ジャック戦 魔法決闘
早朝、テオたちはたっぷりと休養を取ってから22層へ下った。
ジャックとトニョは入口近くで待ち構えていた。
「遅かったじゃねえか。あまりに遅いもんだから逃げ帰ったと思ったぜ」
特に用心すべき双剣使いは疲れを見せていなかった。充分な睡眠も食事も採っている様子。
(寝起きとか寝不足とか微妙にバッドステータスだったら助かったんだけどな……そう上手く行かないわね)
マチルドは内心で愚痴をこぼすも顔には出さなかった。
「あなたのほうこそ別れてからずっとここで目をギラギラさせながら寝ずに待っていたわけ? 発情期のワンちゃんかしら? あんたの顔はもう見飽きてうんざりしてるところなの。いい加減付きまとうのはやめてくれないかしら」
今度は顔を上げて目をそらさない。しっかりとジャックの目を見る。気持ちを切り替えて対面して見れば怖くとも何ともなかった。手の震えもなかった。
あの時の恐怖はきっと彼に抱いていたのではない。嘘が暴かれること、それも今の仲間たちにバレることに怯えていたのだと知る。
(そう、今までの一人ぼっちの自分とは違う。後ろには頼れる仲間たちがいる)
後ろのテオがビクトリアに話しかける。彼女はまたフードを被って顔を隠していた。
「なあ、ビクトリア。はつじょうきってなんだ?」
「今は黙ってなさい。あとでロビンが教えるから」
「俺が教えるの!?」
愉快な会話が聞こえてきて少しだけ考えを改める。
(……うん、ちょっとだけ……頼りないかもしれない、わね)
挑発されたジャックは怒るどころかむしろ大いに喜んだ。
「はぁっ! 見ねえうちにずいぶんと生意気になっちまったじゃねえか! どっちが首輪される犬か、立場をはっきりさせようじゃないか!」
「……やっぱり最初からあれが目的だったのね」
「おお、そうさ。魔法使い二人が顔合わせればすることは一つだろうよ」
「
決闘は主に貴族が名誉の回復のために行われるが魔法決闘は違う。必ずしも貴族とは限らない魔法使いは主に紛争の解決のために行われる。
ルールは至ってシンプル。互いに背を合わせ、それぞれ十歩離れる。この時必ずしも歩かなくてもいいし、歩幅も自由だが箒を使うことだけは禁じられている。
マチルドはジャックに背中を合わせた後に大股に十歩を取る。
(あいつからどれだけ離れられるか、それで勝負が決まる)
それから振り向いてジャックとの距離を探る。
「俺はこのままでいいぜ。歩くのもだるい」
ジャックは一歩も動かないことを選択した。
驚くことではなかった。彼は圧倒的に実力者でありブーストである杖を抜きにしても出力の速度も威力も精度も全てが上回っている。ならば後は命中精度を上げるためにも距離を置かないのは定石通り。
「女だからって舐めてると痛い目見るわよ?」
「はぁっ! 女のくせに大股で歩いてよく言うぜ」
会話してる間もマチルドは距離を目測する。大人の馬二頭分(7m)ほどだった。手を伸ばすにしては遠くとも魔法にしてみればあまりに近すぎる。
「決闘の立会人は私でよろしいですね」
立会人としてトニョが名乗りを上げる。不正がないか見張る役目を負う。
「不満はないと言えば嘘になるけど仕方ないわね。他にいないし」
「安心しろ。トニョは糞真面目な男だからよ。万が一にもありえねえが俺が不正しようもんなら即座にジャッジを下すぜ」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
「嫌味だよ」
「ちなみに立会人は決して一人だけというルールもありません。そちらからもう一人のレディを立会人として参加させても構いませんよ」
「だってよ、ビクトリアちゃん。どうする?」
「……」
ビクトリアは無言で首を横に振る。彼女は誰よりもトニョを警戒していた。
「はは、嫌われるようなことでもしたんでしょうかね」
笑いながらもトニョは改めてルールを確認する。
