第14話対決

「どうぞ」


「お邪魔しまーす…」


 先に芹沢さんを上がらせた後に俺も家の中へと入る。幸い、中は片付いていた。愛里奈さんがやってくれたのだろう。散らかっていては見せる顔がない。助かった。


「リビングはあっちですよ」


「おぉ…結構広いところ住んでるんだね。結構高いでしょ?」

 

 部屋を見回しながら彼女は話しかけてくる。別に見られたらまずいものを置いている訳では無いが、こうまじまじと見られると少し気恥ずかしい。


「まぁ…自分が払ってるわけじゃないんで。安くはないと思いますけど」


「いいな〜一人暮らし。夢あるよね〜」


「…芹沢さんは一人暮らしじゃないんですか?」


「うん。私は実家から通ってるんだ」


 聞いた後で野暮だったと感じたが、後の祭りだ。芹沢さんは一人暮らししているという勝手なイメージを持っていたため、俺にとっては以外だった。


「…でもちょっと堅苦しくてさ。なんか正直居心地が悪いんだよねぇ…だから憧れちゃうなぁ、一人暮らし」


 ため息を吐いた彼女の横顔には苦労の念が垣間見えた。彼女の雰囲気に合わず、厳しい家庭なのかも知れない。厳しい家庭で育つと反動でゲームなどに没頭するという話はよく聞く。

 彼女を案内しながらリビングへと移動する。愛里奈さん関係のものは見せないように注意しなければ。関係を悟られてはまずい。


「荷物は適当においておいてください。…で、なにで対決します?最近のゲームは一通りありますよ?」


「ほぅ…私に選ばせてしまっていいのかい透くん?私のゲームの腕はパケモンだけではないよ」


「芹沢さんこそ、俺のことをあまり舐めないほうがいいですよ。パケモンでは上でも、他だったらどうですかね…?」


 話し合いの末、互いに選んだゲーム一本ずつで勝負することになった。

 この対決には俺のプライドもかかっている。相手があのブラックバード塩崎とは言え、他のゲームだったら俺にも勝機はある。この勝負、負けられないぞ…!



「よっしゃー!私の勝ちぃ!」


 一戦目。パケモンを選ばれた俺は見事に芹沢さんにボコボコにされた。流石はランクマッチレート一位。実力は伊達ではない。

 俺の出来る全力をぶつけたつもりだったのだが、芹沢さんのパケモンを前に三タテを食らってしまった。これが一位…!


「へいへい、焦ってんじゃなーい?」


「まぁ、これぐらいは想定内ですよ…相手が一位ですし?」


「言い訳は良くないよ透くん!だからレートが1900止まりなんだよ!」


 反論の1つや2つ言ってやりたいところだったが、相手は一位。言葉の重みが違う。それに、今俺が何を言ったところで負け犬の遠吠えだ。今は口をつぐむしか無かった。


「…まぁ、次のゲームが残ってますから。喜ぶのはまだ早いですよ」


「大丈夫。次のゲームも私が勝っちゃうから!」


「そう言ってられるのも今のうちですよ…次はこれで勝負です!」


 俺が手に取ったのは『マルロカート8』。発売から数年経った今でもなお人気なレースゲームだ。俺のこのゲームを四桁近い時間を遊んでいる。芹沢さんもそこそこの時間遊んでいるだろうが…俺の時間に勝ることは無い。

 それに加えてこのマルロカート8は先程のパケモンとは違い、戦略を練る対戦ゲームではなく自分の腕にすべてがかかっているレースゲームだ。つまり、遊んでいる時間が長いほうが圧倒的有利…!


「マルロカート…ふーん、対戦じゃ勝てないからレースで対抗するってことね…中々いい判断だね透くん」


「ふっふっふ…俺はかなりこのゲームをやり込んでるのでね。負ける気がしないですよ」


「油断は禁物だよ透くん…私だってそれなりにやってるからね!」


 まずはここで一本取って延長戦に持ち込むんだ。そうすればまだ勝機はある。ここは何がなんでも勝たせてもらうぞ…!

 二人ともコントローラーを握ったところでレースを開始する。コースは俺の得意な『しおりサーキット』だ。

 悪いがここは俺が過去に世界記録を叩き出した場所だ。よほどのことがない限りは俺の勝ちは確実である。負けるにしても俺のプライドが許さない。ここは勝たせてもらうぞ…!

 NPCは無し。完全なるタイマンだ。タイマンだからこそ負けられない。

 画面のカウントダウンに合わせてアクセルのボタンを押し込む。こうするとロケットスタートすることが出来るため、時間短縮になる。初心者でも出来るテクニックだ。

 

「よし、スタートは順調…!」


 スタートはどちらもロケットスタートを切った。対して差は無いものの、俺が前を走っている。しかし、一位だからといって喜んではいけない。このゲームにはアイテム要素がある。

 芹沢さんのキャラがコースに置かれたアイテムボックスを割る。数秒して彼女の手元に来たのはブーストきのこだ。


「きのこ来たー!ここは先頭は貰っちゃうよ!」


 きのこを使った芹沢さんのキャラのスピードが一気に上がる。俺のキャラを抜き去り、先頭に立った。

 このゲームではアイテムを使うことで戦況を一気にひっくり返すことが出来る。最下位から捲くることなどザラにある。それを狙ってゲーム実況する人も多いくらいだ。


「よしよし…先頭まだ私だけど、大丈夫ー?」


「どう言ってられるのも今のうちですよ…!」

 

