第15話戻る日常?

「遊ぶ時は?」


「連絡いれます」


「学校では?」


「バレない程度に話します」


「他の女と話すときは?」


「…勘違いされるようなことはしません」


「私のことは?」


「…」


「『愛してます』でしょ。やり直し」


 時刻は午前8時20分。こんな朝っぱらからなにをしているかと言うと愛里奈さんとのルールの復唱である。


 先日、芹沢さんを家にまねいきれた俺は愚かにもカメラの存在を失念していた。仕掛けられたカメラは見事に俺と芹沢さんの姿を捉え、その姿を愛里奈さんに伝達した。

 朝まで続いた説教の後、俺は愛里奈さんのルールを設けられることになったのだが…何故かこうして朝っぱらから復唱させられている。なにをやらされているんだ俺は。


「…愛里奈さん、これやらなきゃ駄目ですか?」


「ダメよ。悪いのは透くんなんだから」


 まぁ確かに無断で家に知人を連れ込んだのは俺なのだが…ここまで糾弾されることだろうか?別に誰と遊ぼうが俺の勝手なのでは…

 この人にはなにを言っても通じないということはここ数日間で学んだことだ。恐らく俺が最後まで完璧に復唱出来るまでこれは終わらないのだろう。


「遊ぶ時は?」


「連絡いれます」


「学校では?」


「バレない程度に話します」


「他の女と話すときは?」


「…勘違いされるようなことはしません」


「私のことは?」


「…ぁぃしてます」


「聞こえない。ほら、もっと大きな声で」


 …この人なんか楽しんでないか?俺が苦しむところ見てそんなに楽しいか。楽しいんだろうな。


「…愛してます」


「私もよ透くん。…あぁ、透くんにこうしてお互いに愛を伝えられる時が来るだなんて…」


 あくまで言わされただけである。本心から言っている訳では無い。

 愛里奈さんは両頬に手を当ててその蕩けた顔を俺に向けてくる。色気をまとったその表情に俺は思わずいろんな意味でドキドキしてしまう。主に感情的な部分と、本能的な部分で。

 

 とりあえずなんとか復唱を終えた俺はトーストにかぶりついた。リモコンでテレビをつけて、朝のニュースを確認する。内容はあの女の処分について。

 突如として起こった美少女女子生徒の暴行事件として注目され続けていたあの女は少年院にて指導を受けることになったらしい。それについてコメンテーター達が関係あるのか無いのか分からないことを並べながら議論している。

 もう終わったことなのだ。今更あの女の動向を探る必要は無い。俺はすぐさまチャンネルを回した。


「…やっぱり気になる?」

 

 愛里奈さんが俺の様子を伺うように顔を覗き込んでくる。俺は加えたトーストを一旦皿に置いて答える。


「…まぁ多少は。俺がやったようなものなので」


 あの女は最後にと俺を道連れにしようとしてきた。しかし、愛里奈さんと健吾くんによってそれは阻止され、化けの皮もすっかり剥がされた。俺達は彼女に制裁を与えることに成功したのだ。

 だが、味方を変えればこうも取れる。一人の人間の人生を捻じ曲げた、と。

 あの女には数え切れないほどの罪がある。制裁など受けて当然。あれでも足りないぐらいだ。だが、彼女の人生を曲げたというのは紛れもない事実。俺はそこにわずかに負い目を感じてしまっていた。


「…あの女のやったことは許されないことです。あのくらいの罰も受けて当然です。…でも、なんか俺があいつの人生をああしたんだなって思うと、悔しいですけど負い目を感じると言うかなんというか…」


「…相変わらず優しいのね透くんは。…でも、優しすぎるわ」


 愛里奈さんの声色は少し呆れたようなものだった。…俺のことを見続けてきた人間からすれば思うところがあるのだろう。俺のことなんて、俺以上に知っているのだから。


「その優しさは危ないわ。相手は犯罪者と変わりないのよ?そんな相手に慈悲をかけるなんて、はっきり言って馬鹿よ。…例え自分が相手の人生を変えてしまったのだとしても、それは良くないことよ」


 愛里奈さんのその言葉にはどこか重みがあった。芸能界という違う世界で生きている彼女は俺と違って様々な体験をしてきたはずだ。その経験からの言葉なのだろう。


「…感情をコントロールするのは難しい事よ。でも、その優しさだけはしまっておいて」


「…分かりました」


 その愛里奈さんの真剣な表情は俺の中に尾を引くように残っていた。普段頭が狂っているとしか思えない彼女の真剣な一面に俺は見惚れてしまっていたのかもしれない。

 

「あぁ…透くんを怒ってしまったわ…ダメよ。ダメなのに…何なのこの包んであげたくなる感情は…!」


「…その感情もしまっておいてくださいよ。怖いんで」


 …やっぱり今の無し。この人ダメだわ。なんで人気モデルなんだよ。おかしいだろ。


「そんなの無理よ…!私の透くんへの愛は私の魂そのものなの!私に死ねって言うの!?」


「そこまで言ってないでしょうが。せめて心の中にとどめておいてくださいよって」


「無理よ。この感情はそう簡単に抑えられるものではないわ。そう、誰かさんがハグでもしてくれない限りね」


 もはや真剣なのかふざけているのか分からないその顔で愛里奈さんは両手を広げた。俺が飛び込んでくるのを待っているのだろう。この人、俺がやらない限りここから動かないつもりだ。俺に許された行動は1つしか無い。俺は愛里奈さんに抱きついた。


「うふふ…そう、それでいいのよ…」


 …なんかこの人今更だけどあの女に負けず劣らずやばい人なんじゃ…


「はぁ…透くんが私の腕の中に…♡あぁ、今すぐ押し倒して私のものにしたい…♡」


 ダメだ。俺の本能が逃げろと言っている。今すぐこの危険な香りを放っている女から逃げろを訴えかけてきている。逃げたいのは山々なんだが、この人案外力が強い。抜け出すことができない。


「…愛里奈さん、これいつまで続けますか?」


「私が満足するまでよ。後5時間ね」


「…」


「…冗談よ。透くんが私の質問に正直に答えてくれたら終わりにしてあげる」


「…なんですか?」


「透くんは、私のこと好き?」


「…えっと…」


「好き?」


「…好きか嫌いかで言われたら…」


「言われたら?」


「…好きですけど」


「…ふふっ、うふふふふっ…えぇ、私も大好きよ透くん。結婚しましょう」


「早いです…」


 その後、結局5時間離して貰えなかった。

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