「さて本来であれば自ら下半身をコンパスのようして円を描かねばいけませんが生憎の地面は岩。これから決闘を行おうとする者に魔力を消費させるのはやぶさかではありません」
腕を振ると同時に風切り音。二人の足元に正確で美しい円が描かれる。この円の外を
「次は法に則って決闘の宣誓を──」
「前置きがなげえぞ、トニョ!」
ジャックは拳を鳴らしながら怒鳴る。
「こっちは早くやりたくてやりたくてたまらねえんだわ。さっさと始めろや」
「あら、太陽と月が重なるくらい珍しく意見があったわね。そうね、あたしも、とっととしつこい男とお別れしたいのよね」
血気盛んな二人に挟まれトニョは肩をすくめる。
「当事者が言うのであれば仕方ありませんね……それでは僭越ながら仕切らせていただきます……両者、始め!」
こうして魔法決闘の火蓋を切って落とされる。
開始の合図とともにマチルドは杖を構えたが、ジャックは腕を力なくだらりと垂らす。
「実力を思い知らせるいい機会だ。先攻をくれてやるからよ、得意な魔法を飛ばせばいい」
不敵な笑みを漏らす。
「三文以上の詠唱をしても構わねえぜ。即刻打ち消してやる」
魅力的な誘いだがマチルドは惑わされない。あくまで事前に練ってきた戦略に集中する。
「アイスアロー」
的の大きい胴体を狙い、心臓を突き刺すつもりで氷の矢を飛ばした。
「あーあ、せっかくのチャンスをふいにしたな」
右手のひらを上げて、人差し指をくいっと動かす。
ボオン!
それだけで詠唱なしにジャックの前に火柱が上がる。
氷の矢は火に包まれると形を失い、水だけが彼の足元に散らばる。
「相性が悪かったな。俺は炎魔法が得意なのさ。これしき詠唱もいらねえんだよ」
「アイスアロー! アイスアロー! アイスアロー! アイスアロー!」
「馬鹿が! 数撃ちゃ当たると思ったか!?」
何度も連発するがその分精度は低い。届く前に天井や地面に衝突する矢もあった。
ジャックに届きそうな矢もファイアボールで溶けて水となる。未だに彼の服にシミ一つ作れていない。
「アイスアロー、トルネード!」
「っ!?」
通常のアイスアローに二つの魔法を組み合わせた攻撃を紛れ込ませる。
氷の矢はつむじ風に乗ってより高速で飛ぶ。
ついに胴体、肩を捉えたかと思われたが、
「甘ぇなぁ!」
ジャックは魔法だけでなく戦闘のセンスも兼ねそろえている。今度は魔法を使うこともなく身体を反らして攻撃を避けた。
「これも……当たらないかっ」
氷の矢の雨が止む。マチルドは度重なる魔法の連発で魔力も体力も消耗していた。
ジャックは悠々と魔法を発動させる。
「
マチルドの魔力残量を覗き見る。
「はぁっ! もうほとんど空っぽじゃねえか! これ以上無駄撃ちしたら枯渇病になっちまうな!」
「許可なく覗き込んでるんじゃないわよ、変態」
偽造するほどの魔力の余裕はない。彼が見たステータスは嘘偽りのない本物。限界に近かった。
「なあ、マリー。俺の女になれよ」
「なによ、突然」
「俺はこれからファイアーバードでお前にトドメを刺す。これは決闘であり真剣勝負だが、お前の背中にホクロを増やすのは俺もやぶさかではない」
「だからなんだって言うの」
「潔く降参しろよ。そしたら俺の女にしてやるよ」
「なにそれ。あたしに何のメリットもないじゃない。提案するならもっとその空っぽの頭使ってからにしなさいよ」
「メリットはあるぜ。この俺とパーティが組める。そんな後ろにいる腑抜け連中より強くて、ダンジョンにも早く深くまで行けるし、なにより生存確率も違う。そうだろう?」
テオは不安げな眼差しを仲間と信じる女性に向ける。
「……マチルド」
悪い話ではない。ジャックだけでなく高レベルの魔法使いトニョとも行動を共にできる。ダンジョンに潜りパーティを転々としていたのは元々は魔法使いとして修行するためだ。ついにかねての願望が叶うようなものだ。
「……そうね、悪い話ではないわね。あたしはあたしのためになんだってしてきたわけだし──」
