第22話ベッド
人で賑わう駅前。会社員から学校帰りの学生まで、様々な人が行き交う。
愛里奈さんと放課後に二人でデートをする約束をした俺は彼女の到着を待っていた。…彼女の提案からここで待ち合わせをしているのだが、かなり人通りだ。彼女の変装技術があるとは言え、心配だ。大丈夫だろうか…
「おまたせ透くん」
背後からの聞き覚えのある声に振り返る。待ち合わせ時間ピッタリに愛里奈さんがやってきた。
俺が制服なのに対し、彼女は紺色のパーカーに黒のジーンズ。いつもおろしている髪は上でまとめ上げられており、口元を覆ったマスクとメガネの影響で見ただけでは誰だか分からない。俺と出会ったあの日を彷彿とさせる服装だ。
「おぉ…お疲れ様です…」
「何その口調…私と透くんの仲じゃない。やめて」
「いや、一瞬誰だか分からなかったので…完璧っすね」
「ふふ、でしょう?待ちに待った透くんとのデートだもの。バレて台無しにさせるわけにはいかないもの」
そう胸を張って語る愛里奈さんの声色はどこか嬉々としている。モデルという職業を営むうえで自由な外出というのは少ない。今日はその限りなく少ないうちの一日なのだ。胸が踊るのも当然のことだろう。
「さ、行きましょう。私と透くんの愛の巣を探しに行きましょう」
「その言い方やめましょうか。…愛里奈さん」
俺は愛里奈さんの手をそっと掴む。愛里奈さんは俺の行動に少し驚いているようだった。マスクで口元がくれていても目元でわかる。
「人が多いですから離れないように、ね?」
「え、えぇ…少しずるいわ透くんは…」
「え?なにか?」
「…何でも無いわ。行きましょう透くん」
隠れた彼女の横顔を見つめると、不思議と彼女らしくないと感じてしまう。それは彼女が不断と違う服装をしているからなのか、それとも。
そんなこと知る由もない俺は彼女とともにショッピングモールへと向かった。
愛里奈さんとともにショッピングモール内にある寝具コーナーへとやってきた。かなりの広さを有するこのコーナーには様々なベッドがずらりと並べられている。この数の中から愛里奈さんが気にいる物を見つけるのが今日の目標だ。…予算内に収まるものを選んでくれるといいのだが。
「いいですか愛里奈さん?今日は愛里奈さんが寝るベッドを探すんですよ?二人で寝るやつじゃないですからね?」
「分かっているわ…心が痛むけれど、これも透くんのためね…」
すごく残念そうな表情をしているが、ここは見てみぬふりだ。ここで折れてしまっては今日ここに来た意味が無い。
数あるベッドを眺めながら愛里奈さんがとともに品定めをしていく。自分が寝るものだからか、愛里奈さんの表情もこころなしか真剣な表情に見える。最近のベッドっていろんなのがあるるんだな…
「これは少し狭いわね…これじゃ不十分よ…」
「こっちのとかどうですか?収納とかついてますよ」
「それは…確かに良いけれど、もう少し広いのがいいわね」
愛里奈さんはどうやら広いベッドが好みらしい。やっぱりそれぐらいじゃないと満足しないのかな?快眠のためなら仕方ないよな…
「…そう言えば、愛里奈さんってあのマンションに部屋持ってるんですよね?そっちにベッド置いてないんですか?」
「あそこの部屋は基本的に備え付けのもの以外に何も置いてないわ。たまに入って休憩するぐらいだから必要ないのよ」
…部屋そんなに使ってないんだ。確かに普段も俺の部屋にいることが多いし、それ以上に仕事で忙しいだろうから使う機会も少ないのかもな…
「…俺と過ごすようになるまではそこで暮らしてたんですか?」
「えぇ」
「ベッドなしでどうやって?」
「床に寝るのよ」
「…体痛くなりません?」
「別にそのくらいは許容範囲よ。その頃は仕事で忙しかったし、そもそも寝る時間がなかったからね」
寝る時間すら無いとは、やはりモデルという職業は過酷だ。売れっ子である彼女の宿命でもあるのかもしれないが、これだけ聞くと彼女の体が心配になる。いつもはすらっとしたスタイルとしか見えない彼女の手足がどうしても頼りなく細く見えた。
「仕事が終わったら透くんの観察。休み日は一日眺めてるのが普通だったしね」
…そうだこの人頭おかしいんだった。俺のこと見てる暇があったらちゃんと人間として生活してくれ。体壊れるぞ。
「…俺のこと見る前にやることあるでしょう」
「私の中で透くんは私の魂そのものなの。私から魂を奪う気なのかしら?」
「その魂が言ってるんすよ。少しは自分の体を気遣ってください」
「大丈夫よ透くんは私の癒やしだから」
まぁ…本人がそれならいいか。
「…!これは…!」
愛里奈さんが一つのベッドの前で足を止めた。目の前にあるのはクイーンサイズのベッド。いつも使っているシングルサイズよりも遥かに大きいサイズだ。
「このサイズ…この質感…これなら二人で寝ても快眠できそうね…」
「…愛里奈さん?」
「いや、でもこれだと透くんとの距離が離れてしまうわ…」
「あの…二人で寝る想定で考えてません?」
「…」
「…別のにしましょうか」
「なぜなの!いいじゃない今まで通り二人で寝れば!」
「それが問題だったんだから今日来たんでしょうが。二人で寝る用のやつ買ったら意味無いでしょ」
「そんな…私透くんが横にいないと寝られないのよ!?私に不眠症になれっていうの!?」
「さっき床で一人で寝てたって言ってたじゃないですか」
「それは別よ!こんなに依存させておいて一人で寝ろなんて…透くんは鬼よ鬼!」
まるで子供が駄々をこねるように抵抗する愛里奈さんに俺はお手上げ状態だ。こうなるとこの人否が応でも止まらないんだよな…
「ねぇ、あれ…」
「うわ、カップルの喧嘩?彼女泣かせてない?」
「最近の高校生は大変ね…」
…やばい。周りからの視線が痛くなってきた。このままだと俺が彼女泣かせてる最低な彼氏になっちゃう。ここはやむを得ないか…
「はぁ…分かりましたよ。今まで通りで二人で寝ましょう。それでいいでしょう?」
「…分かればいいのよ。透くんは一生私の隣で寝てくれればいいの。どんなことがあっても、一生よ」
今回は安眠が手に入ると思ったんだけどな…まぁ、このサイズがあれば多少のスペースはできるだろうし、大丈夫か。
「とりあえずこれを買いましょう。これなら二人で寝ても安眠出来るわ」
「はいはい…じゃ、レジ行ってくるんでちょっと待っててください」
「待って。今回は私が払うわ」
レジへ向かおうとする俺の袖を愛里奈さんが掴む。もう片方の手には黒いカード。言わずもがな、彼女のクレジットカードだろう。
「…愛里奈さん、それは…」
「会社のクレカよ。これで払うから透くんは出さなくていいわよ」
「いやいやいや、流石にプライベートでそれ使うのはまずいでしょ…」
「大丈夫よ。経費で落とすから」
「出来るんですかそんなこと…」
「私が使うなら何でも経費で落ちるわよ。それじゃ、行きましょう」
「…えぇ」
結局、会計は愛里奈さんが持つ事になった。まさかのブラックカードに店員さんも少し驚いていた。
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