50層 異常発生 クラーゲン戦

 もがき苦しんでいるうちにゴールデンナマズは川に流され、橋から遠い場所に。


「しまったな。微妙にトドメを刺しづらい場所に」

「師匠の矢じゃダメなのか?」

「俺の矢だったら外しはしねえが突き刺さりもしねえだろうな。なんたって黄金の鱗だからな」

「最後まで使えないの」


 ビクトリアがぐさりと刺すと、


「ビクトリア! めっ!」


 テオがガードした。


「せめて剣一撃でも当てれば倒せるんだけどね」

「俺が剣投げて当てるとか!?」

「どうせ当てられないでしょう。運よく当たったとしても武器をどう回収するの」


 泳いでいくのは危険。水中にどんな魔物が潜んでいるかわからない。


「あ、そうだわ!」


 マチルドが急に指を鳴らす。


「あたしが道を作るわ!」


 そう言って杖先を下ろして川に向けた。


「アイス! アイス! アイス!」


 続けざまに氷魔法を放つと川に分厚い氷の道ができた。これでゴールデンナマズまで川に入らずに歩いて行ける。

 おお、と称賛する感嘆の声。


「はい、それじゃあロビン。行ってきて」

「俺!?」

「せっかく活躍の場をつくってあげたのに? あ、もしかして泳げ」

「泳げるから。森育ち舐めるな」

「でもこの氷の道、ロビンの体重に耐えられるの?」

「それもそうね」

「じゃあ俺が行ってくる!」

「ちょっとテオ!?」


 ちょこまかと氷の上を器用に走る。

 順調そうに見えたが、ここでビクトリアの耳が動く。


「テオ! 今すぐ戻ってきなさい!!」


 ほとんど氷の道を渡り切っていたが慌てて呼び戻す。


「ええ!? あとちょっとだぜ! すぐ戻るから!」


 氷の上を歩くという貴重な体験をしている上で苦労して倒した獲物を目の前にやすやすと引き返せない。


「馬鹿! 水中にまた変なのが現れたの! ゴールデンナマズの比じゃない! でっかいの!」


 その時、氷の道の脇に大きな水柱が立つ。


「なんじゃありゃ!? 卵の白身か!?」


 水柱の正体は半透明な触手だった。

 垂直に立った触手は折れ曲がるとテオの行く先を阻む。


「うおおお! なんかやっべえええ!?」


 触手が氷の道を折り、さらに浮かんでいたゴールデンナマズを水中に引きずり込んでいくとさすがのテオも身の危険を感じて慌てて引き返す。


「てえええ!? 帰りの道まで!?」


 触手は往復路を破壊し、テオを孤立させていた。


「クイック!! 馬鹿テオ!! だから言ったでしょうに!」


 ビクトリアはバフをかけて支援する。


「ビクトリアちゃんも危ないわよ! ファイア!」


 触手の脅威はビクトリアにまで及んでいた。

 炎魔法で触手を焼き払うが水分量が多く、ほとんど効果がない。


「そういうお前もあぶねえぞ!」


 マチルドの背後に忍び寄る触手を短剣で叩き切る。


「ナマズと違って刃が通るがこの触手キリがねえぞ!?」

「触手が一本二本……十本以上はあるわよね!? クラーケンじゃないの!?」

「みんな、ただいまぁ」


 ちょうどテオが橋まで戻ってくるが着地した瞬間に倒れ込んでしまう。


「しびしび……なんかうごけなぁいぃ」

「テオ。まさか触手には触れてないでしょうね!?」

「触れてはない……でもジャンプした先に触手があったから蹴り飛ばした」

「それを触れたって言うのよ! 靴脱いで!」

「むりぃ~ぬがしてぇ~」

「子供か!」

「子供でしょうに。はいはい、あたしが靴を脱がしてあげるわね」


 靴と靴下を脱がすと足は大きく赤く腫れあがっていた。


「こんな大けがして……! ヒール!」


 治癒魔法をかけると一旦は回復するがすぐにまた腫れあがってくる。


「ここに居続けるのはあぶねえ! ナマズは倒したんだから次の層に行ってもいいだろう!?」


 そう言ってロビンは周囲を見渡すが出入り口は見当たらない。


「じゃあ元来た道は!?」


 バキバキバキ!

