第21話動揺と葛藤

「ど、どういうことかしら透くん…」


 俺の突然の提案に愛里奈さんは困惑した様子だった。不断は冷静沈着な彼女が取り乱しいているのが見て取れる。声色が裏返ってるし。

 

 俺がなぜこんな提案をしたかと言うと、連日続く自分との葛藤をなくすためである。

 俺と愛里奈さんは同じベッドで寝ている(寝させられている)のだが、まぁ狭いのだ。元々一人用のベッドに二人で寝ていることもあるが、何より愛里奈さんの二つの大きく実ったそれが邪魔なのだ。

 他の部位はすらっとした彼女だが、胸部だけは別なようでそのサイズは人並み以上。近くで見ると尚その破壊力が増す。一緒に寝ているときはいつもそれが俺に押し当てられる形になっているのだが、その破壊力は凄まじく俺の理性をいつも揺さぶってくる。俺は毎日理性と欲の葛藤に悩まされながら眠りにつくのだ。

 目覚めも良くないし、俺の心臓にも悪い。愛里奈さんには悪いが、ここは別々に寝させてもらうことにするしか無い。その一心で俺はこの提案をしたのだ。

 …提案したのはいいものの、当人がこの様子だと厳しい…かな?


「流石に二人で寝るのもキツイので、そろそろ別に寝たほうがいいかなと…」


「…落ち着いて私。これは決して嫌われたわけでは無いわ。透くんはただ純粋に一人で寝たいと言っているだけなの。…それって嫌われてるじゃない!!!」


 …何か一人で騒ぎ出したんだけどこの人。頭大丈夫なのか?…いや、だいじょなばいな。


「ああ…これは一大事だわ…夫婦決裂の危機よ…!」


「結婚してないし、別に嫌いなんて言ってないんですけど…」


「と、とりあえず落ち着くのよ私…コーヒーでも飲んで…あばばば…」


 愛里奈さんが動揺のあまり口元をコーヒーまみれにしている。国宝級とまで称されている顔がコーヒーまみれだ。なんかここまで取り乱すのも珍しいな…


「落ち着いてください愛里奈さん。はい、ティッシュ」


「あぁ、ありがとう透くん。はぁ…透くんの香りがするわ」


 口元のコーヒーを拭いた愛里奈さんはまだ動揺が残っている様子だった。このまま誤解が続くとまたあのめんどくさいモードに突入してしまう。その前にどうにか説得しなくては。


「…別に一緒に寝るのが嫌になったわけじゃありません。ただ、この先のことを考えると別で寝てたほうがいいかなと」


「…この先のことって?」


「それはまぁ…色々っすよ」


「わかりやすい嘘…!やっぱり一緒に寝るのが嫌なのね…」


 …やべ、バレた。流石に誤魔化せないか…


「いやいや、違いますって…」


「じゃあなんだって言うのよ!…まさか他の女?女ができたのね!!!」


「なわけないでしょうが。誰かさんの愛が重すぎるせいでこっちはそんな暇ないんですよ?」


「その人はきっと相当な透くん想いなのね…透くんにお似合いなお嫁さんになる気がするわ」


 …なんなんだこの人。怒ってるのかそうじゃないのかどっちなんだ。情緒の差で風邪を引いてしまいそうだ。

 ここで引き下がるとまた逆戻りだ。ここは更に一歩踏み込んで攻めなくては。


「…流石に色々まずいですし、別々に寝ましょうよ」


「いやよ。私は透くんの側にいることが生きがいなの。それを私から奪うというの?」


「このままだと俺警察のお縄になっちゃうかもしれないんですよ。どうにか許してくれませんか?」


「私はいつでもウエルカムよ。むしろ既成事実ができてちょうどいいわね」


 ダメだこの人無敵だ…何を言っても無駄な気がしてきた…いや、諦めるな俺。自由が欲しいなら自分で手に入れるんだ。誰かの助けを待ってたって誰も助けに来てくれないんだぞ…!


「…お願いです愛里奈さん。どうか、ご慈悲を…」


「くっ、透くんからのお願い…でも、流石に別々で寝るのは…いや、私と透くんの愛はそう簡単になくなるものではないわ。自分の作り上げた愛を疑うと言うの?…いやでも…」


 どうやら愛里奈さんの中では二つの人格が争っているらしく、何やらブツブツとつぶやいている。苦悶の表情を見る限りかなりの葛藤が生じているようだ。…こうも目の前で悩まれるとなんか心配になるな…ていうかこの人自分と会話してるんだけど大丈夫なの?精神科に連れて行ったほうがいいやつ?


「ダメよ私…不安に負けてはダメ。透くんのお嫁さんになるためにも、透くんのことを信じなきゃ…!」


「そんな重く捉えなくていいですけど…そうだ、愛里奈さん。今日の放課後空いてます?」


「放課後?…今日は透くんの隣で舐め回すように観察する予定だけど…」


「…なら空いてますね。せっかくなので二人で見に行きませんか?ベッド」


「放課後に…透くんと二人で…?」


「えぇ。愛里奈さんがよければ二人で行きましょう」


「これはまさか…デート…!デートなのね…!」


 愛里奈さんが瞳を輝かせて呟く。デートということにすれば彼女も納得してくれるだろう。…彼女とデートとなると少し不安もよぎるが。多分大丈夫だ。彼女の変装技術は洋画のそれを上回る。


「行きましょう透くん。…ようやく、待ちに待ったデート…!透くんとの初デート…!あぁ、なんて素敵なの…思わず泣けてきたわ…」


「あはは…ハンカチどうぞ。…思えば二人でちゃんと外出とかしたことなかったですね」


「透くんが知らないだけで今まで何度もしてるわよ?数ヶ月前ぐらいから…」


「…それってただのストーカーですよね?」


「ストーキングもデートも四捨五入したら一緒よ。気にすることじゃないわ」


 いやめっちゃ気になるんだが。四捨五入はそんなに万能じゃないだろう。


「懐かしいわね…最初に二人で行ったのは確か映画館だったわね」


「全く記憶に無いんですが…」


「忘れたの?隣に座ってたじゃない」


「隣にいたんだ…」


 隣にいたの…?本当なのだとしたら警戒心なさすぎないか俺…


「ま、そんなことはこの際どうだっていいわ。今日の放課後、楽しみにしてるわね」


「えぇ。くれぐれも周りにはバレないように」


 安眠のためだ…このミッション、なんとしても完遂してみせる!

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