りする価値はある。
「どうだ? レベル上がったか!?」
「まだもうちょっとだな。あと5,6匹ってところだな」
「よっしゃ師匠! 次の獲物を探してきてくれ!」
レベル上げは面倒ではあるが重要だ。念には念を上げておいて損はない。
しかし異を唱える者が一人。
「テオのレベル上げしてる暇なんてあるの? 早く20層に行かない? もうすぐそこなんだよ」
そう愚痴をこぼすのがビクトリア。
現在19層入口付近。二回目の食事の後だった。
「もうすぐそこだからこそ念入りに準備しないとだろう。ボスは一気にレベルが上がるんだ。上げられるうちに上げないとだし」
今後このようなボーナスステージが現れるとは限らない。
「マチルドはいいの? 暇でしょう?」
マチルドは腰の高さほどのある岩に座り優雅に休憩を取っていた。汗を流す男たちを見ても悪びれる様子すら見せない。
「退屈だけどコーヒーが飲めればあたしはそれでいいわ」
マチルドとしても悪くない話。コーヒーを飲んでいるうちに男どもが頑張って勝手にレベルが上がるのだから。レベルが上がれば魔法の火力、使える種類だって増える。
「急がないとそのコーヒーも今後は飲めなくなるかもしれないのよ」
「ペース配分は考えているわ」
「ちぇっ。今回は私が少数派か」
「あなたもコーヒーを飲んだらどう? 気分が落ち着くわよ」
ビクトリアはカップの中を覗く。黒いだけの液体を見て、飲んでもいないのに苦い顔を浮かべる。
「砂糖も牛乳も入ってないんでしょう? 苦いだけならいらない」
「あらあら、せっかちさん。でもあなたの気持ちはわからなくもないのよ。あたしだってこのエリアに半日以上もいることになるのはごめんよ。まだ許容範囲ってだけの話」
マチルドは微笑む。ビクトリアは釈然としないながらも肩の力を抜く。
「……先を急ぎたいのもそうなんだけど、このエリアから一刻も早くはなれたいって気持ちもあるの」
「あら、どうして?」
「……嫌な雰囲気がする。今までに感じたことのない……強敵がいるとは違うの……」
「……そう、わかったわ。話してくれてありがとう。そうとなればあたしも動いちゃおうかしら」
マチルドは立ち上がり、前衛二人に声をかける。
「ねえ、予定を早めてトータフはあと三匹討伐したら先に進むとしない?」
「おいおい、マチルドさん。また急に気が変わるじゃないですか」
「女の心は秋の空というのよ。ここ洞窟だけど。秋でもないし」
「俺としては万全に準備をしてだな」
マチルドは知っている。こういう時どういう対応を取れば話が通るか。
「テオはどう思う? そろそろトータフ狩りにも飽きてきたんじゃない?」
「おまっ! それ禁句!!」
テオは素直に答える。
「うん、実は……正直飽きてたところ。動かない敵を一方的に倒していくのも、なんか卑怯かなって思えてきて」
「あら、素直でいい子じゃない! どこぞの嘘にまみれた小汚い大人と違ってさ!」
マチルドはロビンの顔を見る。
「ん? 俺の背後に誰かいるのかな?」
ロビンは後ろを向いて目を合わせようとしない。
「レベル上げなら道中エンカウントした魔物でしたらいいじゃない」
「それもそうだが、実戦経験を積んでから」
「ほとんど動かない亀で積む実戦経験ってなによ」
「魔法職にはわからないだろうが」
「師匠! 師匠! トータフがいる!」
テオはロビンの裾を引く。
「トータフよりも大事な話があるんだ。お前の教育方針でだな」
「見て見て! 虹色に輝くトータフがいる!」
「あーあー、虹色に輝くトータフなら俺でも見たことが……虹色に輝くトータフ!?」
ロビンは思わず聞き返す。
テオは嘘を言っていない。暗い洞窟を虹色に照らすトータフがいた。
「虹色に輝くトータフ……もしかしてチョータフ?」
ダンジョン経験者でもあるマチルドも驚いていた。
「あー、あれ、珍しいんだ」
ビクトリアはまるで以前にも見たことがあるように平然としていた。
「チョータフってなんだよ!? ってかなんで虹色に輝いてるんだ!?」
「あたしも詳しくは知らないわよ! ただめちゃくちゃ経験値が稼げるレアな魔物ってことくらいしか!」
「めちゃくちゃ経験値を稼げる!? よーしテオ! でかいの一発で決めろ!」
「わかった。テ──」
そうテオが構えた瞬間、
「タッフ」
チョータフは亀とは思えない素早い動きで突進してきた。
「──え」
それも隙だらけのテオに向かって。
「あっぶな!?」
すんでのところでロビンが盾ごと体当たりして軌道をずらす。
「し、師匠……ありがとう……」
テオは今の攻撃に腰が引けて尻餅をついてしまった。
「礼はいらねえ! 俺も油断してた! しかしなんだあの速さは!? 亀が出す速度じゃねえぞ!?」
ロビンはテオの手の引いて彼を起こす。
「気をつけなさい! 動きはトータフとは違って、虎みたいに俊敏よ!」
「それを先に言え!!!」
全員が戦闘態勢に入る。理想であればテオ一人に討伐させ経験値を振りたいがチョータフは強敵。全員でかからなければやられる。
