第27話謎?
「…あれ」
バイトを終え、店を出た俺の目線の先には見覚えのある人が目に入る。帽子を深々と頭、マスクを着用しているせいでぱっと見では誰だか分からないが、愛里奈さんだ。
「あ、バイトお疲れ様透くん」
「…愛里奈さん?ここで何を?」
「何って、愛しの透くんを迎えに来たに決まってるじゃない。それ以外に何があるというの?」
そう言って愛里奈さんは俺の手を握った。
さも当然カのように来ているが、彼女は業界の顔と言われる程の人気モデル。身バレしては騒ぎになるので迂闊には外出はできない。普段は家で待ってくれている(勝手に入り浸っている)のだが…これはもしかして…
「…愛里奈さん、もしかして怒ってます?」
「別に怒ってないわよ。誰かさんが勝手に他の女にジャージを貸したからって怒ってないわよ」
…怒ってるやつだ。それもかなり。
愛里奈さんの表情はにこやかなものだが、目が笑っていない。静かなる怒りが見て取れる。
ジャージの件については昼休みに校舎裏でみっちり説教されたのだが…どうやらまだ納得が行っていないらしい。そういうオーラが出ている。
「全く、迂闊にも程があるわよ。同年代の異性にジャージを貸すなんて…私だけにしておきなさいよ」
「しょうがないじゃないっすか。貸すしかなかったんですよ…」
「もっと他に方法があったでしょう?噂になってたわよ芹沢さんが…彼氏のジャージを着てるって」
口から針でも出すのかというほどに苦悶の表情を浮かべながら愛里奈さんはそう言い放った。よほど認められないのだろう。俺が他人にジャージを貸したという事実が。
「何よ彼氏って…透くんは私の彼氏なのよ?」
「いや違うんですけど…貴方勝手に俺の家に入り浸ってるだけじゃないですか」
「そんなの四捨五入したら一緒よ!…それなのに彼氏だなんて…もう泣きそうよ」
…この人でも泣くことあるんだ。できればもっと真面目なことで泣いてほしいんだが。
苦悶の表情を浮かべる愛里奈さんを横目に俺は不覚にも芹沢さんのことを思い出していた。
俺の頭に残っていたのは彼女の物寂しげな表情。らしくない表情だっただけに今でも鮮明に思い出すことができる。
最近聞いた噂といい、あの時の彼女の表情といい、彼女に関する謎は多い。俺がどれだけ考えたところで解は出てこなさそうだ。だが、俺はそれらがどうしても気になった。
「…透くん?」
「っえ?なんですか?」
「…今他の女のことを考えてたでしょ」
やっべバレた…
「…別にぼーっとしてただけですけど?」
「いいや嘘ね。透くんは嘘をつく時声が半音上がるの。私の前で嘘をつこうだなんて愚策よ」
なんでそんなこと知ってるんだこの人は…俺と初めて話したのついこの前だよね?なんで俺の知らない癖まで知ってるの?
「全く、透くんはとんだ浮気症ね…私という存在がありながら他の女に手を出すなんて…」
「別に浮気も何も付き合ってすらないんですけど…ていうか芹沢さんはそういうんじゃないですって」
「言い訳しないで頂戴。…あの小娘、透くんのジャージを着てすっっっっっごい嬉しそうな顔してたわよ?全く腹ただしい…」
「小娘って貴方同年代でしょうが」
「私からしたら小娘よ。透くんに近寄ろうなんて、許せないわ。…でも…透くんが一夫多妻制がいいと言うのなら…ダメね義理許せないわ」
「許せないんだ…」
この人俺が言えば何でもやりそうなイメージあったけど流石にNGはあるのか。まぁなかったらなかったで恐怖だけど。愛里奈さんも案外人間なんだな…
「…透くん、貴方今すごい失礼なこと考えてない?」
「そんなこと無いですけど」
「嘘よ。その顔は嘘をついている時の顔よ。…どうせ私が人間じゃないとか思ってたんでしょ!」
「人の心を顔で読んでくるのやめてくださいよ」
なんなんだこの人…俺の心全部読んでくるじゃん。こっわ…
俺のすべてを読んでくる悪魔が隣にいることに軽く恐怖を覚えていると、俺の視界の端に見覚えのある人影が移る。俺の視線は自然とそちらに引き寄せられた。
「どうしたの透くん?青信号だけど」
「…あれ、芹沢さんじゃないっすか?」
俺は芹沢さんの方を指差す。あの特徴的な髪色は間違い無く彼女だ。
愛里奈さんは数秒見つめた後になんとも言えない表情で俺の方に顔を向けてきた。
「…確かにそうだけど、透くん。私の前で他の女に見惚れるなんていい度胸ね」
「あっ…えと、さーせん…」
「…まぁ良いわ。さっき叱ったばかりだし不問にしておいて上げる。それにしても、この時間帯に一人は不自然ね…」
どうやら言いたいことは伝わっていたらしい。今の時間は22時05分。高校生なら外出していてもおかしくはないが…一人では少し怪しい。
荷物を見る限り、学校帰りのままだ。どうやらコンビニに買い物に来たわけでもなさそうだ。となると考えられるパターンは自然と絞られてくる。
この時間に一人で外出する理由として考えられるのは…
「…パパ活かしら」
「そんなわけ無いでしょう…どこぞの女じゃないんですから」
「でもこの時間にあんなところで佇んでるのはもうそれでしかないじゃない?」
芹沢さんが立っている周りをよく見てみると、近くにそういうホテルがちらほらあるのが見えた。確かにこう見ると…見えなくもないな。
「あの小娘…透くんに言い寄っておいて体を売って金を稼ごうなんていい度胸ね。私が根性叩き直してやるわ」
「ちょ、ちょっと、やめくださいよこんな町中で!騒ぎになったらどうするんですか!」
怒りのままに突撃しようとしている愛里奈さんを引き止める。ここで騒ぎを起こしてしまっては、彼女のこれからのキャリアが危ぶまれる。ここは無理矢理にでも引き止めなくては。
「確かにそうね。ここで身バレしたら困るわね」
「そうですよ…愛里奈さんもまだまだこれからなんですから気をつけてくださいよ?」
「ありがとう透くん。透くんのお陰で冷静になれたわ。さすがは私の未来の夫ね」
…なんか勝手に未来決定されてるんですけど。
「…ていうか見失ったわね」
「あー…」
先程芹沢さんがいたところにはすでに彼女の姿は無く、人混みの中に既に消えてしまっていた。
これでまた彼女に関する謎が一つ増えてしまった。笑顔を振りまく仮面の下には一体何が隠れているというのか。謎は深まるばかりだ。
「…まぁいいわ。もう時間も遅いし、早く帰りましょう。私とのラブラブ晩ごはんが待ってるわよ」
「それ自分で言ってて恥ずかしくないんですか…?」
俺の問いかけに対する答えは帰ってこない。多分それなりに恥ずかしくはあるのだろう。
愛里奈さんに手を引かれ、俺は自宅へと向かうのだった。
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