テオたちの新たなピンチ
リチャードが危機に瀕していた頃より少し前、テオたちも新たなピンチに出くわしていた。
「やばい。どれくらいやばいかっていうとまじでやばい」
食事担当のロビンは神妙な面持ちで仲間たち前で宣言する。
「穴の外から持ち込んだ備蓄があと一週間分しか残ってねえ」
数学が苦手なテオは首を傾げる。
「師匠、それってやばいのか?」
ダンジョン経験者のマチルドは危機的状況を把握しながらも悠長。
「まあそうよね……どれくらいやばいかっていったらかなりやばいわねぇ……」
最も動揺していたのは意外にも普段はクールなビクトリアだった。
「どどどどーすんのよ!! ご飯がなくなったらエルフだって生きていけないのよ!?」
「ちょっとービクトリアちゃん? 落ち着きなさーい?」
あまりの衝撃に自身の出生を漏らしてしまうが男二人はたとえ話だと思って流してしまう。
「案ずるな、ビクトリア。こういうこともあろうかと準備している」
「案ずるわよ! ちょっと料理できるから信用してたけどどうするのよ、ロビン!」
「……それを今から話すんだ。ちょっと言い方に語弊があったのかもな、あくまで底を尽きるのは穴の外から持ち込んでいた備蓄だ。この魔法の巾着に入っていたな」
ロビンが今にも穴が開きそうな見た目ボロボロの巾着を見せる。
「よくまあそんな珍しい品を持っていたわね。魔法使いだって持ってない人多いのに。おかげで大助かりだけど」
「これは不思議な運のめぐりあわせでな……とある日森の中で獣の罠に胡散臭い商人が引っかかってな、助けたお礼に──」
「そんなことはどうでもいいでしょう! どーすんのよこれから!」
「いつもクールなビクトリアさんらしくねえぜ……」
魔法の巾着から次々と食料を出して見せる。ただしどれも今までの食事で見てこなかった、地上でも見たことのない得体の知れない物ばかり。
「なんなのよ、これ……」
ビクトリアの頬が引きつる。
「これらはダンジョン内で得た食料だ。試しに干したり炙ったり塩ふったりして保存食にしてみた。キノコに蛇に蛙に虫に海老に蟹に」
「やだー! そんなゲテモノ食べたくないー! お肉がいいー!」
「おいおい、ワガママなんて言ってられないぞ。肉なら蛇が良い感じに」
「じゃあロビンが蛇食べて! 私は牛肉食べる!」
「とっくに牛肉はなくなってるわ! 豚もあとわずかだ!」
「嘘だああああ!」
ビクトリアが取り乱すも仕方がない。これは食いしん坊の彼女に限っての話ではない。常に油断ならない暗がりのダンジョンでの生活、食事は唯一の楽しみだ。
「まともな食事が取れないならこんなところにいる理由はないわ! 帰るわよ、テオ!」
一度上がった文化レベルが下がれば不満は大きい。不満が募れば不和も生まれる。
「えー? まだ魔王にも会ってないんだぞ?」
「冒険は充分したでしょう! 今は49層! 元来た道を戻れば一週間分の食料でも間に合う!」
ビクトリアはテオの手を引くがレベルの上がった彼の体幹すら動かせない。
「おいおい、帰るなよ!! ふざけんな!! ここまで来たんだぞ!!」
「ふざけてんのはどっちよ! こんなしけたダンジョンまでやってきて我慢できたのは料理のおかげだったんだから!」
「ここで我慢して魔王を倒して地上に戻れば一生肉を食えるぞ!」
「それは未来の話でしょう! 私は今の話してるのよ!」
「それはそうだがよ!」
なおも取り乱すビクトリア、その彼女を足元を這う茶色の大群。
「ひゃああ!?」
「なんじゃこら!?」
「あらあら」
「うおお! すっげえ! リスの大群だ!」
ジリスの大群がわき目もふらずに駆け走る。ゆうに千匹は超える数。
「ああ、もう行っちゃった……」
大群の通過はほんの一瞬だった。テオが名残惜しむ。
「今の何だったんだ……?」
「沈む船から真っ先に逃げ出すのってネズミだったかしら」
「でも方向はダンジョンの奥だったよな?」
「鹿みたいに一頭が走り出すとついていっちゃう習性とか?」
「聞いたことねえな……そもそもリスが大群で走るのも初めて……あ!!」
ロビンは大きな声を上げた。
「どうしたのよ、急に」
「リスも貴重な食料になるんだった……俺としたことが……網とかあれば大漁だったろうに」
「しっかりしてるんだかしてないんだか……それで大丈夫かしら? ビクトリア」
マチルドはビクトリアの前で膝を曲げる。
取り乱していた少女は尻餅をついて動けなくなっていた。
「どうしたの? 腰が抜けちゃった?」
「う、うるさい! 急に足元を走り回れたら誰だって驚くでしょう!」
「どうする? あたしたちはダンジョンに潜り続けるけどビクトリアは帰りたいのよね? 置いていったほうがいい?」
「ぐぬぬ、この女は……弱みを見せたら調子に乗りやがって……!」
「お願いよ、ビクトリア。ここまで来たんだしもうちょっと一緒に行きましょうよ。あなたが一人でダンジョンから出られないようにあたしたちもあなたがいないと生きては帰ってこれないの」
マチルドは手を伸ばした。
「この手を取ってくれない?」
「……仕方ないわね。もうちょっとだけよ」
渋々、ビクトリアはマチルドの手を握った。
「女の友情ってのも悪くねえな……」
ロビンは微笑みながら傍らから腕を組んで見守っていた。
「もう立てる? ビクトリアちゃん」
「はあ? 今のすぐで立てるはずがないでしょう?」
「だよねー? テオー、ビクトリアちゃんをおんぶしてあげて!」
「ちょっと!? あんたが運んでくれるわけじゃないの?」
「魔法職のあたしが少女とはいえおんぶできる距離なんてたかが知れてるわよ」
「重いみたいに言わないでよ!」
「実際重いんじゃない? よく食べてるし」
「成長期だからいいの!」
「成長期って……一体何年成長期やってるのかしら……」
「おんぶするとしてテオは嫌! ロビンがいい!」
「ということでご指名よ、ロビン」
「ここでいきなり俺か!? いやでも悪い気はしねえな。そうか、ビクトリア。俺をそんなに……」
「消去法よ。テオなんかにおんぶされたらどんな危険な目に合うかわかったもんじゃないわ」
「ですよねー……そんなことだろうと思ったぜ」
ロビンはビクトリアをおんぶすると、
「よっと……ってなんだ、思ったより全然軽いじゃないか」
少女の軽さに驚く。
「そう? じゃあもっとご飯の量増やして」
「それはだめ」
「ケチ」
一行は進み始めるもすぐに止まる。
「あれ、テオのやつ、どこに行った? 前にはいないぞ」
「馬鹿テオは後ろ側にいる」
「あら、ほんと」
マチルドはリーダーを呼び戻す。
「テオ~! もうそろそろ行くわよー!」
「あ、うん、すぐ行く!」
少し離れた場所にいたテオは懐に何かを入れてから合流する。
「何か拾っていたようだけど?」
「うえ、え!? そんなことないぞ!?」
マチルドの追求にわかりやすく反応する。
「どうせ小石よ、小石。ちょっと
「あ、あはは、そうする……」
こうして今度こそ一行は進みだす。
みなが改めて前を向いて歩きだす。
そのため最後尾にいたテオの懐がもぞりもぞりと動いたことに誰も気づかなかった。
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