ビクトリアが定石の魔法を唱える。
「補助魔法、
チョータフのHPが明らかになり震撼する。
「まてまて!? トータフの10倍!? 20層でもねえのにボス級じゃねえか!?」
「師匠! つまり俺がテオ・スラッシャー10発当てればいいんだな!?」
「計算が苦手なテオにしては惜しい!! 最低でも11発!!」
「待ちなさいな! 今相手してるのはトータフじゃなくチョータフ! HPだけじゃなく防御力も上がってるはずよ!」
「そうだった!! っつうか、どうやって当てればいいんだ!? あんなすばっしこいの!!」
「ターフ! タフタフ!」
息まいたチョータフは急に甲羅の中に頭と足と尻尾をしまい込む。
「殻にこもった? なら今が当てるチャンス!!」
テオは必殺技を当てようと近づく。
「馬鹿テオ!! 危ないから今すぐそこから離れなさい!!」
ビクトリアの忠告通りだった。
「タータフタフタフ!!」
チョータフは駒のように高速でスピン。その回転速度は尋常ではなく甲羅を背負い重量があるはずの亀の身体が宙に浮いたかと思うと、
「ターフー!」
狭いダンジョン内の壁、天井、床を跳ね回り始めた。
「いいか! そこを動くなよ、テオ! 今すぐ俺がってあぶな?!」
救出しようとするロビンの目の前を高速スピンするチョータフが横切る。
「危ないわよ、ロビン! 動いて危険なのはあなたも同じ!」
「うるせええ!! テオが危険なんだぞ!!! 黙って見ていられるか!!」
マチルドの制止も聞かずにロビンはテオの元へと向かった。
「……タンクがいないと後衛は役に立たないのよね」
これで後衛も攻撃の恐怖に晒されるかと思われたが、
「……たぶん大丈夫。あのチョータフ、テオとロビンを狙っている」
ビクトリアはそう睨んだ。
「あいつはトータフの主なんだ。同胞を殺されまくって怒り狂っている」
推測通り、一見勢い任せの高速スピンをしているように見えるが着実にテオとの距離を縮めている。
「私たちにはヘイトが向いていない。だからまだチャンスはある。でもどうやって倒せばいいか」
「あら、それならあたしにいいアイデアがあるわよ。そのためにはビクトリアちゃんの協力が必要不可欠ね」
「私はなにをすればいい?」
「簡単よ。
「マチルドだね」
ビクトリアは即答する。
「話が早くて助かるわ」
マチルドは微笑む。
「それじゃあの馬鹿をお願いね……
「任されました」
杖を構える。
「一発で決めてあげるわ……」
チョータフは依然高速スピンで跳ね回っていた。
テオは迎え撃とうしているがまるで目で追えていない。ロビンもテオにたどり着けていない。
「タフ!」
ついにチョータフがテオを仕留めにかかる。テオの真正面から一撃で決めにかかる。
「そうそう、最初もそうやって真正面から攻撃していたわよね」
マチルドはチョータフの狩りの癖を把握していた。
そして短く呪文を唱える。
「アイスアロー」
唱えた瞬間に杖の先に氷の矢は形成され空を切りながら一直線に飛ぶ。
読みは当たり、アイスアローはチョータフの甲羅に直撃する。
「タッ」
悲鳴はそこまで。スピンが鈍り、速度も落ちる。死の軌道はテオを外れた。
矢は硬い甲殻を貫くことはなかったが一瞬にして氷に包んだ。
氷漬けになったチョータフは動かない。
「なるほど。冬眠状態に入ったわけか」
試しにロビンがつま先で小突くが氷が割れる気配はなかった。
「触らないほうがいいわよ。足の指凍りたくなかったらね」
「だからそれを先に言えって!」
慌てて足を引っ込める。その動きが少し亀に似てる。
「ロビン。今回はあなたが悪い」
「ビクトリアさんまで……いや、そっすね、今回は俺が悪かったっす、はい」
チョータフのHPは氷の魔法を食らったものの、ほぼ満タン。やはり魔法耐性は強い。
「というわけであとは若い二人に任せるとしましょうね」
ビクトリアが再び魔法を唱える。
「
今度のバフをかけるのは、
「あとは任せたわよ、テオ」
「……ああ、わかった」
パーティ最高火力を誇るテオ。
強敵を倒すのは戦士の誇り。しかし今の彼は誇らしげではなかった。
「……なんか卑怯な気がする。動けなくなった相手を倒すのは。それにこいつさ、仲間を助けるために戦ったんだよ」
彼は優しかった。自分の罪に気づきトドメを躊躇っていた。
そんな彼を導くのはいつもロビンだった。
「テオ。ここでチョータフを倒さなくちゃ仲間が傷つくんだ。あとからやってくる挑戦者にも危険が及ぶ。これは命のやり取りなんだ。わかってくれ」
彼もまた責任を負う一人だ。トータフを集中的に大量に狩ってはいたがテオの成長のためだった。
「……」
テオは目をつむる。若いながらも逡巡し、
「……わかった」
剣を力強く握り、
「さようなら、チョータフ。お前は強かった」
一撃で葬った。
テオのレベルが上がった。
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