ダンジョン最奥に住む魔王ですがこのままだと推しの勇者PTに倒されてしまいます。

田村ケンタッキー

平和を望む者と戦いを覗く者

 目も凝らして歩かねば顔に蜘蛛の巣も当たるほど暗がりのダンジョンに剣戟による閃光が走る。


「キシャアア!!!」


 人の丈ほどある蜘蛛が吠えながら八本あるうちの前二本を素早く突き出す。


「うおおお!!??」


 狙われた青年、ロビンは出していた顔を慌てて盾の後ろに引っ込める。


 ガキン!


「うひゃあ!? 鉄の盾が凹んだ!? 木の盾捨てて、重くてもこっちを持ってきて正解だったぜ!」


 バックステップして敵との間合いを取る。

 すると前衛の彼に杖持ちの黒装束の女性が話しかける。


「ちょっとロビン。これ以上下がらないでよ。こっちに攻撃が飛んで来たらどうするの」

「じゃあちょっとは避ける素振りなり攻撃の準備してくれたらどうなんです!? マチルドよお!」


 マチルドと呼ばれた女性のジョブは魔法。戦闘では主に攻撃魔法を担当している。


「こう見えて忙しいのよ、あたしは。他に敵がいるかもしれないし。魔力の節約もしなくちゃだし」

「だからってなあ!? 戦闘中に優雅にティーカップで紅茶を飲んでるじゃあないよ!!」

「何を言ってるの、このあたしが戦闘中に紅茶を飲むはずがないじゃない。飲んでるのはコーヒーよ」

「どっちでもいいわ!! ってうおわ!?」


 岩の床をも穿つ鋭利で堅牢な前足がロビンの前髪を散らす。


「きしゃああきしゃあきしゃああ!!」


 大蜘蛛はより狂暴になり、さらに前足による攻撃を加速させる。


「やばいやばいやばい! 盾に穴が開く前に俺の身体に穴が開いちまうよ、これえ!?」


 ロビンは優れた動体視力で躱せる攻撃は躱し、躱しきれない攻撃は盾で受け止め、後衛に大蜘蛛が行かないように誘導するも体力、集中力ともに限界はある。


「大丈夫よ。私がいるわ」


 そう声を上げたのは杖持ちの白装束の少女。


「おお、麗しき我が女神ビクトリアさん! 哀れな俺を助けてくれるのかい!?」

「安心して、あなたの腕は穴が開こうがもがれようが瞬時に治してあげるから」

「俺はそういう救いの手を求めてるんじゃないの!! もう、大将! 準備はまだかよ!」


 このパーティーにはもう一人、前衛がいる。

 彼はこのパーティーのリーダーであり、要であり、最高の切り札だった。


「たった今終わったぜ! ありがとな、師匠!」


 小柄な身体に不釣り合いな長剣を見上げても見えない天に向けて持ち上げていた。

 何の変哲もない剣が突然光を帯び、彼らがいる空間の隅から隅まで明るく照らす。


「きしゃああああ!!!!」


 大蜘蛛は光に釣られてか、それとも本能で危険を察知してか、標的を少年へと変える。


「テオ!!」

「テオ!」


 魔法を司る後衛の二人が少年の身を案じ、彼の名前を叫ぶ。


「言っただろ、二人とも! もうとっくに準備はできてるって!」


 テオと呼ばれた少年は、大蜘蛛が間合いに入らないうちに剣を振り下ろした。

 距離を見間違えた、否、彼の剣戟は距離を超越する。


「テオ・スラッシャー!!!」


 振り下ろした剣先から衝撃波が放たれる。


「きしゃ──」


 大蜘蛛は何が起きたかわからないまま衝撃波に飲み込まれ、八本あるうちの八本の足がもげ、胴体と頭は真っ二つに割れた。

 絶命が確立した瞬間、死骸も飛び散った血も塵となった。ダンジョンで生まれた魔物はそのほとんどが身体はマナで構成されており、絶命とともにマナに戻るため死骸は残らない。


「ふん、あっけないな……まあ仕方ない、オレのテオ・スラッシャーを受けて生き残れる者はいない……」


 ゆっくりと剣を鞘に納めるテオを、


「こーら、テオ。まだ剣を納めるんじゃねえ」


 ロビンは後ろから頭を叩いた。


「いってえ、なにすんだよ、師匠!」

「今言っただろう、大将。油断するなって言ってるの。まだこのフロアに敵が残っているかもしれないだろうが。んで、そこんところはどうなの、マチルドさんにビクトリアちゃん」


