第23話甘い者

 ベッドを書い終えた俺と愛里奈さんはショッピングモール内を散策することになった。愛里奈さんはあまりこういうところで遊んだことが無いらしく、周りの物に興味津々だ。


「ショッピングモールっていろんなものがあるのね…」


「愛里奈さんがこういうところに興味示すの以外ですね。てっきり俺より慣れてるものかと」


「来ることはあるのだけれど、ゆっくりすることはなかったからね。…あ」


 足を止めた愛里奈さんの視線の先にはクレープ屋。甘い香りが彼女の視線を引き寄せたようだ。

 普段甘いものを抜いている彼女だからこそ、この誘惑には弱い。俺は固まった彼女の横顔に声をかけた。


「…あれ、食べましょうか」


「でも…甘いものは…」


「今日ぐらいいいでしょう?…じゃこうしましょう。俺からのお願いです。俺と一緒にクレープ食べてくれませんか?」


「…そ、それなら仕方ないわね…外でもない透くんのお願いだもの。一緒に食べてあげるわ」


 俺には甘い愛里奈さんは満更でもない様子だ。やはり糖分…糖分は正義…!

 

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!」


 レジに行くと、挨拶とともにメニュー表を手渡される。豊富なメニューが揃っているらしく、サラダなどのおかずタイプのものまである。こう見ると悩ましいものだ。王道のチョコバナナに意外性のキウイ…どれも捨てがたい。


「えーっと、俺チョコバナナで。愛里奈さんはどうします?」


「私はストロベリーにするわ」


「チョコバナナとストロベリーですね!お近くのベンチでお待ちください」


 注文を終えた俺と愛里奈さんは近くのベンチで待つことにした。

 この時間帯のショッピングモールはかなりの賑わいを見せる。学校帰りの学生達が遊びに来ることから誰かに遭遇しないかと心配していたが、案外会わないものだ。余計な心配だったかな。


「ふふ…本当に透くんの隣でデートしてる…ふふ…」


 隣に座る愛里奈さんからの舐め回すような生ぬるい視線が俺に絡みつく。見られているだけなのに伝わってくる謎の不快感が俺の思考をかき乱す。


「…愛里奈さん、その視線やめてもらっていいですか?」


「無理よ。今日の朝言ったでしょう?今日の放課後は透くんを舐め回すように見る予定って」


「いつも見てるでしょうが…見飽きないんですか?」


「えぇ飽きないわ。最近のおんなじ顔してるアイドルなんかよりもよっぽどイケメンよ」


「そんなこと言わないの…最近のアイドルもイケメンですからね?」


「お待たせしました〜!」


 そんなやり取りをしているうちにクレープが出来上がったようで、店員さんが届けに来てくれた。俺はチョコバナナ。愛里奈さんにはストロベリーのクレープが手渡される。小麦の甘い香りが食欲を誘ってくる。


「久しぶりの…クレープ…!」


「…それじゃ、食べましょうか」


 二人揃ってクレープを口に運ぶ。王道なチョコとバナナの組み合わせ、まずいはずがない。甘いバナナに少しビターなチョコが合わさって最高だ。いつだって甘いものは俺の味方をしてくれる。


「ん〜!おいしい…」


 ふと隣を見ると、満面の笑みでクレープを食べる愛里奈さんが目に入る。普段クールな姿で周りを魅了する彼女からは想像できない一面だ。可愛らしいその表情に俺は思わず釘付けになる。やはり甘いものは皆好きなんだよな。

 彼女の顔を見つめていると視線が合った。彼女は少し気恥しそうに顔を逸らすと、俺にクレープを差し出してくる。


「…こっちのクレープも美味しいわよ。一口どうかしら?」


「えっ…」


 お前も巻き添えだと言わんばかりに愛里奈さんはぐいぐいと差し出してくる。…これ拒否ったらまためんどくさくなるやつだろうか。もう早く食べろと言わんばかりの目つきしてるし。


「…えと、いただきます」


 愛里奈さんが差し出してきたクレープの端を少しだけかじる。いちごの甘酸っぱさが生クリームと合わさって美味しい…はずなのだがそれ以上に心臓の拍動がうるさくてそれどころではない。

 口に広がる甘みを胸の高鳴りが打ち消していく。じんわりと熱を持った頬が俺に自覚させてくる。彼女を意識してしまっているということを。

 抑えきれない程にうるさいその拍動はしばらく俺を固まらせた。


「…どう?」


「…おいしいっすね」


「ふふ、そうでしょう?それどころではなさそうだけれど。…私にも一口ちょうだい」


「ど、どうぞ…」


 俺のクレープが愛里奈さんの口に運ばれる。俺は関節にならないように避けて食べたが、愛里奈さんはそんなのお構いなしだ。こんな美女が俺と関節キスしていると思うと罪悪感と背徳感に襲われる。…なんか俺だけ機にしてるみたいで恥ずかしいな…


「関節キス、ね」


「黙ってたのに言わないでくださいよ…」


「ふふ、別に意識はしてたんでしょう?透くんの味がするわ」


「…そうですか」


 なんだ俺の味って…そんなわかるほど変な味でもするのか俺は。

 隣でくすくすと笑っている彼女を見ると、年相応の幼さがあるように見える。普段の彼女はどこか大人びていて、他人を魅了してしまうような色気にあふれているが、クリームを口端につけて美味しそうに食べる彼女はさながら幼い子供のように見えた。

