第10話真実

 数日の休校も終わり、ついに登校日がやってきた。久しぶりに登校するのはなんだか少しおかしな感じがする。これがいつも通りだったはずなんだけどな。

 なんだか懐かしく感じる廊下を歩き、教室へと入る。教室に入った途端、クラスのみんなの視線が俺に注がれる。俺は思わずたじろいだ。

 数秒してみんなの視線は元に戻る。事件の当事者が来たのだから、みんな思うところがあったのだろう。


 教室を見渡しても、当然甘寧の姿は無い。その存在が無いだけでまるで別空間かと思わせるほどにあいつの影響力は強かった。その証拠に俺も違和感を感じてしまっている。


「まさか甘寧ちゃんがね…」


「甘寧があんなことするなんて…」


「大丈夫だったのかな…」


 クラスのあちこちから困惑の声が聞こえてくる。まさかクラスのマドンナ的存在があんな暴行事件を起こすとはだれも思っていなかっただろう。それに加えて過去の悪事も全て出てきたのだから本当なのかと疑う人がいてもおかしくはない。

 結果的にはすっきりとはいかなかったが、あの女に制裁を与えることができてよかった。強いて言えば、もっと後味良く終わりたかったものだが。


「おい透。大丈夫だったか?」


「透〜」


 凪と恭也がやってくる。恭也は心配そうな様子だったが、凪はいつも通りムカつく顔をしている。


「あぁ、なんとかな」


「まったく、急に甘寧さんに襲われたって聞いたからびっくりしたぜ。なんか恨まれるようなことでもしたのかよ」


 学園からは正式に事件の内容は生徒達に伝えられていない。俺達のプライバシーの問題もあるためだ。そのため、凪達含め学園の生徒達は俺がなぜ襲われたのかも、どうして甘寧が暴れ出したのかも知らない。ニュースでも『人間関係のトラブル』で済まされている。


「俺が聞きてぇよ。急に襲われてマジでビビったわ…」


「はは、大変だったな。俺も学園を出るのがもう少し遅かったら甘寧さんの餌食だったぜ」


 身を震わせながら冗談っぽく言う凪。わりとマジでそうなりかねなかったもんだから笑えない。


「カッターとか、怖いよぉ…これから持ち物検査とか始まるのかなぁ…」


「だとしたらかなり面倒だな。俺の暇つぶしの道具がバレる」


「お前が持ってこなきゃいい話だろ…いいなお前らは呑気そうで」


「おうよ。こっちからしたら数日休みになってラッキーだったぜ」


 平常運転な凪に俺は苦笑いをする。こいつは相変わらず図太い。


「ていうか、今日は愛里奈さん来てないのな」


 凪の声に俺は愛里奈さんの席に視線を移す。そこに彼女の姿はない。

 彼女は今日は仕事のために欠席だ。事件があった直後だというのに忙しい人だ。皆に求められるモデルというのも大変な仕事だ。


「話だと、愛里奈さんもいたんだろ?なんかローキックしてたとかなんとか…」


「あぁ。俺愛里奈さんに守ってもらったし」


「へー…じゃあお前あの愛里奈さんに守ってもらったのかよ!いいな〜!俺も守ってもらいてぇ〜!」


「…言っておくがな、あんときは俺刺される寸前だったんだぞ?死ぬところだったんだからな?」


「それだからいいんだろ!助け合った二人の距離は縮まっていって次第に___がッ!?」


「…きもい」


 妄想に浸っていた凪を引きずり下ろしたのは彩奈だった。彩奈の蹴りがスネにクリーンヒットした凪はその場にうずくまる。

 彩奈は何事かもなかったかのような飄々とした様子で話しかけてくる。


「…透、大丈夫だったんだね。無事で良かった」


「あぁ。なんとか生きて帰ってこれたよ。心配してくれてありがとう」


「うん。…透がいなくなったら、私…」


「透くん」


 彩奈との会話を遮るように響いたその声に俺は振り向く。入り口に立っている彼に俺は駆け寄った。


「健吾くん!」


「元気そうでなによりだよ」


 健吾くんはそう言って爽やかな笑顔を俺に向けてくる。彼と会うのは病院の病室以来だ。


「…腕の傷は大丈夫?」


「うん。今はなんとかね。痕は残るって言われたけど…気にするほどのことじゃないし」


 彼が見せてくれた腕には傷が塞がった痕がついていた。きれいな肌に一つ刻まれているその痕に俺はひどく罪悪感を感じた。その痕は間違いなく俺の罪の痕でもあるのだから。


「…愛里奈さんは来てないの?」


「うん。今日は仕事らしいよ」


「そっか。それじゃお礼はまた後でだね。…おっと、そろそろHRが始まるね。また放課後にでも話そう。きっと今日はお互い大変だろうからね」


「うん。それじゃまた」


 そう言って健吾くんは教室へと帰っていった。俺も戻るとしよう。

 きっと今日は大変な一日になる。なんせ、俺等は当事者なのだから。


「なぁ天内、昨日のことなんだけどさ…」


 早速だ。今日一日ぐらい、頑張らなくちゃな。




「はぁ…」


 誰いない屋上で一人、ため息を吐く。ベンチにもたれかかった俺は流れていく雲の行く先を見ては隣の雲を見るを繰り返している俺は完全に疲れ切っていた。

 あれから休み時間になるたびに質問攻めでろくに休むこともできない。甘寧のこと。なぜ襲われたのか。甘寧との関係。あいつに関することをすべて絞り尽くされた俺はもう言葉を発する気力もない。


