30層 快進撃の裏に

 ジャックを倒したのはパーティ時間で早朝のことだった。ジャックとの戦闘は肉体的、精神的にも疲弊させられたが足を止めるわけにはいかない。

 進めるところまで行くという方針で進み始めたが始めてみればこの日は最も順調と言えた。


「アイスアロー!」


 マチルドの放った氷の矢は30層のボス、ビッグウォータースライムをたちまち氷漬けにした。


「相性が悪かったわね。それじゃあテオ、あとはお願い」

「おっしゃ、任せろ! テオ・スラッシャー!!」


 必殺技でトドメを刺す。30層にも関わらず、10層のダーペントよりもあっさり片付けてしまった。

 スライムは固体と液体の両方の性質を持つ魔物。打撃や斬撃では討伐しづらい相手だが魔法使いが適切な魔法を唱えれば難易度はぐっと下がる。中には見えづらいが核が存在し、それを破壊すれば一応は物理攻撃でも討伐は可能。しかし30層のビッグウォータースライムは体積が凄まじく、決して剣やハンマーでは核には届かなかったであろう。


「大丈夫だよな? ちゃんと倒したよな?」


 ロビンがおっかなびっくりにスライムだった破片を蹴る。今回は幸い仲間の魔法の相性が良かったものの、彼にとっては最悪の天敵だった。


「心配しすぎでしょう。どんだけビビってるのよ、タンクのくせして」

「仕方ねえだろ。俺は魔法これっぽちも使えねえし、自慢の盾は水に弱いと来たもんだ」


 ターテントは鋼鉄を弾くほどに頑丈であるが生前の弱点もそのまま引き継いでいる。大量の水がかかると泥に戻ってしまうのだ。


「あら、かわいそう。あたしの象牙の杖ちゃんはそんな弱点ありませんもんねー」


 新品の装備をちゃん付けして頬ずりする。快進撃の理由はこの杖にあった。レベルが低くても高性能の武器を装備次第で火力の底上げになる。ダンジョンを攻略するために道中に落ちている高性能な武器を探すのも手の一つである。


「もらいもんのくせによ……えらそうに」

「あら、これはれっきとした戦利品よ。魔法決闘で勝ったあたしへのご褒美よ。あんたも変な意地張らずにもらっておけばよかったのに」

「俺は御免だね! あんな野郎からはパンの一切れだって受け取らねえよ!」

「まあ、故郷の村をけなされたような発言されたものね。気持ちはわからなくはないわ」

「俺は逆にお前の気持ちがわからねえぜ。あんな……ひどいことを言われたのに、よくニコニコしていられるな」

「……ありがとうね、ロビン」


 マチルドは唐突に礼を言う。


「な、なんだよ、いきなり!」

「今の、あたしのために怒ってくれたんでしょう」

「別にそういうわけじゃ……つうか、お前、なんか性格変わってねえか? もっとミステリアスな感じじゃなかったか? 戦闘中ももっと他人事だったつうかよ」


 象牙の杖を手に入れたからだけでない。彼女は明らかに積極的になり、ダンジョン攻略に本腰を入れ始めていた。


「ちょっとだけ隠し事をやめて素直になったのよ。まあでも根っこは変わらないわよ。お金大好き。ダンジョンを潜る理由もお金を稼ぐために変わりはないわ」

「欲望には底なしってことか。安心したぜ。さっき貰った霊薬は売れば充分な金になるって聞いたからよ、パーティから抜けるんじゃないかって心配してたんだ……」


 言い切った後にはっとなる。


「悪い。撤回する。今の発言は侮辱だよな。俺は、お前をそんな薄情な女だとは思ってないからなって今さら言ってもか」

「謝らないで。以前ならそう思われても仕方ないわ。というか正直魔王倒すなんて最初から無理だと思ってたし限界来たら見限って一人だけでもこっそり帰ろうかなっとちょっぴり思っていたりしたし」

「おい!?」

「でもそれは昔の話。今は違う。だから安心して頂戴。ちゃんと最後まで付き合うからさ」


 マチルドはかつてはミステリアスな女に見えた。心の内を明かさないまま手のひらの上で微笑み一つで男を転がすような魔性を秘めていたが今は違う。なんといっても朗らかな笑顔が増えて親しみやすく、言葉に嘘や裏を感じさせない。こちらのほうが素であり本来の彼女に近い。もっとも、これもまた別の魔性とも言えて、


「……お、おう。元からそういう約束だろ。忘れるなよな」


 ロビンにとってはますます惚れ込んでしまう結果となった。少し打ち解けた雰囲気を感じ取り、勇気を出して踏み込もうとする。


「なあ、マチルド。気になってたんだけどさ、お前の本当の──」

「ししょー! なんかこの剣へーーーーん!!」


 甘酸っぱい空気をテオ・スラッシャーもとい飛びついて妨害する。


「いつものテオ・スラッシャーとなんかちがうー!」

「テオ……お前ってやつはよぉ……!」


 面倒見の良い兄貴分で不憫なロビンは懐くテオを振り払えない。


「ちがうって……どう違うんだ?」

「いつもより力溜まるのが速いんだ!」

「それ、いいことじゃないのか?」

「よくないー! 前はぶわーだったのが! 今はぶおーになった!」

「わ、わからん……ビクトリアさん、翻訳お願いします」


 トニョがいなくなった途端フードを脱いだビクトリア。フードを脱いだことでよりはっきりと表情が見える。心底面倒な顔をしていた。


「そこをなんとかね? ね?」

「まったく、テオ係はロビンなんだからね……たぶん馬鹿テオが言いたいのは威力が低くなったって言いたいんじゃない?」

「そう、威力! さすがビクトリアだ! やっぱり先に相談すべきは幼馴染だな!」

「いえいえ、私なんてそれほどでもありません。今後の相談もロビン師匠にお願いしてください」


 厄介払いするととっととテオから距離を取り考え事に耽る。


「威力が低くなった……? 俺にはそうは見えなかったけどな……剣が変わったからとかじゃないか? ほかに変わったことは?」

「うんと……疲れなくなったとかかな?」

「おい待て、それ初耳だぞ。前はテオ・スラッシャーを放つと疲れていたのか?」

「うん。ちょっとふらっとするというか、ぼうっとするというか」

「なんでそんな大事な話を今まで黙っていたんだ!!」


 ロビンはテオの肩を強く握った。


「戦場でも狩りでもそうだ、一瞬の隙が命取りになる! そういう些細なことは、仲間全員じゃなくても、俺にだけでも言えよ!」

「ご、ごめん、師匠……」


 目の前で怒鳴られてテオは涙目になる。


「あ、悪い……言い過ぎた……さっきからダメだな、俺は……」


 ついつい感情的になる自分に嫌気がさす。子供にまで怒鳴ってしまうとなおさらだった。


「まあまあ、そんな気を落とさないの、ロビン。テオもさ、どんなことでもあたしに教えて頂戴な」


 マチルドが間に入ることでその場は穏便に流れた。

 この日一行は勢いそのままに37層まで突き進んだ。

 その勇者パーティの快進撃の一部始終を一匹のジリスは遠くから眺めていた。

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