 触手が橋を絞るようにして破壊する。

 ロビンは一気に青ざめた。


「おいおい……これ、やべえんじゃねえか……」

「まだ諦めるのは早いわよ!! アイス! アイス! アイス!」


 水分量の多い触手は氷漬けになりやすく動きを止めらるもいかんせん数が多かった。

 どんどん追い詰められていく。皆に死の予感が過る。


「……ごめん……俺がテオクラッシャーできたらこんなことには……」

「黙ってろ馬鹿テオ! 使わない約束もう忘れたの!!」


 ビクトリアは諦めずにヒールをかけ続ける。

 誰もが生きようと今できる最善手を打ってもがき続けるも有効的な打開策はなかった。

 このまま全滅か……しかし運は彼らを見放さなかった。


「やれやれ、この程度の敵でピンチですか……先が思いやられますね」


 ヒーローは遅れてやってくる。それも頭上から。

 テオたちの頭上で影は鳥のように自由に浮遊する。


「エアカッター」


 そこから正確無比に空気の鋭い刃が触手だけを切り飛ばした。


「これでひとまずの安全は確保しましたね。今度は逃げ道を作らないと」


 微笑みながらワンドに魔力を込める。


「アイス、セプテット」


 男の背後から七つの氷山と見間違うほどの大きな氷の塊が現れると川に落ちる。


「おおい!? そんなのぶち込まれたら波が立つだろう!」


 高波がテオたちを飲み込むかと思われたが杞憂。


「僕がそんな初歩的なことを見逃すとでも? よく見てください」


 周辺は季節が一変したようだった。先ほどまで草が生い茂る夏のような季節が、雪が覆う銀世界に。地面に境目はない。どこが川やら道さえ知らず。


「初級氷魔法のアイスで……川を本当の氷河に……?」

「正確にはセプテットですが」


 川に蓋をしたことで自身の安全も確保した。影はゆっくりと降りてくる。

 声でとっくに正体を見抜いていたビクトリアはパーティの中で唯一げんなりとした表情で彼を出迎えた。


「……トニョ。もう追いつくとは」


 トニョ。最もエキドナ攻略に近いとされるトップランカーの魔法使い。

 そんな彼はつれない態度で出迎えられてもスマートに笑い流す。


「やあ、レディ。一か月ぶりですか」

「一か月ぶりって……せいぜい三日ぶりでしょう」

「いや一週間ぶりじゃないか?」

「ええ? 半月くらいじゃない?」


 ダンジョン内では時間の流れが狂う。時計を見ずに自分の睡眠時間を測るように難しい。


「おう、トニョ……えっと……十時間ぶりか?」

「この時間感覚の狂い……計算が苦手なせい? それとも痺れているせい?」


 ビクトリアは幼馴染のおつむの出来にあきれ果てる。


「どれどれ」


 トニョが身を屈めてテオの容態を見る。


「どうされたんです? 元気いっぱいのあなたが倒れ込んでいるなんて。拾い食いでもしましたか?」

「んにゃ……あのにょろにょろとしたのを蹴ったらこんな感じに」

「ビクトリアさんのヒールでも治らないんですか?」

「あいにく私の専門外の毒よ。あいつ一体なんなの? イカやタコじゃないのはわかってるんだけど」

「おや、長生きしているあなたもクラゲを知らないのですね」

「クラゲ……? クラゲって海でプカプカしてるのじゃないの」

「淡水にも種類によってはクラゲはいますよ。こんな初歩的なことも知らないのですか」

「う、うぐぐ」


 ビクトリアは悔しさに歯ぎしりする。


「っと……祖父の……師匠の口癖が移ってしまいましたね。失敬。これは人の心を折る悪い魔法だ。適当に流してください、レディ」

「別にいいわよ! 悔しいけど事実だし!」


 トニョは今も腫れ上がる患部に手をかざし、


「ヒール」


 治癒魔法を唱える。腫れは一気に引き、そして二度と膨れ上がることはなかった。


「おお、ビクトリアでも治らなかったのにトニョだと一発だ!」

「おいおい、そう言ってやるなよ、テオ~。ビクトリアさんが気にするだろ~」


 ロビンはここぞとばかりに意趣返しに回る。


「ニヤニヤするな。きもい」

「格好悪い男」


 女性陣からかなりの不評を食らってしまう。


「それでそのクラゲはまだ倒れてないようだけど」


 ビクトリアの耳がぴくぴく動く。音で敵のクラーゲンを追っていた。


「どうやら逃げられてしまったようですね。あれはここのボスじゃありません。何らかの手段で外部から侵入した魔物ですね。だから他の層へ行き来もできる」

「51層にって……出入口、見渡す限りどこにもないんだけど」

「あはは、そんな発想では一生見つかるはずがありません」

「いちいち気に障るわね、こいつ……!」

「ビクトリアちゃん抑えて抑えて」


 殴りかかろうとするビクトリアをマチルドは羽交い締めにする。


「なあ、もしかして51層へは水に潜らなくちゃいけないのか?」


 テオはなんとなしに言う。


「どうやら君には冒険の才能が眠っているようですね。ご明察です。出入り口は水底にあります」

「エキドナ……もうなんでもありだな……」


 ロビンは想像のスケールの大きさに圧倒されてしまう。


「ってか水中!? 濡れるのは嫌だぞ! 俺の盾が崩れちまう!」


 まるで子猫のようにして盾を胸に抱える。


「ご心配なく。水底まで氷を凍らせていますので。あとは炎で溶かすなり剣で削るなりして下へ向かいましょう」

「おお!? ってことはトニョ、一緒に来てくれるのか!?」

「そういう約束でしたよね?」

「うおお! やったー! 新たな仲間だ! ようこそだぜ」


 テオは無邪気にトニョに抱き着いた。


「あはは、こんなに熱烈に歓迎されるのは初めてですよ」

「俺だけじゃないぜ! みんなも歓迎してるぜ! なあ、みんな!?」


 テオは仲間たちの顔を見る。


「まあ、あたしは魔法の勉強になるから、ちょっとだけは歓迎かしら、ちょっとだけ」

「ええ、まじ? こいつを同行させるの?」

「俺より顔のいい奴……! ライバル……!」


 それぞれが思い思いの言葉をする。


「なあ!? みんな歓迎してるだろう?」

「到底歓迎してるように見えませんが……まあいいでしょう。よろしくお願いします」


 こうして心強すぎる魔法使いトニョがパーティに加わった。

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