怠惰のビクトリア

 三十分後。道を塞ぐ多数の刺客を退けながらテオ一行は奥へと進んでいた。

 ビクトリアが真っ先に膝を着く。


「ああ、だめ、疲れた……もう耳も動かせない……」


 魔力はまだまだ底が見えないが体力と集中力が尽いていた。長生きしているが日々の鍛錬を積んだわけではない。テオのように加護があるわけではない幼体にダンジョンの戦い、環境はあまりに過酷。


「はあ、またドラゴンがいたわね……今回は手負いでリチャードがいてくれたから簡単に倒せたけどあと何回倒したらいいわけ……?」


 地上では一部地域を除き、ドラゴンとの遭遇は滅多にない。極稀に地上に出没し大暴れするがそれは短期間で収束する。マナの薄い地上では彼らの命はあまりに大きく維持は叶わない。


「そりゃ出会った回数だけ倒すに決まってるじゃないか! はっはっは!」


 豪快なテオの笑いに、


「馬鹿テオ……」


 怒る体力もなくビクトリアはげんなりする。


「だめ……あたしも休憩……」


 マチルドも地面に倒れ込む。体力と魔力共に温存し余裕を見せるようにしている彼女でも先の戦いは辛かった。


「それにしても……なんか犬の敵多くなかった?」


 疲れながらも敵の構成に注目し分析する。指摘通り刺客の大部分が犬型であり、数体の他種族の魔物が混ざっていた。


「僕が解説しましょう。ずばり犬型の魔物は統率が取りやすいのです。元の犬の習性も上下関係に厳しく群れにボスがいればそれに付き従うでしょう? つまり群れのボスを一匹テイムすれば実質群れを乗っ取ったも同然。使役の枠の節約にもなる。テイマーの知恵ですね」

「はあ? つまり体よく殺処分に付き合わされたってこと!? 腹立つ!」

「レディ。怒るとせっかく回復した体力もなくしますよ」


 トニョに窘められるとビクトリアはすぐさま大人しくなった。


「黒幕もそれなりに悪知恵が働くってことね……ボス犬をテイムするとか手負いになったドラゴンを使い捨てにするとか……というかドラゴンを使い捨て? チェスの駒じゃないのよ? 地上の魔法使いが聞いたら卒倒しそうね」


 ドラゴンは畏怖される存在ではあると同時に羨望される存在でもある。その人気ぶりは太古から脈々と続いており真偽はともかくとして伝説が多く残っている。大きい、強い、かっこいいの三拍子が揃っている。健全な男子であれば惹かれるのは無理もない話だった。


「エキドナ恐るべし、ですね……ええ、ドラゴンだけではありません。ここで起きるすべてが地上にとってはありえないことだらけです。なんなんでしょうね、エキドナとは……明らかに他のダンジョンとは質が違いすぎる……わからないことが多すぎて頭がおかしくなりそうだ」


 トニョは眼鏡を外して目をマッサージする。考えをまとめようとするがあまりに常識外れの出来事の連発と連戦の疲労からとっ散らかるだけ。時に豊富な知識は重みになる。

 そんな苛む彼の悩みにテオは明快な解決策を提示する。


「そんなのダンジョンマスターに聞けばいいんだよ! なあ、リチャード! エキドナってなんなんだ!!?」


 層の奥まで届くような大声で呼びかけるが返事はなかった。


「あ、あれ、リチャード? そういや師匠もいない?」


 トニョは眼鏡を着け辺りを見渡す。


「……初歩的なミスだ。はぐれてしまったようですね」


 マチルドはすぐさま立ち上がる。


「なら早く合流しないと!」


 ビクトリアは地べたに這いつくばったまま。


「ええ、まだ休んでいましょうよ……二人なら奥。一本道だしちょっと急げば追い付くでしょう」


 機敏に動く耳はしおれてしまっている。


「レディ。まさかあの二人の様子がおかしいのにお気づきでないなんてことはないですよ?」

「そりゃまあちょっと距離を置きたいというか触れちゃいけない空気だったけどさ」

「では今後のためにも必ず覚えておいてください」

「……何を?」

「……憎しみに囚われた人間はどこまでも愚かだということを」

「で、でもあの馬鹿二人だよ? そこまで馬鹿じゃ……」

「行こう! 急いで!」


 怠惰なビクトリアをテオは抱える。


「馬鹿テオ、あんたまで! いやよ、私は行きたくない!」


 ビクトリアがここまで行きたがるのは疲れているからだけではない。彼女自身も薄々勘付いていた。これから見る光景は彼女にとって見たくない、信じたくないものだということを。

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