 マチルドはティーカップをソーサーの上に置く。


「そうね、あたしの索敵には何もひっかからないわ。ビクトリアのほうはどう?」

「そうだね、私のほうでも……いや、待って。十時の方向に生物反応!」


 ビクトリアが正体不明の生物を感知する。耳に垂らす輪っかのイヤリングを揺らしながら身体を翻す。

 皆がその方角に目を向けるが暗闇なこともあり生物らしい生物は視認できなかった。


「ちぃ!? もう新手か!?」


 ロビンは素早く三人の前で盾を構える。


「ええ!? まだ敵がいたのか!?」


 テオは一度は納めた剣を抜こうとするがもたつく。


「……」


 マチルドも静かに杖を構える。


「今、明かりを照らす」


 ビクトリアが魔法で光を照らす。

 その光の先には、


「チウ! チウ!」


 壁の隅に、小動物が一匹。


「あれは……ネズミかしら?」

「違うね、マチルドさん。ネズミの体毛は灰色。あれは茶色。ありゃジリスだね。森育ちの俺が言うんだから間違いはない」

「どっちでもいいわ。あーあ、小動物一匹に警戒しちゃって馬鹿みたい」


 マチルドは傾けていた杖を縦にする。


「私としたことが……リス如きに警戒するなんて……」

「気にするなってビクトリアちゃん! むしろ隅っこに隠れていた小動物の存在に気付けるなんてすごいじゃないか! なあ、大将! お前からもなんか言ってやれよ!」


 ロビンがウィンクをして合図を送るも、


「ふん、驚かせやがって……ビクトリアっていつもそうだよな、そそっかしくてさ」


 テオは全く意図に気付かず、思ったことを口にする。

 その物言いはビクトリアには聞き捨てならなかった。


「はああああ!? そそっかしいのはどっちよ! あんたなんて今、剣抜けなくてあたふたしてたでしょうに!」

「お、お前が驚かすからだろう! このビビりヒーラー、略してビビラー!」

「それならあんたはソードマンじゃなくて粗忽ソコツマンでしょうね!」

「なんだと!」

「なによ!」


 睨み合い、いがみ合う、二人。


「あ、あはは、幼馴染ってのは喧嘩するほど仲がいいってのいうのかなー。なあ、マチルドさん?」

「さあ、知らないわ。痴話喧嘩は犬も魔女も食わないわ」

「痴話喧嘩!? まるでそれが俺とビクトリアが夫婦みたいじゃないか!」

「そうよ、私たちはただの幼馴染なんだから! 今すぐ訂正しなさい!」

「……あらやだ、思わぬところから飛び火するのね」


 厄介ごとに巻き込まれてマチルドは肩を落とした。

 暗がりのダンジョン。にぎやかで明るい会話が軽快に弾む。

 その様子をジリスはじっと眺めていた。


 ────


 黒板ほどの大きな鏡に今の戦いの一部始終が映し出されていた。


「ほう、ビクトリアちゃんは見た目に似合わず鋭いようだね……よもや我が眷属に気付くとはなかなかやるじゃないか……」


 四人がいる階層よりもはるか地下深く、最深部99層にて眷属の目を通して未来の挑戦者を覗き見る者がいた。


「少女だけでない……皆どうして、なかなか見込みがある……ふっふっふ」


 暗闇よりも暗き深淵で目を輝かせる彼こそがこのダンジョンのあるじ


「楽しそうですね」


 彼の側には眼鏡をかけた秘書が立っていた。


「楽しいよ、シロくん。ここにやってくる挑戦者はどれもこれも血気盛んで殺伐としてイカンな。暇つぶしになるかもと会話に耳を傾ければどんな女を抱いただの何人殺したことがあるだの借金なら俺のほうが多いだの、そんなのばっかりでうんざりしていたんだ」


 シロと呼ばれた秘書は手元の紐で束ねた紙を一瞥する。


「ここは一獲千金を夢見る者が集うダンジョンですからね、荒くれ者が集まるのは致し方ありません。口では仲間と言いながらピンチとなればあっさり見捨てる。ひどいときは仲間を盾にして生き延びようとする連中を私も何度も見てきました」

「その点彼らは違う! 心の底から信頼しあってる! 若いし現状レベルが低いながらもそれぞれが自分の役割をこなし、互いの役職を尊敬してるのもはっきりとわかる! 吾輩にはわかる! 彼らは数多の困難にぶつかるも必ずやそれを乗り越えてくれる! というか乗り越えてくれ! 負けるな! がんばれ! 吾輩が応援するからには生き残って無事に最下層に達して目標を達成してほしい!」

「……またずいぶんと肩入れなされているのですね」

「当然だろう! それとシロくん、聞いてくれ! 彼らの魅力は戦闘だけではない! 関係性にも魅力があるんだ!」

「と言いますと?」

「ほほう、シロくん。まだ君は気付いていないようだな。よかろう、恋愛小説マスターの我が直々に指導してくれよう! ズバリ剣士のテオくんとヒーラーのビクトリアちゃんが、タンクのロビンと魔術師のマチルドがいい雰囲気になっている!! うまくいけば男女の仲になるやもしれない!!」


 主は自信満々に言い切った。


「……以上ですか?」

「以上だ!」


 主は改めて自信満々に言い切った。


「……ふう……」


 秘書は一呼吸置いたのちに、


「……あっさ」


 上司に聞こえない程度の小声で漏らした。


「ん? シロくん、何か言った?」

「いいえ、何も。私のことは気になさらずに存分に語ってください」

「そんな語るなんて……吾輩はまだまだにわかだから語るほどじゃないっていうか」

「身体をくねらせないでください、きもいです」

「きもっ!?」

「失礼、私としたことが噛みました。威厳が失われるので姿勢を正してください」

「アクロバティックな噛み方をする子だね……」


 主は秘書の助言の通り背筋を伸ばす。


「彼らがもしも順調にダンジョンを攻略していけば最下層にたどり着くのは720時間といったところでしょうか」

「さすがこの吾輩がスカウトした敏腕秘書。計算が早いな。吾輩も大方そのくらいにはたどり着くと考えている。それまでに考えておかないとだな」


 秘書の眼鏡が光る。


「彼らの葬り方ですか」


 主は同時に言う。


「最下層到達パーティーの献立に催しを」


 二人は顔を見合わせる。


「えっ」

「えっ」


 主が先に確認する。


「なんで葬る必要があるんだい? 吾輩、別に彼らに恨みなんてこれっぽちもないんだけど」


 秘書は答える。


「気づいていなかったのですか。彼らの最終目的はあなたの首級ですよ」

「しゅきゅう……週給……?」

「……はあ~」


 クソデカのため息をこぼした後に補足する。


「首級とはつまり首のことです」

「あー、首! 彼らの最終日的は我の首か~……なんで!!??」


 その事実は首が胴体から飛び出しそうなほどの衝撃だった。

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