第11話写真
「…なんだこれ」
帰宅した俺の目に入ったのは玄関に置かれた雑誌の数々。ご丁寧に時系列順に並べられているその大半は表紙が愛里奈さんのものだ。例の先日発売した写真集も置いてある。ということは犯人は愛里奈さんだろう。
一つを手にとって見ると、愛里奈さんの特集のページが目に入る。腹部をさらけ出したその衣装は彼女の魅力も相まって妙に艶めかしく見える。俺はなんだか見てはいけない気がしてすぐにそのページを閉じた。
ペラペラとめくっていると、今度はドラマの特集ページが目に止まる。俺が見ていた『3番目の彼岸花』の特集だ。どうやら愛里奈さんがゲスト出演した回のインタビューについてまとめてあるらしい。
たしかあの回は愛里奈さんが狂気の殺人鬼として出てきた回だ。恐怖を感じさせる笑みを浮かべながら次々と男性を殺害している愛里奈さんは必ず血の痕で笑顔を現場に描く。それを辿っているうちにその人も殺される…みたいな設定だった気がする。
テレビで見た時は見ているこちらも身の毛がよだつような演技に俺は震えたのを覚えている。…今思うとあれが彼女の本性だったのかもしれない。普段家で見てる彼女と大差ない。
「あ、帰ってたのね。おかえりなさい」
「ただいまです…っってうわあああああああああああああああ!?」
愛里奈さんの声に視線を上げると俺の瞳には衝撃的なものが映り込んでくる。俺の目の前に現れた彼女がまとっていたのはタオル一枚だけだった。先程見ていた雑誌の彼女なんかよりもよっぽど艶めかしい。俺は驚きのあまり声を上げてしまった。
すぐさま愛里奈さんの姿を隠すように雑誌で遮る。彼女はそれを見て不思議そうに言った。
「少しシャワーを借りさせてもらったわ。…どうしたの?私の体になにか変なものでもついてる?」
「ついてないです!ついてないのが問題なんですよ!」
「…なにを言ってるの透くん?少し疲れてるんじゃない?」
「疲れてません!とにかく、服を着てください!」
「私は別にこのままでいいのだけれど?」
「俺が良くないんですよ!」
愛里奈さん何故か不服そうな様子だったが、着替えを取りに俺の部屋へと消えた。…まったく、この人と過ごしていると心臓が何個あっても足りない…
「今日は一日疲れたでしょう?健吾くんとはどうだった?」
「…傷はもう塞がってたみたいです。痕は残ってましたけど…気にすることじゃないって」
何故か俺の服を着ている愛里奈さんに今日の学校でのことを話した。質問攻めにあったこと。健吾くんの腕の事。そして、芹沢さんのこと。あの女が去った後の学校の様子を俺はすべてを愛里奈さんに伝えた。
「…そう。芹沢さんが、ね…あの子、いつもあの女と一緒にいたもの。ダメージは大きいはずよ」
「相当心に来てた感じでしたね。俺には励ますことしかできませんでした」
「それで十分よ。…下手に肩入れすると、”勘違い”されかねないわ」
「…勘違い?」
「えぇ。…透くん、勘違いされるようなことしてないわよね?」
愛里奈さんが俺に顔をずいっと近づけて問い詰めてくる。…なにを勘違いされるのかよくわからないが、そんなことはしていない…はず。
「…してないですよ」
「…本当に?」
「…本当です」
「ふーん…ま、今のところは信じてあげるわ」
そう言った愛里奈さんの表情はどこか納得できていない様子だった。疑い深いのはいいことなのだが、後も問い詰められると怖いな…
どうにかして疑いの目を避けたい俺は話を逸らすために話題転換を試みることにした。
「…ところで、あの玄関の雑誌何だったんですか?」
「あぁ、あれは透くんが私の写真集が欲しいって言ってたから持ってくるついでに他のも持ってきたのよ」
「…どこから聞いたんですかその噂」
「風の噂で聞いたのよ」
確かに欲しいと言ったのだが…あれは誤魔化すための嘘だ。別に本気で欲しいわけじゃない。ほしいのだったとしても目の前に本人がいるのに読めるはず無いだろう。
「私が初めて表紙を担当したものからこの前の写真集まで全部揃ってるわ。好きなだけ見て頂戴」