「おお! それじゃあ!」
「──まだ答えてねえのに喜んでるじゃねえぞ、早漏野郎」
マチルドは中指を立てて見せる。
「何回も言わせないで。あんたの顔はとうに見飽きてるの。自分は強いとか豪語するタイプのくせして行動はネチネチと陰湿だし、ほんと、もう、うんざりなの」
「この、女……! 優しくしてやりゃあ調子に乗りやがって……!」
ジャックの背後に炎の渦。広がり、鳥の形と成す。
「泣いて謝ってもぶち犯してやるからな! ファイアーバード!!」
炎の鳥がマチルドに襲い掛かる。暗がりの洞窟に目を焼かれるような光量。鏡面のように仕上がった地面にもくっきりと火の粉を散らせながら羽ばたく鳥の姿が映し出されている。
マチルドは逃げなかった。迫りくる恐怖を感じながらもその場に踏みとどまり魔法を唱えた。
「射貫け、アイスアロー」
高密度の氷の矢を放つ。
空中で氷の矢と火の鳥が交わる。
「馬鹿の一つ覚えか!? 氷が火に勝てるわけが──」
ジャックが言い切る前に、氷の矢は火の鳥の中を突き抜けていた。
「なに!?」
ありったけの魔力を込めた氷の矢は一回りサイズが小さくなっていたものの、その速度、鋭さに変わりはなかった。
ジャックは大きく身体を仰け反って躱す。
氷の矢は彼の二の腕を掠めた。
「はぁっ! 躱したぞ! 俺のか」
途端視界がぐるりと回る。足の裏に地面の感触が消えたかと思うと身体全体がにわかに浮遊感に包まれる。
何もわからないまま、岩の地面に後頭部を強く打つ。
「っあぁつ!?」
強烈な痛み。集中力が切れ、ファイアーバードは火の粉になって消える。
「……ふぅ、危なかったわね。あと1秒遅かったら丸焦げだったわ」
マチルドは直撃を覚悟で動かなかった。彼女の勇気が勝利を勝ち取った。
「勝負は決したようですね……勝者、マチルド」
「はあ!? なんでだよ、まだ勝負は終わってねえだろ!?」
トニョの宣言に反応して痛みを抱えながらも飛び上がるも、
「ぐあ!? また身体が勝手に!?」
再び転んでしまう。今度は頬から地面に落ちる。そしてその時にようやく異様な冷気に気付く。
「……なんだこりゃあ、地面が凍ってんのか……いや、まさか!?」
遅れて自分の身体が円からはみ出ていることに気付く。それすなわち敗北を意味する。
「てめ、マリー! こんな姑息な手で俺をはめやがったな!?」
「ひっかかるほうが悪いのよ、ばーか」
ジャックの足元は凍結していた。無論元からではない。戦闘の最中に飛ばした冷気が積み重なり、鏡面のようにそして黒色に仕上がっていた。そもそも暗闇の洞窟。足元が黒く変わっていてもわかりづらい。そこにあえて躱せなくもない氷の矢を飛ばすことで転倒を誘発させたのだった。
「さあ、とっととどきなさいな。往来の邪魔よ」
勝者であるマチルドが敗北者であるジャックにそう促すも、
「……めねえ」
彼は道を譲らない。それどころか双剣を構えた。
「俺は認めねえぞ、マリー!!!」
こともあろうか逆上し切りかかる。
マチルドも彼の愚行を予想だにしていなかった。
(あ、これ、死んだ……)
死を覚悟したその時だった。
「させねえよ!!」
彼女の前に盾を構えたロビンが凶刃をはじき返す。
「全員戦闘態勢! マチルドを守るぞ!」
彼女を守ろうとするのはロビンだけでない。
「おう! 仲間のマチルドに指一本も触れさせねえぞ!」
テオがやる気満々に剣を構える。
「……はあ。金輪際、変な男をひっかけないでよね」
ビクトリアもけだるげながらも杖を構える。
「……みんな、ありがとう。あなたたちは本当に最高の仲間だわ」
マチルドも杖を構える。今度は自分だけの戦いではない。皆を巻き込んでしまった形だが、仲間との共闘。まるでやる気が違った。
「行くわよ、ジャック。あんたとの因縁もここまでよ」
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