 俺は無意識に愛里奈さんの口端に手を伸ばしていた。


「…え」


「あ…クリーム、ついてましたよ」


「…あ、ありがとう…私としたことが、口にクリームを付けてしまうなんて…」


「あはは、別にそんなに気にすることじゃないですって」


「私が透くんにやりたかったやつなのに…」


「そっちですか…」


 この人いつになっても変わらないな…悔しがるとこそこかよ…

 固く握りしめた拳を膝に当てながら悔しがる愛里奈さんに俺は苦笑いをこぼした。いつになっても欲に忠実な彼女の姿勢には飽きれるばかりだ。…そこがいいところなのかもしれないけれど。


「…でもよかった。愛里奈さんってやっぱり甘いものが好きなんですね」


「そりゃそうよ。誰だって甘いものは好きでしょう?私を何だと思ってるのかしら」


「床で寝てたとか言うもんですから人間らしいところがあって安心したんですよ」


「別に床で寝るのはおかしいことじゃないわよ。ていうか透くんのために時間を割いてたんだから透くんのせいよ。この色男」


「俺のせいなんですか…」


「…でも、懐かしいわね…昔ママとよくクレープ食べてたっけ」


 ふと愛里奈さんがそう零す。珍しく自分のことをつぶやいた彼女に俺は少し驚いてしまった。


「…そういえば愛里奈さんのご両親でどんな人なんですか?」


「ママは優しい人ね。ちょっと天然だけど。パパはしっかりものだけど、大体ママに振り回されてるわ。よくヘナヘナになってるわ」


「いいご両親を持ってるんですね。…愛里奈さん最近はいつも俺の家にいますけど、帰らなくていいんですか?少しぐらい顔を見せたほうが…」


「あー…そう言えば帰ってなかったわね。最後に帰ったのはいつだったかしら…一年前ぐらい?」


「えぇ…それ大丈夫なんですか?なんか色々心配されてるんじゃ…」


「別に大丈夫よ。パパもママも私がモデルで忙しいこと知ってるから」


 それでいいのか愛里奈さん…後で俺の責任にされても困るから早いところ帰ってほしいところだ。きっとご両親も心配してるはずだし。


「まぁでもたまには帰るのもありね。透くんのことを紹介しなくちゃいけないし」


「なんかさり気なく外堀埋めようとしてません?まだそういう関係じゃないんですけど?」


「あとは透くんのご両親にも挨拶して…いや、事前に私だけで挨拶してたほうがスムーズに運びやすいわね…」


 俺の話を聞いている様子も無い愛里奈さんに俺は困惑してしまった。この人少しは俺の意見も聞いてくれてもいいんだけどな。

 談笑しつつもクレープを食べ終えた俺はゴミを捨てようと近くのゴミ箱へと向かおうとする。立ち上がった俺の背後からその声は響いた。


「あ!透くんじゃん!」


 まさかと危惧する気持ちとともに俺はゆっくりと振り返る。そこには満面の笑みを浮かべてこちらに向かって手を振っている芹沢さんの姿があった。


「せ、芹沢さん…」


「よー透くん!奇遇だねぇこんなところで。クレープ食べてたの?」


「は、はい。まぁ…」


「あれ、隣のは…」


 芹沢さんの目線が愛里奈さんに移る。変装しているとは言え、できるだけ隠しておこうと思っていたのだが…さすが芹沢さん。感が鋭い。

 とにかく、ここは適当な言い訳でもいいから切り抜けなくては。


「あー、えーっと…」


「天内愛里奈です」


「天内…愛里奈?」


「ちょ、愛里奈さん!?」


「…あー!妹さん?はじめまして!私、芹沢紫乃です!」


 …なるほど。血縁者を名乗って切り抜けるつもりか。ナイスアイデア愛里奈さん…!


「透くん、妹さんいたんだね。似てはないけど」


「はは…よく言われるっす」


 芹沢さんは変装した愛里奈さんをまじまじと見つめている。無いとは思うが、バレなければいいのだが。


「すごい美人さんだねぇ愛里奈ちゃんは。…なんかどこかで見たような…?声もどこかで…」


「はは…き、気のせいじゃないっすかね」


「…それもそっか!見たことあるはずないし」


「…芹沢さんは、お兄ちゃんと仲良しなんですか?」


 …おっと?


「そうだよ!透くんとはよく一緒に遊んでもらってるんだ〜…そう言えば愛里奈ちゃん、この前家に行ったときはいなかったよね?」


「あ」


「…」


 …不幸というのは思わぬところで起きるものだ。今最も思い出してほしく無いことが芹沢さんの口から飛び出す。

 愛里奈さんの鋭く重い視線が俺に突き刺さる。冷たく闇に包まれたその瞳は俺を脅迫してきている。


「あ、あの時はたまたまいなくて…」


「そうだったんだ。これからよろしくね〜…あ、やべ!私映画見るんだったわ!またね透くん!」


「あ、はい。また…」


 そう言うと芹沢さんは駆け出していってしまった。再び俺と愛里奈さんが二人きりになる。先程の和やかな状況とは一転、うんざりするほど重たい空気が漂う。

 俺の肩にずっしりと重い愛里奈さんの手が添えられる。


「…透くん?」


「…」


「随分と仲が良さそうなのね」


「…なんのことですかね」


「とぼけても無駄よ。…そういえばこの前は説教だけで何をしてたか聞いてなかったわねぇ?」


 この後、愛里奈さんの俺への問答は小1時間続いた。

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