「いや、流石に本人の目の前では…」
「目の前じゃなかったら見てくれるの?」
「そういうわけじゃないっすけど…!」
「なんだったら部屋出ておくけど?」
「別に変なことしませんから!」
この人は俺のことを何だと思っているのだろうか。本人の前で見れるわけ無いだろうこんなもの。関係性を持ってしまった以上、ただ見るだけでもちょっと恥ずかしいのに。
「そんなに遠慮しなくていいのよ?別に軽蔑したりなんてしないから」
「いや…本人いるのに見る必要ないじゃないですか」
「…透くん、やっぱりあなた兵器よ」
「なんですか急に…人を兵器呼ばわりしないでくださいよ」
「いいえ。兵器よあなたは。乙女を破壊する兵器よ。これじゃ誰が勘違いしてもおかしくないわよ」
「なんですか勘違いって…俺なにもしてないんですけど」
「その時点でもう終わりなのよ。いい?絶対に私以外にこういうことはしないで。いつ誰に襲われてもおかしくないわよ」
俺の肩を掴んで愛里奈さんはそう訴えかけてくる。目が本気だ。別に自分でなにをしているか分かってない以上対策もなにもないんだけどな…
「いや分かりましたけど…別に変な事してるつもりは無いんだけど…」
「…こうなったら監禁も視野ね」
おっと、めちゃくちゃ物騒なことが聞こえてきたな。せっかく事件を一つ乗り越えたところだというのにまた酷い目に合うのは御免だ。
「愛里奈さん、聞こえてますよ。そんな物騒なことはやめてください」
「透くんのためなの。手段を選んでいる暇は無いわ」
「だとしてももう少し理性的に解決してくださいよ…」
「だったら、透くんは私以外の女と関わるなって言ったらそうしてくれるの?」
「…できないっす」
「でしょう?できないことは言わないほうがいいわ」
愛里奈さんはすべて分かっていたかのように鼻を鳴らした。この人には一体なにが見えているのか…ほんとに俺の心の中が見えいるのではないだろうか。
肩を落とした俺に追撃をせんとばかりに愛里奈さんはわざとらしく咳払いすると、あることについて話しかけてくる。
「…ところで、芹沢さんとは他にどんなお話をしたのかしら?」
「別にあいつのこと以外は何の話もしてないですけど…」
「…本当に?またなにか勘違いされるようなことでも話したんじゃないの?」
記憶を辿って芹沢さんとの会話を思い出してみるが、とくに変な事を話したつもりはない。強いて言えば、顔が赤くなっていたことが気にかかるが。
「…強いて言うなら、なんか顔が赤かったですけど」
「はぁ…透くん、あなたやってるわね」
「?」
「罪な男よあなたは。弱っている乙女を漬け込むなんて…なんて罪なの。私以外で償うことはできないわね」
「…なに言ってるか分かんないっすけど、手籠めにされそうになってるってことだけは分かりますよ」
「透くん。確かに芹沢さんは見た目に反して誠実だし、あの女みたいに腐ってないわ。でも、透くんのことをまだ理解っていないの。芹沢さんはゼロなのよ」
「ちょ、なんの話っすか…?」
愛里奈さんは俺の言葉を無視して話を続ける。彼女の表情にはどこか心配の色が見えた。
「私は透くんの事なんでも分かるし、サポートだってしてあげられる。私のほうが、優れてるの」
「え、愛里奈さん?」
「…だから、選ぶ相手は慎重にね」
そう一言、付け加えたような言葉で俺は理解した。この人は、嫉妬しているのだ。
「…愛里奈さん」
「…」
「俺は愛里奈さんから離れようとも思わないし、離れられません。でしょう?」
「…えぇ。ならいいの」
愛里奈さんは俺の肩に頭を預けてくる。…こういう時、俺はどうすればいいのか分からない。今まで異性にふれる経験が少なかったことがここに来て裏目に出た。
「えっと…」
「…いいの。そのままで」
俺は愛里奈さんの気が済むまでこのままでいることにした。
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