第12話

「ん〜…ふぅ…」


 昼休みの屋上。誰もいないこの場所で俺は快晴の青空を見上げながら一つ伸びをした。まっさらな空に思わず吸い込まれそうになる。鼻歌でも一つ歌いたい気分だ。

 なぜこんなにも上機嫌かと言うと。今日から三日間、愛里奈さんが撮影の影響で不在なのだ。つまり、どういうことかと言うと、この三日間は自由なのだ。何事にもとらわれず、羽を伸ばすことが出来るのだ。久しぶりの自由に俺は心を踊らせていた。


 今日はなにをしようかと考えながら空を見上げる。正直、やりたいことは山程ある。溜まっていたアニメの消化。夜更かししながら徹夜でゲーム。どこかへ出かけるのも悪くはない。

 そんなことを考えていると、屋上の扉が開かれる音がした。目線を下げると、そこにいたのは芹沢さんだった。


「やっほー透くん」


「どうも。…今日はなにか聞きに来たわけじゃないっすよね?」


「流石に私も踏ん切りついたよ。いつまでも落ち込んでるほど、ギャルは弱くないぞー?」


 芹沢さんはいつもの様子で笑ってみせた。少し取り繕っている感じが残っているが、彼女なりの意思表示だ。俺がそこに深く追求する必要は無いだろう。


「そうっすか。強いんですねギャルってのは」


「ふふっ、そうだよ。透くんなんてすぐに食べちゃうからね」


「それは大変ですね。とりあえず離れてもらえますか?」


「冗談じゃ〜ん!そんな冷たいこと言わないでよ」


 芹沢さんはこの前と同じように俺の隣へと座った。普段俺は異性とのコミュニケーションは避けるのだが、芹沢さんはあの女の一件もあってか避ける気にはならなかった。俺が心配何ぞしても余計なお世話かもしれないが、俺にはただ見ていることはできなかった。


「最近はどう?質問攻めもなくなって少し楽になったんじゃない?」


「えぇ。やっと普通の日常に戻りましたよ。最近はみんな事実を受け入れたようですし?」


 あの事件から数日間は生徒たちも何がなんだか分からない様子だったが、時間が経った今では皆事実を受け止めている。最初は濡れ衣なんじゃないかとか言っていた生徒達もいつからか考えを改めていた。


「芹沢さんこそ、最近は楽しそうですけど?」


「あはは、まぁね…」


 最近クラスでは甘寧がいなくなったことからクラスの中心人物が芹沢さんへと変わっている。元々信頼されていたこともあり、今のクラスは芹沢さんの意見を中心に回っている。

 といっても芹沢さんは悪巧みなどしていないため、クラスは事件から良い方向に進んでいる。今考えてみれば、以前は甘寧の手によって甘寧の都合の良いように動かされていた。あの女、クラスまで操っていたのだ。全く、芹沢さんを見習え。


「なんかめっちゃ期待されてるし、少し大変かも…」


「そんなに重く捉えなくて大丈夫ですよ。皆芹沢さんの事信頼してますから」


「…透くんも信頼してくれてる?」


「えぇ。もちろん」


「そ、そっか…」


 そう言って顔を伏せた芹沢さんの頬は赤い。…俺なにか変なことでも言ったかな。このご時世では言葉の選び方に気をつけなければならない。セクハラなんて、冗談じゃないからな。


「…さ、最近はさ!えりち、来てないよね…」


 芹沢さんが話を変えようと少しつまりながらそう言った。えりち、というのは愛里奈さんのことだろう。

 愛里奈さんはあれから仕事づくしで学園にはしばらく顔を出していない。…何故か毎日俺の家に帰ってくるが、最近は特に疲れた様子で俺にしがみついてくる。愛里奈さんいわく、『トオルニウムを吸引してる』のだとか。…意味が分からんな。


「最近は仕事が忙しいらしいですからね。流石は人気モデルってところでしょうか」


「あんなことがあった後なのによく頑張れるよね…まるでロボットみたい。もしかしてAI!?」


「んなわけないでしょ…いやロボットだったほうがマシだったかも」


「…?それはどういう…」


「え?…あっ、いや〜…そっちのほうが愛里奈さんも苦労しないだろうな〜って。あはは…」


「あはは、そうかもね〜」


 危うく口を滑らすところだった…幸い芹沢さんは俺を疑う様子は無い。なんとか誤魔化すことができたようだ。

 最近は山場を乗り越えたからか、少し気が緩んでいたようだ。愛里奈さんとの関係が他の人に知れ渡れば、愛里奈さんとの関係は終わってしまうだろう。間違っても口外しないようにしなければ。


「…なんか今日は機嫌がいいね透くん。何かいいことでもあった?」


「えぇ。少しいいことがありまして」


 感情が表に出ていたのか、芹沢さんは俺の様子を察したようだった。話を変えたいところだったから都合がいい。


「へ〜…なにがあったの?教えてよ」


「…まぁ、少し趣味に没頭出来る時間ができたというかなんというか…」


「趣味かぁ…透くんは何やってるの?」


「俺っすか?俺は…アニメとか、ゲームとかっすけど…」


 ギャル相手にこの手の話になるとなんとなく話の流れは読めているのだが…芹沢さん相手には果たしてどうか。心優しい彼女のことだからテンプレな展開にはならないとは思うのだが…


「へー!私も結構ゲームとかやるよ!何やってるの?」


 …そういうパターンか。話を合わされたのかはたまた本心か…

 ここはためらう必要は無いだろう。相手は芹沢さん。変なことを言っても罵倒してくることは無いはずだ。


「パケモンとかっすかね」


「え、マジ?私もやってるよ!バトルレートは?」


 …なんか雲行きが変な方向に向いてきたぞ。思ってた展開と違うんだが…


「1920ぐらいっすかね」


「おー、強いね…ちなみに私2130」


「え!?めっちゃ強いじゃないっすか!ていうかレート2100台なんてランキング一桁勢しか…まさか」


「へへーん、ご名答。私、2位です!」


「えええええええええええええええええええええええええええ!?!?」


 パケモンレートランキング2位といえば、かの有名な『ブラックバード塩崎』さんだ。つまり、芹沢さんがブラックバード塩崎…?いやいや、どんな確率だよ…ギャルがゲームしてるってだけでも珍しい事象なのに…


「どうどう?すごいでしょ!」


「いや、すごいとか言う話じゃないっすよ!まさか芹沢さんがブラックバード塩崎だったとは…なんであんな名前に?」


「え?だって可愛くない?ブラックバード塩崎」


 …うん。まぁ、否定はしないでおこう。恐ろしく邪念の無い芹沢さんの瞳が俺を貫いた。


「…以外ですね。芹沢さんがゲームしてるの」


「いや〜、隠してたわけじゃないんだけど…ほら、私の周りそういうのやる人少ないからさ…」


 そう言った芹沢さんの横顔には苦労の念が見えた。好きなことで話したいのに誰にも話せなかったのはかなり辛かっただろう。


「…だから透くん!ようやく話が合う人が見つかって良かったよ〜!いい加減一人でパーティー考えてるのも飽きてきてさ…」


 ブラックバード塩崎さんと言えば、奇抜な戦法で有名だ。誰も見つけていないような戦略で環境トップを倒していく姿から魔術師のあだ名もついている。実は俺も一度対戦してその戦略に一網打尽にされた経験がある。


「よく奇抜なパーティーで戦ってますよね。もうすぐ新シーズンですけど、今度はにするつもりなんです?」


「へっへーん、聞いて驚かないでよ?今回はね…」


 俺は昼休みの終わりまで芹沢さんとのゲーム談笑を楽しんだ。

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