 1周目が終わり、2周目へと突入した。先頭は芹沢さん。俺はその少し後ろを走っている。

 俺が彼女の後ろを走るのには理由がある。このゲームは順位が高いほどいいアイテムの出る確率が下がる。例えタイマンだとしてもそれは変わらない。

 アイテムによって逆転の確率も変わる。この場合はギリギリまで後ろについているのが得策だ。 

 …それにしてもこの人…


「おーっと、カーブ…」


 カーブに差し掛かるのと同時に芹沢さんの体が傾く。別に体とゲーム内のキャラが連動しているとかそういう要素は無いのだが…レースゲームあるあるだ。

 芹沢さんが座っているのは俺のすぐ隣。体が傾く度に肩がぶつかる。別にプレイに支障が出てるとかではないのだが…少し気になる。


 そうこうしているうちに既に三周目。最後の一周だ。勝負はこの一周にかかっている。今のところ俺のアイテムはスリップバナナと振り逃げファイヤー。どちらも妨害系のアイテムなため、タイマンにおいては使いにくい。出来るならば俺もブーストきのこが欲しいところだ。

 最後の一周ということともあり、芹沢さんも飛ばしている。一周目二周目よりも攻めたコース取りで走っている。ショートカットも完璧だ。

 だが、俺も負けてはいない。彼女の後ろをショートカットも駆使しながらしつこくついていく。


「やるね透くん…」


「俺も伊達にこのゲームやってたわけじゃないんで。タイマンで負けるわけにはいかないんですよ…!」


 俺と芹沢さんの差はもうわずか。いつ追い越してもおかしくはない。

 だが、ここで追い越してしまえば後でアイテムを引かれた時に追い越されてしまう可能性がある。そうなるとどう足掻いても止められない。逆転は阻止しなければ。ここのアイテムボックスにかかってるぞ…!


「…来たッ!」


 最後のアイテムボックスから出てきたのはブーストきのこ。ここに来て待っていたアイテムが来てくれた。

 このコースのゴール近くにはきのこを使うと出来るショートカットポイントがある。そのショートカットを成功させれば勝利は確実だろう。ここのショートカットは幾度となくやってきた。間違いは許されないぞ俺…


 そうこうしているうちにゴールが迫ってきた。距離は後数百メートルと言ったところ。現実ではまだ少しかかる距離だが、ゲームならあっという間だ。ショートカットまで後わずか。

 来た…


「ここd「どーん!」


 ショートカットに差し掛かった瞬間、芹沢さんの頭が俺の膝下に突撃してきた。突拍子もない行動と突然の出来事に俺は動揺を隠せなかった。

 コントローラーを離してしまった俺のキャラはゴールの数メートル前でストップ。その真横を芹沢さんのキャラが走り抜けた。


「いえーい!私の勝ちぃ!」


「…芹沢さん」


「言いたいことは分かるよ透くん…でも勝負には卑怯もなにもないんだよ?出来ることは全部やらないと」


 俺の膝から俺を見上げながら芹沢さんはにこっと笑う。責めたいのに責められない。この人は…


「…3本先取に変更です」


「いいよ。何回やっても同じだけどね〜?」


 俺と芹沢さんは時間のことなど忘れてゲームを楽しんだ。




 時刻は22時43分。ゲームを楽しんでいるうちにこんな時間になってしまった。早めに終わらせようと思っていたのだが…敗北は俺のプライドが許してはくれなかった。


「いや〜楽しかった!今日はありがとね〜…25対25、対決はまた今度だね」


「えぇ。次は勝ちますよ」


 今日の対決の結果は25対25で引き分け。あまりにも実力が拮抗しているため、決着がつかなかった。どれもいい勝負でやっていてあんなに楽しかったのは久しぶりだ。ここ最近だったら一番楽しい時間だった。


「…本当に送らなくて大丈夫なんですか?」


「うん。迎え呼んであるから大丈夫。心配してくれてありがと」


「そうですか。…それじゃ、また明日」


「うん。それじゃあね!」


 芹沢さんが手を振りながらエレベーターへと消える。俺はその姿に手を振返して見送った。

 それにしても、芹沢さんがここまでゲーマーだったとはな。色々と気が合うみたいだし、周りの目が怖いから頻繁には遊べないが、たまに遊ぶぐらいならいいかもな。

 

「と お る く ん ?」


 ひやりと嫌な寒気が俺の背筋を襲う。無邪気でそれでいて冷徹な感情を孕んだその声に俺は身を固まらせた。

 俺の背後の闇から細い腕が伸びてくる。するすると巻き付いてくるそれはあっという間に俺の動きを封じた。声の主は振り向かなくても分かる。


「…愛里奈さん、帰ってこないんじゃなかったんですか?」


「そのつもりだったのだけれど、カメラを見てたら誰かさんが楽しそうに女と遊んでる姿が見えたのよ」


 うわ〜…めっちゃ忘れてた。

 …どうやらかなりご立腹のようだ。声色が物語っている。きっと瞳は暗黒につつまれていることだろう。


「…ねぇ透くん。少しお話しましょ。ベッドで、ね」


 俺は彼女の腕に引き寄せられてベッドへと連れ込まれた。

 愛里奈さんの説教は朝まで続いた。

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