第13話気の合う人
長かった授業も終わり、ようやく訪れた放課後。部活前にたまって駄弁っている生徒達に混じって俺は帰宅の準備を進めていた。
今日は愛里奈さんが不在。自由に出来る日だ。誰も俺を咎める人はいない。帰り道にどこかへ寄っていくのも悪くはないな。
「透」
妄想を膨らませていたところで俺の耳に低く響いたのは彩奈の声だった。いつも通りのパーカーに手を突っ込んでこちらに微笑みかけてくる。
「彩奈、今日は暇なのか?」
「うん。今日はなにもすること無い。ゲームのイベントも無し」
「そうか。最近はずっとイベランしてしなお前。今日は家でゆっくりだな」
「いや…うん、そうじゃなくて…その…」
途端に彩奈の目が泳ぎ始める。何か俺に後ろめたいことでもあるのだろうか。別に彩奈になら何されても怒らないけど…
「透くん!」
俺が首をかしげていると、横から元気な声が飛んできた。声の主はやはり芹沢さんだ。ニコニコしながらこちらへと近づいてくる。
芹沢さんが俺に話しかけてくるという状況が珍しいだけに、周りが少しざわついている。彼女はそんなことなど気にも止めていない様子だ。
「芹沢さん、俺になにか用事ですか?」
「透くん、今日暇?」
「暇といえば暇ですけど…」
「なら一緒にゲーセン行こうぜ!ゲームの話でもしながらさ!」
芹沢さんは今日は部活が無いらしい。彼女の生き生きとした様子を見ると断る気も失せてくる。もとからそんなつもりは無いが。
「あー、いいっすね。行きますか」
「よっし、じゃ行こ!」
「え、あちょちょっと!」
芹沢さんは俺の手を取ると、手をぐいぐいと引いていく。俺の静止の声など聞かず、彼女は俺の手を引きながらすごい勢いで教室を出た。
「…はぁ」
「いや〜、それでカメゴンでバフかけてループするのがさ…」
「あれはもう環境メタですもんね。世界大会でも使われてましたし…」
ショッピングモールのフードコートにて俺と芹沢さんはポテトをつまみながら談笑にふけていた。
二人でゲーセンを満喫した後、俺達は小腹が減ったということでここにやってきたのだが、その間も芹沢さんとの話は途切れない。この人とは本当に馬が合う。お互いにゲーム好きだからということもあるが、それ以上になにか根本的な部分で合うものがあるような気がする。
「いや〜、透くんと話してると時間があっという間だなぁ…こんなに気が合う人は初めてだよ」
「俺も初めてですよ。まさか、自分以上のゲーマーが同じクラスにいるとは…」
「運命感じちゃう?」
「…かもですね」
…変な意味ではない。言葉の綾と言うやつだ。こんな二人きりの状態でこんな痛々しいことが言えるほど俺には度胸がない。
「へへ〜そっか。私も運命感じちゃうなぁ〜?」
「からかわないでくださいよ。何円欲しいんですか」
「別にお金せびってるわけじゃないって。本当にここまで気が合う人なんていないから本心を言ってみただけ。でも、運命感じてるのは本当だよ?」
彼女の表情を見る限り嘘は言っていないようだが、こうも堂々と言われるとこう…なんか気恥ずかしい。この人案外ピュアなのかな…
「こんなところで運命感じてないでもっと他のところで感じてくださいよ。損しますよ」
「別に私はこれでいいと思ってるけど?透くん、悪い人じゃないし」
「そりゃそうですけど…芹沢さんにはもっといい人がいますよ。かわいいんですから」
俺が冗談のつもりでそう言った時だった。芹沢さんがビクッと肩を跳ねさせて固まる。その様子に俺が小首をかしげていると、芹沢さんの顔が段々と赤く染まっていく。次第に口をパクパクとさせながら彼女は呟いた。
「…えっと…そういう…つもりじゃ…」
「…芹沢さん?」
「…と、とにかく!私は私のタイミングでときめきたいの!」
「そ、そうですか…」
…なんか怒ってる?もしかして俺なにかまずいことでも言ったかな?彼女は今実質クラスのナンバー1。機嫌を損ねるのだけは避けたい。優しいからこれと言って酷いことはしてこなさそうだが。
「…怒ってます?」
「怒ってない!でも透くんが悪い!」
「俺が悪いんだ…」
「そうだよ!犯罪だよ犯罪!」
俺はいつの間にか犯罪者になっていたらしい。目の前で芹沢さんが腕をブンブンと振りながら俺を指さしてくる。なんかちょっとかわいい。さすが新ナンバー1。何をしても絵になるな。
「むぅ…こうなったら、透くん」
「なんですか?」
「家、行かせて」
「…え?」
「だから、家行かせてって」
…この人なに言ってるんだろう。俺の耳が正しいのだとしたらこの人今家に行かせてって…
「ねー、聞いてる?家、行かせて」
…どうやら俺の耳は正しかったようだ。
この人自分で何を言っているか理解しているのだろうか。年頃の男女二人が家で遊ぶなんて…そんなのただのカップルじゃないか。良くない。良くないぞ…
「良くないですよ。そういうの」
「そういうのってどういうのよ。別に悪いこと言ってないじゃん」
「それが悪いこと言っちゃってるんですよ。…年頃の男女が家でなんて…」
「私はゲームで勝負しようって言ってるんだけど?それのどこが悪いの?」
少しムッとしながら首をかしげた彼女の様子でようやく分かった。この人無自覚に人を陥れるタイプの人間だ。
俺は内心ホッとしながら胸をなでおろす。…決して早とちりしていた訳では無い。決して。
「今からっすか?…帰り遅くなっちゃうんじゃ?」
「いーの!高校生なんて夜遊びしてなんぼでしょ!」
絶対そんな事無い。ちゃんと帰ったほうがいいに決まってる。
このままだと押し切られそうな雰囲気だ。流石に本人が行きたいと言っているとは言えど、相手は芹沢さん。なにかの間違いがあっては取り返しが付かない。
それに加えて、愛里奈さんのこともある。俺が芹沢さんのことを考えようとすると、脳内で小さい彼女が邪魔してくる。『あんな女よりも私のほうが優れてる!』とか言って。別にそういう関係になるつもりも狙っているわけでもないが、どうしても裏切ってしまったかのような罪悪感に襲われる。
しかし、他ならぬ彼女の誘い…せっかく気の合う相手ができたのだ。無下にするわけには…
…あまり長くならないようにしよう。この場では俺が責任を負うことになるからな。
「はぁ…いいっすよ。ここからそんなに遠くないんで、もう行きましょう」
「よっし、ボコボコにしてあげるからね!」
俺は募る不安に押しつぶされそうになりながらフードコートを後にした。
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