「あ」


「…あ?」


 開いた屋上の扉の先に人が立っているのが見えた。俺の見つけたその人はこちらに近寄ってくる。

 

「お疲れ様透くん」


「…芹沢さん」


 特徴的な淡い銀色の髪色。キュートなサイドハーフはよくあの女の隣で見たことがある。彼女は芹沢せりざわ紫乃しのさん。クラスメイトのギャルだ。そして、甘寧とよく話していた人間の一人でもある。

 芹沢さんは俺の顔を覗き込んだ後に隣に座った。いつもならコミュニケーションを取るのがめんどくさいからそそくさと去るところだが、あいにく今の俺にはそんな気力は無かった。


「随分とお疲れの様子だね。…みんなに質問攻めされたからかな?」


「…はい。もう質問ばっかりで…」


「あはは、そりゃ疲れるよね。…みんな気になってるんだよ。甘寧のこと」


 芹沢さんは少しうつむいてそう言った。

 今、クラスは甘寧のことで騒然としている。マドンナの突然の退学と悪事の露呈。あまりにも急な出来事から嘘なのではないかと言う奴らもいる。そのぐらいあの女の影響は大きい。

 そして、彼女もまた影響を受けた一人なのだろう。顔にそう書いてある。


「…芹沢さんも聞きたいこと、あるんじゃないですか?」


「…バレてた?」


「…現状で気にならない人なんていないでしょう?」


「そっか…そうだよね。それじゃさ、一つ聞いてもいい?」


「ご自由にどうぞ」


 芹沢さんは数秒の間を置いて口を開いた。


「…透くんって、甘寧とどんな関係だったの?」


「…」


 今日嫌になるほど何度も聞いた質問だった。

 『なんの関係も無い』。今まで答えてきたようにそう答えようとしたが、芹沢さんの瞳が俺の言葉を押し留めた。

 彼女の瞳にはなにか確信があるように思えた。他のクラスメイトとは違い、なにかを知っているような感じだ。


「…透くん、みんなに『なんの関係も無い』って言ってたけど、なんか納得できなくてさ。それに…ここ、甘寧がよく来てたところじゃん?だから、さ…」


 芹沢さんの鋭い推理に俺は言葉を詰まらせた。

 彼女はもう真相まで迫っていた。友達の勘というやつだろうか。現にここによく甘寧が来ていたということは事実だ。人目が少ないことから俺もよく来ていたから分かる。

 俺の決断はもう既に決まっていた。


「…誰にも言わないですか?」


「うん」


「…聞いてもいい気分にはなりませんよ」


「最初からそのつもり」


「…実は___」




「そう…だったんだ…」


 俺は甘寧と俺の関係をすべて芹沢さんに打ち明けた。すべてを聞いた彼女は信じられないといった様子だった。

 彼女は俺の話を黙って聞いてくれていた。自分の知らない親友の顔を知った彼女の表情は明るいものではない。彼女もまた裏切られた一人だ。


「甘寧が…そんなことを…」


「…俺も信じたく無かったんですけどね。自分の目で見てしまったので」


「…ごめんね。甘寧がそんな酷いことを…」


「芹沢さんが謝ることじゃないっすよ。全部、あいつがやったことです」


「…そうだったとしてもさ、私にもなにかできたことがあったんじゃないかって。私がなにかしてあげれたら変わってたのかもって思うと、私にも責任があるから…」


 俺は彼女の言葉に再び口を噤んだ。

 あの女にはなにをしても無駄だ。あの女には人の心が無い。あの女からしたら、あなたもただの駒の一つだ。彼女に言える言葉はいくらでもあった。だが、今の彼女にそれらを伝えるなど酷なことだ。俺は言ってはいけないような気がして、喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。


「…芹沢さんは甘寧からはなにか?」


「…なにも聞かされてないよ。きっと、隠してたんだろうね」


「そういう奴ですからね。あいつ」


「…ありがとね。嫌なこと聞いたのに」


「いいんですよ。俺にできることなんてこれぐらいです。芹沢さんのためだったら、なんでもしますよ」


「えっ…あ、うん!ありがとね…なんでも…」


 そう答えた彼女は何故か頬を赤らめていた。…俺の顔になにかついていたのだろうか?そう思って顔を触ってみるが、なにもついていない。


キーンコーンカーンコーン


「やっば!?授業始まっちゃう!行こう透くん!」


「え?もうそんな時間っすか!?遅れる…!」


 俺と芹沢さんは全力ダッシュで教室へと向かった。

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